第38話 波乱の社交界デビュー 前編

「(ああああああああああああああああああああああー、なんだ、あの笑顔。キュン死するかと思った。え、え、可愛すぎるんだけれどー、全身俺が選んだ服とか身につけてくれて幸せすぎる! 一周目はいつの間にかクローゼットから服やアクセサリーが消えているし、潤沢な領地経営も親戚が横領していたし……絶対に同じてつは踏まない)……このぐらい普通だ。それにシャルの好みも知っておきたいから、……今度、時間を見つけて、王都に出てデートをしよう」

「デート……! ベルナルド様とデート!」


 この半年、一緒の屋敷で殆ど毎日暮らしており、王城での仕事や淑女の習い事以外はベルナルド様とお茶や、中庭を散策、馬に乗ってのピクニックなどが殆どだった。

 そのどれもがとても楽しくて幸せだったのに、ベルナルド様はさらにいろいろ考えてくれていたのが嬉しくて泣きそうになる。


「(あー、どうしよう。嬉しくて淑女らしい笑顔が保てないかも……)嬉しいです!」

「(こ、断られなかったぁあ……。喜んでくれているようだし……一緒の時間が長いとか束縛粘着質野郎なんて思われては……いない……はず)……デートの予定は後で決めるとして、行くぞ」

「あ、……はい」


 緊張を解すためにデートの話をしてくれたのだろう。

 肩の力が少し抜けた気がする。

 半年、ベルナルド様は休学していても実家の仕事や勉学、稽古など毎日が忙しいのに私が王城に呼ばれたときや、三食とティータイムには必ず顔を出す。


 最初は「無理して付き合わなくていい」とベルナルド様にやんわり伝えたら三日ぐらい凹んで大変だった。ベルナルド様はとても大切にしてくれて、好いてくれているのが嬉しい。


「(ベルナルド様のためにも婚約者として堂々とパーティーに臨まなくては!)私、頑張りますね」

「頑張らなくていい」

「え」


 思ったよりも驚いたというか、ショックだったので声が大きくなってしまった。その様子を見てベルナルド様の顔色が一瞬で真っ青になり、私の手を掴んだ。少し震えている。


「……いや、お前は頑張りすぎるから、気を抜いて無理しないで……俺の傍にいてくれる方が嬉しい」

「あ。(私を気遣おうとして)」


 つい私が一人で頑張りすぎることを懸念しているのだと気付いた。そうだ、彼は一周目の私を知っているのだから、きっとそれで私が無理をして「大丈夫」と言って頼ろうとしなかったことを何度も経験しているのだろう。

 頑張りすぎるのもよくない。今の私はその意味がよく分かる。


(お義母様にも言われたばかりだったのに……)


 そう簡単に今までの習慣や癖は直らない。けれど自覚して、少しずつ変えていこうと意識することが大事だ。

 私はできるだけ明るく笑顔を浮かべて、彼の手を両手で握り返した。


「わかりました。困ったことや大変そうならすぐにベルナルド様に相談しますね!」

「ああ、そうしてくれ(こうやって。立ち止まって短くても声をかけて、会話を増やしていけば良かったんだな……。物を与えるだけで自己満足していた過去の自分を殴り飛ばしたい。本当に)」


 ***


 煌びやかなダンスフォールに目が眩みそうになった。

 豪華絢爛な内装に、分厚く値が張りそうな深紅の絨毯、ガラス細工でできた特大のシャンデリア、紳士淑女の装いに生演奏のために呼ばれた音楽家たち――ゲームのスチルでは感じ取れなかったが実際はスケールが違う。

 その雰囲気に呑まれそうになるも、ベルナルド様は腰に手を回してフォローしてくれた。


(無理はせずに今までの成果を見せればいいだけ……!)

「(あーーーー、シャルが可愛い。腰に手を回しても嬉しそうにしてくれて……あー、やばい。至福っ)……そう、堂々としていればいい」


 耳元で囁くバリトンの声が心地よく、心音が跳ね上がった。

 この声だけでどんな困難でも乗り越えられそうな気がする。


(耳が幸せすぎる……。好き)

「せっかくだから一曲踊るか」

「ベルナルド様。私、早速めげそうです。ええっと……国王陛下に挨拶などは?」

「(あーーー、上目遣いとか反則だろう。シャルの願いなら何でも叶えたい――が、それ以上に俺はシャルと踊りたい!)……まだ時間はある。なに、ダンスは母様から合格をもらえたのだろう」

「そ、そうですけど……」

「なら問題ない」


 そう言うとベルナルド様は私の手を掴んでダンスフォールの中央に向かった。

 目立っている、ものすごく。

 ゲーム内でベルナルド様が誰かと踊る姿は見たことがなかったので、てっきり挨拶だけに留まるかと思っていた。

 向かい合って手取り合い、体が密着する。


(あれ、思ったよりも……距離が近い、密着っ、心臓が飛び出るぅうううう)

「シャル、緊張するなら俺だけを見ていろ」

「ひゅっ」


 顔を上げると黒檀の瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。

 無表情も少し崩れて口元がほころんでいる。流れ出す曲に合わせて私は周囲ではなくベルナルド様だけを見返す。

 ふと周囲の視線や声が遠のいて、体が軽くなるのを感じた。


(ベルナルド様って睫毛長いし、髪の毛もさらさら。鋭い眼光もここ半年で柔らかくなった気がする)


 大好きな人との時間を楽しく過ごそう――そう思ったらあっという間だった。二曲目に入りそうなのでその場を離れようとしたのに、ベルナルド様は動かない。


「ベルナルド様? 二曲目が始まってしまいます」

「二曲目が終わるまで付き合ってくれ」

「え?」

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