第5話 夜勤
夜勤は夜七時からの出勤になる。昨日とは打って変わって六時に起きれたのは良いものの、出勤まで何をするかが悩みどころだ。
「ゴミは出したし、弁当はもう温めるだけ……」
洗濯物はまだ回さなくとも良いだろう。
ベッドに横になって、適当なチャンネルに合わせたテレビをぼんやりと眺める。部屋にあらかじめ備え付けられていたもので、テレビとはいえ液晶画面はノートパソコンより気持ち大きい程度の大きさしかない。
「アラームかけとこ」
諸々の準備のことも考えて十七時丁度にアラームをかける。
自分の体温も相まってベッドの中が温くなり、それに伴って眠気が襲ってくる。流されるままに入眠し、あっという間に十七時となった。
「徹夜、大丈夫かな……」
ぐっと伸びをしてから、昨日作った料理を弁当に詰めていく。それが終われば、暖かい格好に着替えてから家を出る。
職場に着けば作業着に着替えて持ち場へと向かう。すると、弦川以外に二人の男性がいた。なにやら真剣に話し込んでいるように見えて、近づくのに少し躊躇してしまう。
「……ストップ、来て良いぜ」
弦川に手招きされ、ぺこぺこと頭を下げながら三人の元へと近づいた。
「こんばんは」
「あら、新入りちゃんね?。私は
「
にこやかな流川と比べ、加苅は表情があまり変わらず気難しそうな印象を受ける。
流川はゆるめのツイストパーマをかけたマッシュに丸眼鏡といった、かなり女性受けの良さそうな風貌。声質も高くもなく低くもなく、ハキハキと喋る。
それと変わって加苅の髪型はマンバンで、それだけで大分厳つい。おまけに耳たぶのピアスをかなり拡張している。声は低めで、騒がしい場所では聞き取り辛そうな声質をしている。
「日比谷朝陽です」
「日比谷君ね」
「何かあったんですか?」
そう訊けば、流川は大したことないわと言う。
「四号機って呼ばれてる機械が今日ずっと不機嫌だったみたいで、弦川さんに話聞きに来たの」
「本社の社員でも、俺と同じくらい働いてるやついるだろうに……」
そうぼやいた所で某アプリの着信音がなる。流川がスマホの画面を確認すれば、あからさまに嫌そうな顔をする。
「誰からだ?」
「四号機から。あーあ、行きましょっか」
加苅はさっさと出て行ったが、流川はじゃあねと軽く手を振ってから去っていく。
暫くその後姿を見送った後、椅子に腰かけた。
「あの二人は本社の方の社員なんだ」
「流川さん、名前凄い似てますね」
弦川皓と流川楊。苗字だけでなく、名前の響きもかなり近い。
「そうなんだよ。ここ機械の音も煩いし、どっち呼ばれてんのかわかんないときあるんだ」
「ですよね」
後で聞いた話だが、流川と加苅は夜勤Bグループのリーダーとサブリーダーの関係らしく、特定の作業をするのではなく、全体を回ってトラブルの対処を行っているらしい。
「昨日の休みはしっかり休めたか?」
「なんか……、何もできないまま終わってしまって。休めはしたんですけど」
「まあ最初はそんなモンだ。慣れてくりゃ、休日に遊ぶ余裕もできるさ」
夜勤とはいえ、日勤と業務は全く変わらない。ほとんどが待つ作業。強いて言えば、二カ所同時に作業が終わるとバタバタするというのはある。急いで作業を片付けてもう片方へ行かなければならない。
「そういえば……、弦川さんは休みの日何してるんですか?」
「寝てる」
間髪入れずにそんな返答が帰ってきて思わず苦笑してしまう。
「煙草って休みの日とかどうしてます?」
「コンビニよく使うから、そんときに吸ってる」
「あー……」
お金を落としていればコンビニで煙草を吸うのも悪くはないかもしれないが、価格を考えるとどうしてもスーパーになってしまう。また、人の目が気にならないと言えば嘘になる。
「煙草吸えるとこなくて困ってんのか?」
「はい」
「まだ若いんだから禁煙してみても良いんじゃないか」
「喫煙者に禁煙しろって言われても……」
禁煙成功者に禁煙しなさいと言われたらそれはもう何も言い返せないが、こればっかりは言い返したくもなってしまう。
「金ばっかりかかるし身体も蝕むしであんま良いことないぞ」
「知ってます」
箱にもばっちり健康被害について書かれている。それをうん十回と見ているが、心には響かない。というか、そこで辞めれているのなら喫煙者はとうの昔にやめられているはずだ。
「まあ、お前さんが良いなら俺が止める権利はないしな」
「やめれないのは俺も弦川さんも一緒なので」
「ここまで嫌なお揃いは中々ないぞ」
そんなどうでもいいような会話を繰り広げながら、特にトラブルもなく十二時間が過ぎていく。
パソコンの時計が七時に丁度変わったタイミングでグッと背伸びをする。
「さて。こっから掃除だぞ」
「……今から?」
「暗室の掃除を夜勤の日にするって言ったろ?」
確かに、前掃除をした時にそんなことを言っていた。それ自体は記憶にある。
「十二時間勤務って、田宮さん言ってたんですけど」
「日勤の日は十二時間。夜勤の日は十二時間三十分勤務だ」
「田宮さんそんなこと言ってなかったんですけど」
「あの人はそういうトコある人だからな。ほら、さっさとやって終わらすぞ」
日比谷は大きなため息をついてから重い腰を上げて、掃除に取り掛かった。
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