第2話 ご飯

 二日目からは通常の勤務形態になり、十二時間労働。朝の七時から夕方の七時まで働くことになる。


「眠い」


 そんなことをぼやいていたって仕方がない。支度を済ませて家を出る。

 どうやら歩いても職場まで四十分程度ということが判明し、運動を兼ねて歩いていくことにした。道の途中にあったコンビニで暖かい緑茶を購入し、身体を温めながら職場に向かう。

 到着したら着替えて昨日と同じ場所へ。


「弦川さん、おはようございます」

「お、早いな」


 時刻は六時五十分。

 弦川はくぁっと大きな欠伸をした。


「今日は掃除から始めるぞ」

「掃除、ですか」

「ほら、裁断する機械を俺たちは扱うだろ? 刃物に汚れとか綻びがないか、みたいのを確認する意味も込めて掃除するんだ」


 来な、と言われ、彼の後を付いていく。用務室と書かれたプレートが下がった扉を開けると、色々なものがゴチャっと置かれた部屋だった。


「このニスと、掃除用の棒があってそれを使って刃物を掃除すんだ。夜勤の日は暗室っていう暗い部屋の中も掃除するんだが……、それはまあ夜勤の時でいいか」


 スプレー缶を受け取って、裁断機のある部屋へと向かう。

 彼が言っていた通り、主な作業は刃物の掃除だ。切る部材にはノリが使われているものが多く、ノリ汚れを取ることがメイン。それ以外にはバネの動作確認や、ゴムが使われている部分はゴムの摩耗がないか、などといった部分をチェックしていく。


「今は確認する部分が多かったりして混乱するかもしれんが、基本的にやる仕事はずっと変わらない。俺は急かしたりしないからゆっくり覚えてきゃ良いぜ」

「はい」

「怪我だけは気を付けな」


 扱っているのは一メートル近い紙の束切れるような刃物だ。そんなもので切ったらどうなるかは想像に難くない。


「気を付けます」

「おう」


 三十分程かけ清掃作業を終えると、引継ぎを受けて業務を開始する。本元となる部材をセットすれば、四十分程暇な時間だ。


「お前さん、暗い部屋は大丈夫な方か?」

「はい、問題ないです」

「お、そうかそうか。人手が足らんから、暗室での作業を手伝ってほしくてな」


 インスタントカメラは光の力を使って写真を撮る。その為、一部の素材は光に当ててはいけないものというのが存在する。そういった物を扱う関係で、スマートフォンなどの光るものを一切持ち込んではいけない部屋が暗室だ。

 弦川がちょっと待ってな、と言い残してどこかへと去っていく。程なくして、手元に厳つい機械のようなものを持って戻ってくる。


「これが暗視ゴーグル。後ろんとこ調整できるから、今の内にやっときな」


 それもそんなに時間はかからず数分で終わってしまう。


「他の機械を担当すると廃棄される部材の数字と睨めっこする必要がある。でもここは基本他所から送られてきた部材を小分けにするだけの仕事だから、基本暇なんだ。アラームで起きれる自信があるなら寝てても良い」

「アラームってあのクラシックですよね」

「そうだ」


 サイレンのような爆音が鳴り響くのならまだしも、仕事の疲れがある上に穏やかなクラシックが流れるともなるとどうだろうか。


「多分無理、だなぁ……」

「俺は過去に起きれるだろって高を括ったら寝過ごして滅茶苦茶怒られたことがある」

「絶対寝ないです」


 暫くするといよいよ暗室での作業だ。


「ゴーグルちゃんと見えてるか?」

「はい、緑色で」

「お、ヨシヨシ。基本的にあっちのとそんな変わらないが……」


 暗室といっても基本的な作業は明るい部屋と一緒だ。それを暗い部屋の中でやるだけ。とはいえ、光を絶対に当ててはならないからとちゃんと扉を閉めているか? カーテンはきっちりと閉じているか? といった点に気を配る必要はある。


「暗い部屋の中で重たいモン持つから気を付けてな」

「はい」


 切られた素材を台車に運び入れ、次の部材を機械にセットしたらカバーを下ろす。カバーと台車の鍵がきちんとかかっているかを確認してから漸く外に出れる。

 暗視ゴーグルを外せば、明暗の差に目が眩む。


「暗室の作業も問題なさそうだな」

「案外ちゃんと見えるものなんですね、暗視ゴーグル」

「そうだろ。アタリだからな、ここのは」


 弦川曰く、はずれの暗視ゴーグルはもう壊れていてロクに見えないことがあるらしい。


「そうだな……、三十分あるし早いけどメシ食い行くか」

「はい。ご飯持ってきます」


 荷物置き場まで競歩で行き、弁当片手に弦川の元まで戻る。

 二人で休憩室へと向かう。徒歩一分足らずの場所に、そこそこ広いながらも人気の少ない休憩室があった。そこには普通の飲み物の自販機と並んで、お菓子とカップ麺が帰る自販機がある。


「お前さんは飯は?」

「自炊ですね」

「すげぇな」


 そう言いつつ、彼は自販機でカップラーメンを購入した。醤油だ。

 適当な席に座って、弁当を広げる。ネットで流行っていた悪魔のおにぎりを少しアレンジしたものと、作り置きしていたピーマンの肉詰め、卵焼き、プチトマト。


「いただきます」


 両手を合わせてから食事に手を付ける。


「お、旨そうじゃん」

「弦川さんは自炊しないんですか?」

「しねぇなぁ。片付けの時間とかが勿体なく感じてな」


 弦川も隣に座り、手だけ合わせて麵を啜る。


「お前さんに金払って作ってもらうかな」

「良いですよ?」

「冗談だよ。自分の時間大事にしな」

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