第6話 加苅と流川

 勤務終了後、弦川と別れて退勤して喫煙所へと向かう。

 夜勤明けで眠気が強い。だが、それ以上に自宅に戻っても煙草を吸えない可能性が高いのならば、確実に吸えるところで吸っておきたい。


「あれ、加苅さん」

「……おう」


 先に喫煙所に居たのは私服姿の加苅だった。全身黒に、シルバーのアクセサリーというシンプルな格好をしている。

 ダボッとした作業着ではイマイチわからなかったが、しっかりとした身体つきなんだろうなというところがズボンの張り具合でわかる。


(横座っていいのかな)


 今のところ、日比谷から見た加苅の印象は近寄りがたいというのが大半を占めている。横に座るのは少し気が引けるが、かといってあからさまに距離を取るのも良く思われない可能性が高い。

 少し悩んだ末、一人分開けたところに座った。


「加苅さん煙草吸われるんですね」


 そう話しかければ、彼は少し眉尻を下げた。


「意外性もないだろ」

「まあ、はい」


 会話が続かない。煙草を吹かす音が二人の間に流れる。変に話を振ってしまった性で却って気が重い。

 しばらくすると、加苅から口を開いた。


「順調か」

「……そう、ですね。弦川さんも優しい方ですし、仕事もちょっと掃除覚えるのは手こずりそうですけど、そこ以外は」

「そうか」


 また沈黙は辛いからと頭を捻り始めたとほぼ同タイミングで来客があった。


「燈留、と、日比谷君」


 パーカーの上からセーターを着て、その辺のお洒落な大学生のような服装の流川が顔を出した。

 流川は二人の間に座ると、何食わぬ顔で煙草の箱を取り出す。


「流川さんも喫煙者なんですね」

「ええ、そうよ。喫煙者なのは別に隠してないんだけど、バレると大体『女殴ってそう』とか言われるのよね」


 解せないわよ、と流川はわざとらしくため息をついた。


「……ちょっとわからなくはないです」


 表面は非常に良い彼氏だが、裏ではDVチックな彼氏を体現したかの容姿をしている。その上で喫煙者となればなおさらだ。


「やーね。私パパなのに」

「子持ち……!?」


 流川はそうよ? と肩を竦める。煙草片手のその仕草は、弦川とはまた別ベクトルで良く似合っている。


「双子なの」

「おいくつか聞いても?」

「十二歳よ。女の子」


 楽しそうにそう話しているが、謎が増える。


「流川さん自身はおいくつで?」

「三十四歳」

「あ……、そんな上」


 夜勤のリーダーを務めているような人なのだからある程度歳がいっていても不思議ではない。なんならリーダーを務めているともなれば若い方なのだろう。

 それでも、見た目的に同年代かと思っていた。


「やだ、もっと若く見える?」

「勝手に同じくらいかと……」

「日比谷君は見るからに若いものね」

「二十四です」


 へぇ、と流川が声を上げる。


「院卒だったりするの?」

「いえ、高卒で前は別のところで働いてました」


 そう返したところで、流川の携帯から着信音が鳴る。画面を確認すると、流川は急いで火を消した。


「娘から。じゃあね、二人とも」


 流川は忙しなく喫煙所を出て行った。


「子持ちって、やっぱり大変なんですかね」

「あいつの場合、シングルだから余計にな」

「……そうなんですか?」


 本来本人の口から聞くべきことだろうが、興味というのは止められない。


「子供を産むと同時に亡くなった。だから、ずっと一人で子育てしてんだ。夜勤で働いてるのも、日中子供の面倒を見るためだ」

「そう、だったんですね」

「リーダーなんて断りゃ良いのに、あいつはそれをしなかったから……」


 加苅は眉間にシワを寄せた険しい表情を浮かべていた。


(流川さんのこと、好きなのか?)


 そんな疑問が浮かんでくるほどには、加苅の顔は悲痛なものに見える。

 息をつくと、加苅は首を左右に振った。


「要らんことを話過ぎた。忘れてくれ」

「無理がありますって」


 こんな話を聞かされて、都合よくポンと忘れることなんて中々できないだろう。

 加苅は煙草の火を消し、自身のバッグを漁る。財布を取り出すと、五百円玉を差し出してくる。


「口止め料」

「いらないです。そんなのなくても、他の人には話さないですし」

「俺への戒めだ」


 半ば強制的に握らされると、彼は頭をぐりぐりと押すように撫でてから喫煙所を去っていった。

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