第17話 ツイン・リリー

 ——これは、現実か。それとも、夢か。


「…………」

 ごくり、と生唾を飲み込む。

「嘘だ……こんなの」

 嫌な汗が、顔を伝っていく感触があった。

「こ、これが……妖精が言っていた、ヤツなの?」

 隣にいたリリーも同様に、恐怖で顔を引きつらせていた。

 二人の前には、黒い怪物——通称、<ベスティア>がこれでもかというほどに鋭い歯をむき出しにしていた。

「……に、逃げないと」

 そう口では言うものの、恐怖のあまり足が動かない。

「——っ!」

 <ベスティア>が、前足を一歩出すのと同時に、蓮人は恐怖に耐えきれなくなったのか尻餅をついてしまった。

「れ、蓮人くん……っ!」

 と、そこで。リリーは何を思ったのか、とっさに蓮人の前に立ちはだかる。

「や、やめて!蓮人くんに、怪我を負わせないで!」

 ジリジリ……と、<ベスティア>がこちらに迫ってくる。

「り、リリー……どうして」

 両手を広げ、必死に蓮人をかばうリリー。

「お前だけでも逃げろって!いくら妖精から力を貰ったといっても、本当に使えるか分かんねぇだろ!?」

「……使えるよ」

「えっ?」

「使えるって信じなきゃ、ダメでしょ?」

 ポケットから取り出しのは、色とりどりの小さな石だった。

 それは、妖精からもらった『花の結晶』——魔力に対抗するため、適性のある人が持てる石。それを使えば、ブロッサムへと変身し、<ベスティア>と対等に戦うことができるもの。

 彼女は——魔法少女、『ブロッサム』だ。


「……っ、<殺壊呪ブレイクカース>……っ!」

 リリーがバッ!と右手を上げたかと思うと、それを真下に振り下ろした。

 その瞬間——リリーは、見たことのない服装に変わっていた。

「蓮人くん……下がってて」

 真っ黒いドレスのようなものを着たリリーは、蓮人にそう言い残すと<ベスティア>にゆっくりと近づいていく。

「リリー……っ」

 蓮人は素早く立ち上がると、目にもとまらぬ速さで奥へと走り去っていった。


「蓮人くんに、手出しはさせない……っ」

 <ベスティア> 対 ツインリリー。

「……倒す」

 小さくそう呟くと、どこから出したのか分からないが、右手に真っ黒い杖を持ち、先端を<ベスティア>へと向ける。

「……っ!?」

 その瞬間、<ベスティア>がこちらに向かって走り出した。

 ——眩しすぎる光を出しながら大きな爆発音と共に、光球が<ベスティア>めがけて発射される。

 <ベスティア>に着弾と同時に、衝撃波がツインリリーを襲う。

「…………」

 数秒後、目を開けると、そこにいた<ベスティア>は、黒い塊を残していた。

 ツインリリーは無言のまま、その塊に歩いていく。

「……消失ロスト

 気が付くと、もうそれは消えて無くなっていた。

「これが、ブロッサム……」

 すさまじいほどの力を持つブロッサム。

 <ベスティア>が、あの光球一発で灰になるほどの威力を持つ。

 だが、使い方を間違えれば——一般人も、この威力に巻き込んでしまう恐れがあった。

 恐ろしいほどに強く、恐ろしいほどに怖い。

 そんな存在に、自分はなってしまったのだ。

「……でも、それで他の人を守れるのなら」

 ツインリリーの目的は——そんな怪物から、他の人を守ることだった。


 




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