第7話◆冒険者ギルド――緊急依頼と冒険者の権利
「ん? なんか騒がしいな。何かあったのか?」
「みたいだねー、緊急依頼かな? でも、おやつ中だし声をかけられないように視覚阻害の魔法をかけとこ」
「緊急依頼を見るのは初めてか? 通常の依頼は依頼主が冒険者ギルドに依頼して、冒険者ギルドが仲介して冒険者がそれを受けるって段取りだけど、予想のできない事故や緊急のある事案はどうしても発生するもんだ。
その中には急がなければ人命や大規模な災害に繋がるものもある。そういう場合は依頼主を立てずに冒険者ギルドがすぐに冒険者を招集して事態の沈静化を図れる権利を持っているんだ」
「いきなり現場の対応にならなくても、先行調査をするだけでもその後の流れが速やかになるからね。いちいちお役所を経由していると時間がかかって被害が大きくなるし、人的被害も出ちゃうかもしれないからね。
もし君達が自分達の手に負えない緊急性のある事態に遭遇、または目撃した時は、速やかに冒険者ギルドに詳細を報告するんだよ。その報告に基づいてギルドの偉い人が判断して緊急依頼が発生するんだ。
人の募集に時間をかけないためと、危険な案件が多いから報酬は高めだけど、だいたい面倒くさいんだよね。緊急系だから報告書もついてくるしね」
「よくあるのが町の近くで強い魔物が現れたとか、人通りの多い街道が封鎖されるような事故があったとかはそういうのかな。町の中での小さな事案でも急がなければ人命に関わるようなことなら緊急依頼の扱いになる。
冒険者にはフットワークの軽い者が多いとか、こうやって暇そうにロビーで休憩してる奴がいるのも冒険者ギルドが緊急事態に対応しやすい理由だな。もし人がいなかったら? 職員が行くんじゃないかな? 職員さんは大変だなー」
「緊急依頼の依頼主がないなら経費や報酬は冒険者ギルドになるのかって? いいところに気付いたね。
もしこの緊急の事案がその町やその地域の安全に関わることならその費用はその地域の領主または国が冒険者ギルドに支払うことになっている。
公共的な危険性はないけど人命に関わる事案の場合はまず救助を優先、その後その原因によって経費の負担先が決定する。個人の過失が多い場合は経費を請求される、これは救助対象が冒険者であった場合もそうだからね。
不慮の事故や過失割合が少ない場合、対象が子供の場合はその事情を考慮して個人負担が軽減されたりなしになったりする。そ、緊急依頼の費用は基本施政者の負担。
じゃあ勝手に緊急依頼をやって冒険者ギルドと揉めないのかって? 普通に揉めるよ? だから人や町の安全を優先して領主側に強気で対応できる立場の者――つまりそこそこ身分の高い者や土地柄で影響力を持っている者が冒険者ギルドの幹部にいるんだ。
かといってギルドが強くなりすぎたり、領主と癒着したら意味がないからね、定期的に国やギルドの監査が入ってよろしくないところは人事を大きく変えたりするんだ。
ふふ、内緒の話だけどね監査の人は正体を明かさず冒険者として紛れ込んでたりするんだよ。もちろんそういう人は冒険者の素行もちゃんと見てるからね、悪いことは何故かバレちゃうんだよ。ね? グラン?」
「ふぇ? すまん、話が長くてちょっと寝てた。まぁ、あれだよな行政側も小さな出費をけちって被害が大きくなれば余計な出費がかさむし、民をないがしろにするとそのシワ寄せは施政者に返ってくる。
暮らしにくい町に住もうなんて思わないだろ? 暮らしやすくて人が集まる町は税収も多いってこと? 冒険者ギルドはその地の安全と産業に深く関わっていて税金もいっぱい納めてるからな。
そそ、通常の依頼以外にも俺達がギルドに売ってる素材もその後取り引きされギルドの儲けになって、そこからも税金が納められてるわけ。ちょっと考えただけでもすごい金額だろ? だから施政者も冒険者ギルドをないがしろにはできないんだよ」
「まぁ、その辺の難しいことは末端の冒険者はあまり気にしなくていいよ。あ、でも地域の安全に関わるような緊急事態の原因が人災だった場合、原因を作った者にはしっかり罰があるし賠償金や罰金も発生するからね? うっかりでもそういうことにならないようにね? いい? グランもだよ!?」
「おう、誰でもそういうトラブルに巻き込まれることもあるからな。賠償責任が発生した時のために報酬から保険料を引かれているのは知っているな。少々のやらかしはだいたいこれでチャラにしてもらえるから安心しろ。
それから病気や怪我に備えた保険とか冒険者をやめた後のための貯蓄制度があるから、気になるなら職員さんに聞いてみるといい。気を付けていても冒険者に怪我は付き物だからな、できれば加入しておいたほうが安心だな。
緊急依頼や指名依頼で職員さんや依頼主の押しが強くて危ない仕事でも断りにくい時もあるし、でも実力的に厳しい時やコンディションや条件が良くない時は断ってもいいからな。
もしごり押ししてくるようなら冒険者には断る権利もある。滅多にないけど、極稀に無理やりランク以上の依頼に駆り出されそうになることもあるから、ヤバイと思ったら断ること。
それで仕事を干されるなんてことがあったら他の町に行くのもありだし、行政側にそういう悪質な依頼の相談窓口もあるからな。命の危険がある依頼があるからこそ冒険者には自分の命を守る権利があるんだ」
