第31話 買い物
ショッピングモールにて。
「蓮人、買い物に付き合ってくれてありがとー」
「いや別に。今日は暇だったし」
「今日も、でしょ?」
「やかましいわ」
あははーと笑う玲華。対して蓮人は、少しうっとおしいような顔をしていた。
ショッピングモール一階にて。蓮人は、今日の夕飯と頼まれていた抹茶アイスとやらを買いに来ていた。
「ぃ……!?」
蓮人は歩みを止め、目を見開きながら玲華を見る。
「どうしたのー?なんか顔赤いよ?」
と、さっきと同じように笑いながら蓮人の顔をツンツンする。
お菓子コーナーにて。不意に玲華が右手を握ってきたのである。
「な、何を考え……ッ」
右手の平に、細くて柔らかくて少し冷たい指が絡みつき、きゅっと握りこんでいる。幼馴染とは思えないほどの、積極的な行動。一体、玲華に何があったというのだろうか?
「れ、玲華……?」
壊れたロボットのようにガガガガ、と首を動かし握られた右手に視線を移す。
「き、今日はどうしたんだ……?」
見ると、玲華は何ら変わらず笑顔のままだった。……逆に怖い。
「ただ、こうしてると……落ち着くの」
そう言って、頭を蓮人の肩にくっつける。
「い、意味が分からん!朝の昇降口でもそうだったけど、本当に今日のお前はどうしたって言うんだ!?」
「んー、別にどうもしてないよぉー?」
「お、おい!頼むからここでそんなことをするな!変な風に見られるから!」
「私は、別にかまわないけどー」
「あぁぁぁ!どうしろって言うんだぁぁぁぁ!」
店内という事を忘れ、この出来事をどうしたらいいのかと大声を上げる蓮人。
……だが、手を握られるという行為は、悪い気はしなかった。
ただ、場所を考えてやってくれ、という事であって。そんなことをされるのは、むしろ嬉しい方である。
「……マズい」
そんな蓮人の大声を聞いてやってきた人たちによって、何かのショーが行われているかのように人だかりができていた。
「す、すいません!ほら玲華、さっさと買って帰るぞ!」
「あー、待ってよ蓮人ー」
会計で並んでいる時、周りの客から変な目で見られるてるような気がした。
その視線に耐えながら会計を済ませ、そそくさとショッピングモールを去っていった。
「ただいまー……」
なぜか疲労感でいっぱいだ。恐らく、ショッピングモールで玲華とのやり取りのせい。
「あ、蓮人さん」
「おう、フェアリー……」
そんな蓮人とは真逆に、笑顔で出迎えてくれたのはフェアリーだった。
「それ、今日の夕飯ですか?」
「ああ、今日はハンバーグにしようかなって思ってさ」
「おぉ!いいですね!」
「これ、運んでくれ」
「はい!」
買ってきた食材の袋をフェアリーに預けると、そそくさとリビングへ。
蓮人は慣れた手つきで靴を脱ぎ、同じくリビングへと向かう。
「蓮人、買ってきたの?」
「ああ、ほら」
「ん」
ソファから顔を出して訊いてくるピジー。
袋から取り出したのは、抹茶アイス。スプーンと一緒にピジーに渡す。
「お前、今食べる気かよ?」
「悪い?」
「い、いや、別に……」
買ってきた食材を冷蔵庫へ移す。
「そう言えば蓮人さん、ピジーから聞きました?」
「何を?」
「<ベスティア>についてです」
ほとんどの食材を冷蔵庫に移し終わった後、フェアリーがそんなことを聞いてくる。
「なんか口外しちゃいけないとかってのは聞いた」
「ああ、なら良かったです」
「……?」
なぜそんなことを聞いたのだろう?一瞬蓮人は首を傾げた。
「さてと、今日は学校がなくなったわけですから、時間ありますね」
「そうだな」
壁掛け時計を見てみると、まだお昼にもなっていなかった。
普段の休日の過ごし方でいったら、ゲームをしているか本を読んでいるか寝ているか、の三つだ。基本的に。
「……ねぇ、蓮人さん?」
「な、なんだ……?」
なぜか、いつものフェアリーじゃない気がする。
フェアリーは上目遣いで蓮人を見ながら、モジモジとしていた。
「……お願い、聞いてください」
「へ……ッ!?」
次の瞬間、フェアリーの体の感触が全身に伝わる。
なぜかぴたっと密着してきたのだ。
「お、おいおいどうしたんだ——」
「しーっ、声を荒げないでください。……ピジーに気づかれちゃいますよ?」
「……っ」
顔が近い。ほのかにミルクのような、甘い香りが鼻をくすぐる。
ここまで間近にフェアリーを感じるのは初めてだ。……心臓の音が聞こえてくる。これは自分のではなく、フェアリーのものだった。
「……ふへっ」
——か、可愛すぎる。少し開いた胸元から、肌色のそこそこ大きいアレが——
「——ッ!!」
蓮人はとっさに目をつむり、ブンブンと頭を振る。
「あ、蓮人さんってば……」
フェアリーが不思議そうにそう言ってくる。
「どうしたんですか?こうされるの、嬉しくないんですか?」
「えッ!そ、それはもちろん……じゃなくて、ええと——」
嬉しくないなんて言う男がどこにいるというんだ。もしいるなら紹介してもらいたい。
蓮人はどうしたらいいのかとあたふたしていると、不機嫌そうに口をとんがらせ離れて行ってしまった。
「ふ、フェアリー……?」
フェアリーの行動の意味が分からず、眉をひそめる。
するとフェアリーは恥ずかしそうに頬を赤くして、小さく口を開いた。
「もぅ……ばか」
「えっ……」
ばか、と言われたような気がした。……なぜ。
恐らく、フェアリーが望んでいた行動をしなかったから、だと思う。
そうは言っても、こちらとしてはなぜそんなことをしているのかが分からない。
「はぁ、せっかくお互いの体を知る機会だったのに。蓮人さんってば、そういうのあまり知らないって感じですね?」
「そ、そう言うのって……」
「ま、いいです。そのうち、改めて訊くので」
「…………」
お互いの体を知る機会?そういうのをあまり知らない?
一体、彼女は何のことを言っているのだろう。
もう少し考えてみるも、何のことだがさっぱりだった。
「な、なあ、お願いってなんだ?」
「そうでした。この後、お出かけしませんか?」
「お出かけ?まあ、いいけど」
「ありがとうございます!では準備してきますね!」
そう言ってフェアリーは、リビングを飛び出していき階段をかけ上がった。
「……なんだったんだ」
今の出来事を考えるよりも、蓮人は一度自室に戻り着替えることにした。
「んー、美味しい」
そんなことを知らず抹茶アイスをほおばる少女がいた。
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