第26話 縮まる距離感

 午前中は私とベルナルド様の資料を元にして対策などを話し合い、午後は軽い昼食を摂った後、王城へと赴いた。

 王城への用事は、私が《疑似種子》を取り込む儀式を行うためだ。

 付き添いにベルナルド様とマクヴェイ公──お義父様も同行してくれるのは心強いものの、一つだけ不安がある。

 馬車の中で隣に座っているベルナルド様におずおずと尋ねた。


「あの、ベルナルド様」

「なんだ?」

「ずっと気になっていたのですが……」


 ビクリと彼は身構え、私の顔を探るように覗き込む。


「その王城に着いてきてくれるのはとても嬉しいのですが、学院は行かなくてもいいのですか?」

「──ああ。二周目だから学業なら問題ないし、お前の傍にいたい」


 不意打ちのデレに胸にハートの矢が二、三本刺さった。


(ストレートな物言い! でもデレがあってああーもうキュンキュンしちゃう)

「(いやもっと言い方があるだろうぉおおおお! 心配だで好きだからできるだけ一緒にいた──いや重い重すぎるだろう。ハッ、こういう事はちゃんと口にしなければ一周目と何も変わらない!)……もしかして重かったか?」


 ベルナルド様は一瞬で顔を青ざめ、私の言葉を待たずに顔をうつむけた。


「……いやそもそも彼氏面をして行くのは迷惑だったよな……。束縛クソ野郎だって、引かれても正直しょうがな──」

「違います! 私のために来てくれるのが嬉しいんです!」

「! ……ほんとうに? 嫌っていない……のか?」


 途端にメンタル最弱モードになるので私は全力で彼にアピールをした。しかし一旦スイッチがオフになったベルナルド様はこの世の終わりのような表情をしている。

 こういうときは言葉で言うよりも行動で示した方がいいのかもしれない。そう結論づけると早速行動に移った。


 ベルナルド様の手に触れて、手の甲にキスをする。

 男性から女性にすることが多いものの、いきなり頬や唇にキスはハードルが高いので手なら、と頑張ってみたのだ。

 ベルナルド様は「ヒュッ」と息をしながら顔を真っ赤にしていたので、私も同じく頬に熱が集まる。


「こ、これで少しは私の気持ちは伝わりましたか?」

「あ、……はい。いや、まだちょっと確信が持てないので……、もし許しがもらえるのなら、王城に着くまで抱きしめてもいいのなら……信じる」

(ひょえ!?)


 メンタル最弱モードなのに、そのお願いは私のライフをゼロにするには充分だった。恥ずかしいがここで拒絶したらさらにベルナルド様のメンタルが復活困難になる。


「やっぱりダメだよなぁ──」

「そんなことありません!」


 恥ずかしさを堪えつつ両手を広げて「……どうぞ?」と告げた瞬間、ベルナルド様は私を抱き上げて膝の上に載せてしまう。


「!??(抱きしめるだけじゃ無かったのですか!? こ、これは詐欺です!)」

「うん、シャルが傍にいるって実感できる」

(か、顔が近い!? 睫毛長い、ううっ。これお姫様抱っこ!)


 ベルナルド様は満足そうで何よりなのだが、私は既にライフがゼロでこの状態のままだと王城に行って役に立ちそうにもない。

 幸せすぎる。まだ夢の中にいる感覚だ。


(……というか、さらっと恋人兼婚約者の座を獲得しているような!? 既にご両親のご挨拶まで済ませて……こんなに幸せで大丈夫かな。この世界死亡率97パーセント鬱ゲー世界なのに……)


 彼の胸板に頭を預けて寄り添ってみた。

 一抹の不安はあったもののベルナルド様という心強い味方がいるのだから、きっと大丈夫なはずだ。それにベルナルド様の情報では聖女のヒロインアイリスと王太子の婚約者である悪役令嬢ベアトリーチェは異世界転生者らしい。

 一周目の世界では、私とアイリスとベアトリーチェは仲がよかったらしい。

 それを聞いてちょっと安心した。


(二周目でも仲良くなれるといいのだけれど……)


 ベルナルド様曰く魔法学院に入学してしばらく経った頃には、すでに三人で行動をしていたという。


「悪いな。お前の入学時期、俺との接点は殆どないから参考にならないだろう」

「そ、そんなことないですよ!」

「……シャルは優しいな(それなのに俺は……まだシャルの最期を話せてない。どこまでも俺は不誠実で、酷い奴なんだ……)」


 目を細めてベルナルド様は私をギュッと抱きしめ直す。

 その指先は僅かに震えていた。


「……一周目のシャルが異世界転移した時に、俺はその場に居合わせることができなかった。おそらくハイド公爵家と王家が隠蔽し、お前が転移者であることを隠してお前の記憶も転生したという記憶にすり替えられていたと思われる」

「そうなのですね(周囲に転移者だと隠したのは《疑似種子》を公にしないため? それとも何か別の意図があったのかしら?)」


 一周目では私の身請け先はハイド公爵家、つまりは攻略キャラの一人ルディー様の遠縁として引き取られたらしい。

 もっともディフラのゲームにも異世界転移者の存在はなかった。

 完全なるイレギュラー的な立場なのだろう。ベルナルド様の覚えている一周目の記憶は貴重と言える。


「(とりあえず一周目でルディーが黒幕だと告げておくべきか。いや、だが企てを行うのはルディー以外にもいる)……とりあえず、ルディーには気をつけろ」

「わかりました。ルディー様はヤンデレ化率も低いですが、良好な関係を築いて味方に引き入れたいと思います」

「ん、あ、ああ……(良好な関係、とは……異性としてということなのか?)」

(まずルディー様の家族関係を修復できるように動こう。ヒロインアイリスが誰推しかによってルートも違うけれど、ルディー様のルートは多かれ少なかれ家族関係だもの)


 ルディー様ルートの場合、ご家族との溝を埋められるかどうかが大きなポイントとなる。と言っても私はヒロインではないので、ヒロインの負担を減らせるように動くだけだ。


 ルディー様のお父様がローマン教頭の企みに、協力関係を受けるかどうかによっても大きくルートが変わる。

 ローマン教頭の協力関係が構築すると、ベルナルド様はルディー様たちの研究が国家を傾ける可能性を危険視し、《王家の番犬》として二人を殺すルートと、返り討ちにされて殺されるフラグが発生するので、それだけは是が非でも阻止しなければならない。


(う、浮かれている場合じゃない。な、なんとしてもベルナルド様の死亡を回避しないと!)

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