「そうだね、でも自衛することも覚えないとね。そのためには冒険者の権利をちゃんと知って、契約を結んだ時はその証拠を残すことを忘れたらダメだよ。
交渉する術をちゃんと身に着けると、自衛だけじゃなく、契約も自分有利なほうに運べるからね。ふふふ、足元は見られるより見るほうが楽しいからね」
「うお!? 見ろよ、ギルド長が受付まで降りて来てるぜ。ユーラティアで一番でかい冒険者ギルドの長なんて、滅多に顔を拝む機会がないからな。
あの顔よく覚えとけよ、王都で一番怒らせてはいけない人だ。アベルもAランクの昇級試験でボコスカにされたもんな」
「あれは規格外。人間だけど人外みたいな人だから仕方ないの。それにしてもギルド長が受付に来るなんて珍し。
これは面倒くさい案件かもねー、このまま視覚阻害の魔法をかけたまま逃げよっか。外に出ないと転移魔法は使えないし」
「だよなー、重要施設は転移魔法阻害がかかってんだったな。変な仕事に駆り出される前に片付けて逃げよう。
多分ランクのたけー依頼だから君達は大丈夫だと思うけど、面倒くさい雑用に巻き込まれる可能性もあるから、逃げたい奴はこっそり逃げたほうがいいぞ」
「うわっ! ギルド長がこっち見てる! 視覚阻害魔法が効いてない!? あっ! チーズのにおい!? グラン、早く片付けて帰るよ! 建物の外まで出たら俺達の勝ちだよ!」
「おう、じゃあそういうことでまたな! げぇ、目が合った! やっぱ視覚阻害魔法効いてねーぞ!! うっわ、こっち来てる! アベル、急げ!! 逃げるぞ!! ぐえっ!? いつの間に後ろに!? フード掴んじゃらめぇえええ! 首が絞まるうう!!」
「うっそ! なんでもうここまで来てるの!? ギルド長は転移魔法なんて使えないよね!? ぎゃっ! マント踏まないで!!」
「え? 街道に巨大カメムシが居座って異臭を放ってる!? ウワアアアアアア……や、虫は嫌いじゃないけどカメムシはやだっ!!
でかいだけでBランク程度の強さだから余裕だろうって!? アベルと一緒に転移魔法でパパッと行ってこい? 倒しても倒さなくても臭いからやだーーーー!!
カメムシならアベルだけで充分だろお!? 行け、アベル! アイシクルアローだ!!」
「人の魔法に勝手に名前付けないで! カメムシなんて遠くからでもやだよ! 転移魔法ですぐ行けるかもしれないけどやだよ!! これは冒険者として依頼を拒否する権利を行使する!!」
「俺も俺もーー! え? ランクも強さも充分足りているから無理? あ、お腹痛い! これはちょっとトイレの妖精になるしかないな!!
え? さっきまでチーズグラタンを食べてただろって? ロビーをチーズ臭くしたのは大目に見てやるから行ってこい?
えー、カメムシなんて臭すぎて現場放置ダメなやつだよね? しょうがないな、収の……じゃなくてマジックバッグが臭くなりそうだけど、ちゃんと回収して持って帰って大型素材窓口で出しますね!!
え? 持って帰らずにその場で分解して土に還せ? アベルの転移で行って、俺の分解で土に還すのが効率的で無害でベストな方法? よって俺達を指名することになったって?
やだーーーー! でかいカメムシを分解するには長時間触らないといけないじゃないですかーー!
触るの嫌だからアベルの空間魔法で回収してどっかのダンジョンに捨てるのはダメ? ダンジョンが臭くなるからダメ? 王都のダンジョンじゃなくてどっか遠くのダンジョンでも? やっぱダメ? あ、はい」
「くそおおおお、緊急性がある依頼は、冒険者側が条件を満たしてて、なおかつ対応に適した能力持ちだったらギルドのほうにも強制力があるんだよね。高ランクの冒険者は数が少ないから緊急性のある依頼は断れないんだよねえ。
くそ、こうなったら実家の力……え? 街道に巨大カメムシが居座ってると王都全体に影響が出るから、兄上も転移魔法が使える俺に行けって言うだろう?
くそ、兄上ならそう言うよね、効率重視だもん。王都のためなら可愛い弟がカメムシ臭くなっても気にしないもんね。くっそ、兄上なんかハゲちゃええええ!!」
【緊急依頼と冒険者の権利】
・緊急依頼
突発的に発生した緊急性のある依頼。
行政や関係者からの依頼を待つ間に、周囲や町に大きな被害が出る危険性、人命に関わる可能性がある場合、依頼主なしで冒険者ギルドが冒険者に出す依頼。
緊急性が高く、危険度も高い依頼が多いため、報酬は高めに設定されている。
その際の経費は行政負担が多いが、対象が個人、原因が人災など人為的な過失が原因の場合、事案の関係者に経費は請求されることもある。
その際の請求額は過失の割合で決まる。過失の割合が大きいまたは悪質な場合は刑罰や賠償金が発生する。
・冒険者の権利
ランクや能力的に達成不可能だと思われる依頼は断ることができる。
ただし緊急性の高い依頼で、冒険者のランク及び能力が条件を満たしている場合、強制的に依頼に参加させられることもある。
悪質な依頼については行政の相談窓口がある。
・冒険者保険、基金
万が一に備え自賠責保険制度があり報酬から保険料が引かれている。
また怪我や病気に備えた保険や、冒険者引退後のための貯蓄制度もあり、冒険者なら誰でも任意で加入することができる。
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