第36話 渦巻く僅かな不安
ベアト様は意外だという顔を見せた。話の中心は私のはずなのに、なんだか実感はない。
一周目では私とベルナルド様が結婚して、ベアト様やアイリス様も幸せになったということは、ハッピーエンドあるいはトルーエンドに持ち込めたということになる。
(ベルナルド様から話をある程度聞いているはずなのに、やっぱり実感がないわ)
一周目の私はどんな思いを胸にベルナルド様と日々を過ごしたのだろう。
あらましは聞いたけれど、恋人になって、結婚したという事実だけ。
ゲームシナリオの流れに近いのならベルナルド様の背中をずっと追いかけて、諦めず、関わろうとして粘り勝ちで結婚に至ったと聞かされたが、私らしい。
一周目のベルナルド様は冷たかったと言っているが、それだけじゃ無かったと思う。その時の彼は彼なりに私のことを大切にしようとしてくれたはずだ。
そういう人だから好きになっただから。
ただ怖いのは、一周目の私がベルナルド様に対して憎んで、怨んでいないかだった。
もし一周目の記憶を思い出した時に、今の私の気持ちが上書きされてしまわないか、そしてその時にベルナルド様を傷つけないか。
あり得なくはない。
ずっと我慢し続けたら心がすり減り壊れてしまうことを、今の私は知っているのだから。
我慢しなくなったからこそ、一人で抱え込もうとしていた過去の自分を客観的に視ることができる。
(一周目の私の気持ちが知りたい――反面、知らない方が、わからない方がいいのかもしれませんね)
「シャル、大丈夫か?」
「あ」
不安そうに顔を覗き込むベルナルド様に私はそっと肩に寄りかかる。私の態度にベルナルド様は私の手を掴んで気遣ってくれた。
「気分が優れないのなら無理せずに言え」
「はい。……ありがとうございます」
「あら、二人とも幸せそうなら突貫する必要はなかったかしら」
「!」
ベアト様は安堵しつつ私たちの仲睦まじい姿を見て微笑んだ。まるでそれが彼女の願いだったかのように、今に泣きそうな顔をしている。
その姿を見るとやはり一周目の私とベルナルド様はあまり一緒に居ることが多くなかった――のかもしれない。
「そ、そういえばアイリス様も記憶が残っていると仰っていましたが、一緒ではないのですね」
「アイリスも一緒に来られれば良かったのだけれど、あの子は聖女候補として外出が厳しいのよ。手紙や面会なら
「ヒロインのアイリス様に、悪役令嬢のベアト様が仲間なら無敵な気がします」
私の言葉にベアト様は懐かしむように微笑んだ。
「そのセリフ、一周目でアナタがよく私たちに言っていたわ。やっぱりシャルはシャルね」
「それに関しては全くもって同意だ」
「そ、そうでしょうか」
変なところで二人の意見が一致したところで、場の空気が和やかになった。
ベアト様とアイリス様の目的はゲームシナリオに沿って発生する事件を未然に防ぐことで一致しているという。私というイレギュラーがいることで、本来のゲームシナリオよりは難易度が下がることを話していた。
「分かっていると思うけれど、シャル、貴女というイレギュラーがいることで97パーセントの死亡率が半分以下になる。これはすごいことだというのは理解しているわね」
「は、はい!」
「あとは作中の問題児、ローマン教頭とルディーの対処になるわ。他の攻略キャラは正直、シャルの
「はい。攻略キャラでも残るはワンコ+弟キャラの騎士団長の息子ジョン・スチューワード・ウィルソン様と、ベアト様の義兄でナルシスト+女好きの芸術家、レックス・ベッキンセイル様ぐらいですしね」
「義兄のナルシストぶりは同じ家族として疲れるんだけれど……」
「ふふっ、でも(いいキャラで)素敵な方ですよね」
「……」
ベルナルド様はなぜかムスッとした顔をしている。何か変なことを言っているだろうかと不安になっていると、横でベアト様は扇子を開いて涼やかに笑っていた。
「本当に面白いぐらい変わったのね。そのぐらい分かり易ければシャルを不安にさせることも少しは減るかしら」
「ぐっ……そのつもりだ」
(あのベルナルド様がご両親以外にやりこまれている!)
なんだか新鮮で、竹を割ったような言い方をするベアト様が羨ましい。
(私もベルナルド様ともっと親しげに会話ができるようにしよう)
「まあ、ローマン教頭はアイリスがなんとかするだろうから、私たちは彼女のフォローをする程度で大丈夫だと思うわ。……問題はルディーの方だけれど、ハイド卿の屋敷で過ごしていて変なことされなかった?」
「だいじょう……はい、皆さんとっても親切でした」
口癖になりつつあった「大丈夫」という言葉を飲み込んで私は言葉を続ける。
「それにヤンデレ回避のためにもルディー様のお父様との仲を取り持つことぐらいはできたと思います。あ、でも妹さんには会えませんでしたが」
「そう、妹さんには会えなかったのね」
「シャルには俺か専属の侍女を付けていたから、今のところ変な接触はしていない(この女にシャルが寝込みに襲われそうになったなんて言ったら血の雨が降るな)……それと検診などを含めて《疑似種子》関係の資料も目を通しておいたが、怪しい点はなかった。もっともルディーは昔から俺とアルバートに何かと張り合ってきた奴だったから正面上は良好な関係を築くのはできるだろうが腹の中は、真っ黒だぞ」
「そう、やっぱり二周目でもあの男がネックになのね」
ベルナルド様とベアト様は互いに熟考しているのか考え込み、
「(シャルに魔の手が伸びる可能性を考えて)いざとなれば殺すしかないか」
「(シャルを守るためにも)いざとなれば殺すしかないわね」
「(物騒な結論!?)えええ!?」
あわあわする私とは正反対にお義母様とお義父様も「最終的にはそれしかないかしら~」「そうだな」と賛同していることにさらに驚愕の声を上げた。
ゲームシナリオでも国家転覆しかねない素養を持っている人だが、あっさりと結論づけてしまっていいものなのだろうか。魔力暴走を防いでも重度なヤンデレは手に負えないのは知っているものの、ルディー様にも幸せになってほしいと思うのは傲慢な考えなのかもしれない。
ベアト様とベルナルド様の考え方は似通っていて
(ベアト様の好いているのがアルバート殿下でよかった。……ベアト様とじゃ勝負にならないもの)
そう思った瞬間、それは異世界に来てベルナルド様に慕われていたからこそ気付かなかった――いや気付かないふりをしていたこと。もしもの可能性。
(ルナルド様が心変わりしたら、私は繋ぎ止めることができるのでしょうか)
私が心臓の病気だと入院が決まった後、幼馴染みで付き合っていた彼氏は見舞いの回数が減り余命を打ち明けると「ごめん」と言って離れていった。
好きになって貰ったとで別れを切り出されることの恐怖。絶望。
そんな思いがふと蘇った。
(中学の入りたてだったし、幼馴染みの延長みたいなものでドラマチックなんてなかったもの……)
入院が長くなるにつれて友人も少しずつ顔を見せなくなり、独りの時間が嫌で本やゲームにのめり込んだ。乙女ゲームはハッピーエンドになるから好きだった。
ヒロインと攻略キャラが結ばれる。
だからこのディフラのバッドエンド率は本当にしんどかったけれどプレイは楽しかった。特にハッピーエンドまで辿り着いた瞬間の達成感は大きい。
まさか自分がそのゲームの世界に転移するなんて思ってもみなかったが、ゲーム知識、
(味方も増えていいことのはずなのに、胸がざわめくのは……どうして?)
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