第8話 提案
「ご馳走になったんですし、俺が洗います」
「客人に皿洗わすわけにはいかないだろ。ネコ美と遊んでてくれ」
皿洗いの一悶着の後、ネコ美を撫でながら二人でぼんやりとテレビを眺めていた。年末が近いからか、ニュース内でも掃除がどうの、という内容の特集が組まれている。
「……掃除、なぁ。そんな時期か」
酒かの様に缶のコーヒー牛乳を飲んでいる弦川が、そうぼやく。
「掃除しなくても充分片付いてるじゃないですか」
猫を飼っているというのもあるのだろうが、そもそも物が少ない。片付けるもの自体ほぼないと言っても過言ではない。
「俺の部屋じゃなくて、工場内の年末掃除があるんだ。俺たちはやらねぇけど」
「年末掃除」
冬期休暇が工場にもあるらしい。十二月二十九日から一月四日までの期間、完全に機械を停止させる。その為に機械を清掃してからカバーを掛けたり等という作業をするそうだ。
「来年は多分回ってくるだろうが、俺たちは二十七に夜勤二日目だろ? だから、そのまま冬休みに突入する」
「やった」
別に掃除の作業も嫌いではないが、話を聞いている限り大分面倒くさそうだ。それを回避できるなら、誰だって嬉しい。
「ただ、俺たちは始業はやらなきゃいけないぞ」
弦川がそう言ったタイミングで、ネコ美はくぁーっと大きな欠伸をした。
「数日止めた後の機械は、トラブルも散発しやすい。リーダーも駆り出されて忙しいから、自分の手でなんとかせにゃならん可能性が高い」
「うえ……」
今まであまりトラブルの対応というのはしてこなかった。というのも、大体はノリ汚れさえ落としてしまえばその後は問題なく動くということが大半だったからだ。
そういった単純なものではなく、機械そのもののトラブルだと十数キロの重たい部材を持ち上げる作業なんかも増えそうで、軽く憂鬱だ。
「しかも、オペたちは五日から出勤だからな。一日休み短いんだ」
「オペ?」
「実際に製品を作っている部署の人らだ。俺たちは製品の部品を作っているわけで、一日早く出勤して五日の分を用意するわけだな」
オペはオペレーターの略だ。
これはもう配属された部署の問題だから、オペの人たちに不満を持つのもまた違うだろう。
「まあ、連休は連休だし……」
そう思えば、一日休みが短かろうが悪くない。
「実家には帰るのか?」
「多分帰らないんじゃないですかね。まだわかんないですけど」
祖父母の家に集まる、などというイベントがあるタイプの家ではない。
両親に顔を見せに行くのも良いかもしれないが、今のところ帰ってこいなどという話も出ていない。
「弦川さんはどうするんですか?」
「俺は何もしない。寝正月だな。ネコ美もいるし」
言われてみればそれもそうだ。猫を飼っている以上、預けたり友人に頼む等しない限りは旅行にも行きづらいだろう。
「実家には?」
そう訊くと、彼は弦川は肩を竦めた。
「もう両親はいない」
「あ……」
自分の両親が健在なのもあり、同じ感覚で彼に訊いてしまっていた。
「いーんだよ」
眉尻が下がった弦川に、ぐいぐいと頭を撫でられる。何か返した方が良い。そう頭の中では分かっているものの、何を言って良いものかと黙考してしまう。
「お前が気にすることじゃない」
「すみません、配慮に欠けてました」
「おじさん相手なんだから、そんな気にせんで良い」
ネコ美がナァンと小さい声で鳴いて、ぐりぐりと脇腹辺りに頭を擦り付けてくる。
「ほら、ネコ美も気にすんなってさ」
小さく頷けば、彼は苦笑する。
「なんでそんな凹んでんだ」
「いや。……ネコ美ちゃんを俺が預かれば、弦川さんも実家に帰れるんじゃって思ったんです」
所謂余計なお世話だったわけだが。
膝の上に乗って来たネコ美の身体を撫でてやれば、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。
「じゃあ、俺が休出の時は面倒見に来てくれないか」
思わぬ提案に目を見開いた。
「お前さんが一日面倒見てくれたら、その代わりに俺が車で仕事場まで連れてってやるよ」
「え、そんなことで良いんですか?」
ガソリン代なんかも考えると、釣り合ってないのではなかろうか。そんな考えが過るが、弦川はああと頷いた。
「まーな。大概寂しがりだから、お前が来てくれた方がストレス少ないんじゃないかと思ってな」
そんな約束を結んだ後に、その場はお開きになった。
午後三時、ベランダで たかすみ @23_27_2_3
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