第30話 口外のリスク
ピジーの後を付いて行くと、そこは屋上だった。
普段は鍵がかかっているはずだが……ピジーが扉に手をかけると、カチャリと開いた。
「……屋上ってこうなってたのか」
今まで一度も見たことはなかったが、かなり高いフェンスで覆われ、その隅には二脚ずつ、計四脚の青い固定式椅子がある。
真っ直ぐ進むピジー。慌てて追う蓮人。
そして、くるりとこちらを向き、腕を組みながらフェンスに寄りかかり口を開いた。
「最初に、ありがと」
「…………ん?」
予想外の言葉に、蓮人は目を丸くする。今まで聞いたことのない言葉だったから。
そしてすぐにいつもの不機嫌顔で、言葉を続ける。
「こ、これは、ただ……その、あ、あんたがいなかったら生き返ってこれなかったら、お礼……言った方が、いいかなって」
「あ、ああ……いや、生き返らせたのはリリーの方だよ」
「そ、そうだけど……っ!家まで運んだのは……蓮人、でしょ?」
「……あのまま、放っておくなんてできるかよ」
「……っ」
ピジーは、少なくとも蓮人の身内だ。なんというか、家族のような存在になりつつある。それは、フェアリーも同じ。
「と、とにかく!こ、これはほんのちょっとしたお礼だからね!」
「分かってる」
「……こほん。本題に入るわよ」
「ああ」
蓮人も、お礼を言われるだけのためにここに来たとは思っていない。
「<ベスティア>だけど、ここ数日何か無かった?」
話を改め、ピジーは少し声のトーンを落として訊く。
蓮人には心当たりがあった。
「ある生徒が、<ベスティア>に遭遇したんじゃないかって思ってたんだ」
そう。ピジーが殺された——あの日。
これまで聞いたことがない大きな悲鳴だった。
「なるほど。<ベスティア>が一般人を攻撃する可能性は十分にあるし……なにしろその生徒が<ベスティア>について口外しなけりゃいいけど」
「……口外しちゃダメなのか?」
「ええ」
まず一つ、と人差し指を立てる。
「得体の知れない怪物がこの学校にいるとするなら、生徒たちはパニックになって何をしでかすか分からない」
二つ目、と中指を立てる。
「リリーとかフェアリーの存在が知られたらどうなると思う?」
「えっ……」
急な質問に言葉が詰まる。
「それは、ブロッサムとして?」
「そう」
「…………」
「そんなに考えることでもないと思うけど。単に、周りの人が近づかなくなるわ」
「……ああ」
得体の知れない怪物、そして得体の知れない魔法少女。
何も知らない生徒は、確かにパニックになるだろう。しかも、自分の近くにブロッサムがいたらなおさら。
「まぁ、何かあったら私が時間を止めればいいんだけど、無限に使えるわけでもないし」
ピジーも魔力を使ってブロッサムへと変身する。その魔力は有限であり、いつでも使えるというわけではない。
魔力を回復するには、太陽光が必要らしい。
「人が離れれば、人間の友達を作れなくなっちゃうしね」
「……それも、この学校に来た目的なのか?」
「もちろん。蓮人を守るだけじゃなくて、人間の友達も欲しいし。特にフェアリーは」
「…………」
友達。その言葉を聞いて、蓮人はあまりいい気にはならなかった。
蓮人の友達は少ない方である。高校での友達は……いない、といってもいいかもしれない。
でも、小学校からの友達は何人かいるので、まだいい方ではあった。
「ピジー、話はもう終わりか?そろそろ、時間解除してもいいんじゃ——ッ!?」
すると。右手に持っていたピストルを、こちらに向けてきた。
「変なことしたら、殺すから」
そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。それは、ピジーが死ぬ前に言った言葉だった。
……何か変なことしたか?今までの過程を振り返る。
別に思い当たる節は全くと言っていいほどない。なのに、どうして。
瞬間、ピジーの目が赤くなったかと思えば、高速で発射される弾丸が、蓮人の顔の左側を通っていった。
「……はぁ、危なかった」
そう言って、右手を下ろす。
何事かと思い後ろを振り返ると、そこには黒い塊がモゾモゾと動いていた。
「一発じゃ死なない?……ッ」
そして、もう一発大きな破裂音と共に弾丸が発射された。
二発目で、ようやく動作は停止する。
「……<ベスティア>……?」
「物音立てずに背後に忍び寄ってたみたいね。怪我がなくてよかったけど」
「……こいつらは止まらないのか?」
「そうみたいね。憶えておきましょ」
「……ああ」
「タイムスタート」
そして、車の音や生徒たちの声が聞こえてきた。
「ほら、予定があるんじゃないの?」
「そうだった!」
玲華との予定をすっかり忘れていた。
蓮人は駆け足で屋上を後にしようとする。
「慌てなくてもいいわ。時間は止めてたから」
「そ、そうか……そうだな」
ピジーにそう言われ、少し冷静になる。
「あ、もし買い物に行くんだったら、抹茶アイス買ってきてね」
「ま、抹茶アイス!?……わ、分かったよ」
なぜかピジーからお使いを頼まれてしまった。しかも、抹茶アイスというチョイス。
蓮人は改めて、少し急ぎ気味で屋上を後にした。
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