第18話 人間界にベスティア登場

「——ねぇ、嫌な予感がするの私だけ?」

「えっ?」

 ソファに座り、じっと窓の外を見つめながらそう言うピジー。

「……何も感じないけど」

 フェアリーは辺りを見回してみるが、別におかしなところは無かった。

「……ま、気のせいってとこか」

 午後四時三十分ごろ。まだ蓮人の姿は見えない。

「大丈夫かな、蓮人さん……」

 少し心配そうな顔で、どこかを見つめるフェアリー。

「私たちが大丈夫って信じなきゃダメでしょ」

「ピジー……」

 ポンっとフェアリーの肩に手を置いたピジー。

 真っ直ぐな眼差しで、フェアリーを見る。

「……うん」

 その言葉に、フェアリーはゆっくりと頷いた。


————————


「蓮人くん……大丈夫だった?」

 真っ黒いドレス——ではなく、いつもの園江そのえ高校の制服に身を包んだリリーが、蓮人の元へやってきた。

「はぁ、全く……リリー、お前こそ大丈夫だったか?」

「うん、怪我とかはしてないから安心して」

 満面の笑みでそう答えるリリー。

「そうか、なら良かったけど……っ」

 とそこで。恐怖のあまり逃げ出した自分が情けなくなり、急に恥ずかしさが込みあがってきた。

「どうしたの?」

「い、いや……何でもない」

 蓮人の顔を覗き見るようにするリリーに対し、蓮人は恥ずかしさのあまりそっぽを向きながら立ち上がる。

「と、とにかく、ここにはもう用事はないから帰るぞ」

「あ、うん」

 このデパートは、恐らく数週間は立ち入ることはできないだろう。

 なぜなら<ベスティア>の脅威により、入口はもちろんのこと、それ以外の場所も損壊してしまっているからである。

 逆を言えば、全壊とまではいかなかったぶんマシだろう。

「蓮人くん、また<ベスティア>に襲われちゃマズいから……はいっ」

「……えっ?」

 そう言ってリリーは、蓮人の右手を優しく握る。

 困惑顔で、繋がれた手とリリーの顔を交互に見ていく。リリーは少し疑問気に蓮人を見ていた。

「え、ええと……どういう」

「そのままの意味だよ。もしかしたらまだ<ベスティア>がいるかもしれないし、ね?」

「あ、ああ……そういうことね」

 そうは言うものの、蓮人はまだ困惑の中リリーと手をつなぎデパートを出た。


「——あっ!おかえりなさい、蓮人さん!」

「お、おう……た、ただいま?」

「はいっ!」

 蓮人は家の前でリリーと別れ家の中に入るなり声をかけられたのは、フェアリーの元気そうな声だった。

「帰りが遅いので心配しましたよ」

「あぁ、ごめん、ちょっと帰りにデパートに寄っててさ」

 靴を脱ぎ、慣れた手つきで制服を脱ぐとリビングへと向かう。

「あ、蓮人」

「ああ、ピジーただいま」

「…………」

 ピジーに声をかけると、そっぽを向かれ無視されてしまった。

「……はぁ」

 小さくため息をつくと、冷蔵庫へと向かいペットボトルのお茶を取り出し一口。

 そのついでに買ってきた食材等を冷蔵庫の中へ入れていく。

「あの、蓮人さん?一つ聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「うん?どうしたの?」

 いつものフェアリーとは違い、少し気が引けたような声でそう言ってくる。

「あの……リリーさんって、変身……しました?」

 そう言われ、すぐに首を縦に動かした。

「変身したよ」

「……あぁ、そう、ですか」

 何かを悟ったような、そんな表情が彼女に映る。

 そしてそれ以外何も喋らないまま、後ろを向きゆっくりとリビングを出て行ってしまった。

「……なんだ?変なこと言ったか?」

 後頭部をかきむしりながら、なんとなしにピジーに目をやると。

「…………?」

 目が合った。

「……なに?」

 重く低い声で、一言。

「あ、ああ、何でもない」

 すぐに視線を外し、もう一口お茶を飲む。

「あんた、リリーを変身させたの?」

 と、足音もなく蓮人の背後にやってきたピジー。

「……っ!?……させたというか、なんというか」

 背後にピジーがいるのを見てびっくりする蓮人。

「まったく……余計なこと、してくれたね」

「えっ?よ、余計なこと?」

「ええ」

 ピジーの言っていることが全くもって分からない。

 ジリジリとピジーが蓮人に詰め寄ってくる。

「あの子、ブロッサムの力を授かってから日にちが経っていないにも関わらずもう変身した」

「そ、それが良くないのか?」

「当たり前でしょ。まだ何も分からない彼女を変身させた……大量の魔力が体中に流れ込んで最悪の場合死ぬかもしれなかったんだよ?」

 ついに蓮人を壁まで追いやり、ピジーは蓮人の胸に人差し指を付きつけた。

「そ、そうだったのか……でも、リリーは生きてるよ!」

「そのようだね。だけど、もしかしたらそのうち……なんてこと、あり得るから。訓練を積んでいない彼女を、あまり変身させないで」

「……わ、分かった」

「……ふんっ」

 軽く睨むような目つきで数秒。その後、小さくため息をつき再びソファへと着いた。

「……変身させるな、か」

 その場に座り込み、ピジーの言ったことを頭の中で整理する。


「……リリーが変身したってことは、もう<ベスティア>が——っ」

 

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る