第16話 ブラックモンスター

 午後四時ごろ。少しずつ日が傾き始め、蓮人とリリーはいつもの帰り道を進むことはなく、また違う道を進んでいた。

 進むこと数分。見えてきたのは、商店街の先にあるショッピングモールだった。

「ええと、買うものは……」

 あらかじめスマホにメモしておいたメモアプリを起動させる。

「わー、すごいおっきいんだね」

「まあ、この辺じゃかなり大きいモールだから」

 建物の大きさに圧倒されるリリー。

「じゃあ、まずは野菜とか売ってる場所に行くぞ」

「あ、うん」

 蓮人はリリーの手を引き、野菜などが売っている場所へと移動した。


——————


「ふわぁぁ……あれ、もう四時?」

 フェアリーは、日暮家のリビングで寝ていたらしい。

 周囲を見回してみると、カラカラとした音が耳に響く。

「……?」

 その音がする方向へ視線をやると、そこにはグラスに氷を入れ、何かの飲み物を入れおいしそうに飲んでいるピジーの姿が。

「ぴ、ピジー?」

「——ッ!?ごほ、ごほっ……!あ、あんた、もう起きたの?」

「え、う、うん。ピジーは何してるの?」

「見たらわかるでしょ。ジュース飲んでんの」

 ピジーは素早くそれを飲み干すと、スタスタとこちらにやってきた。

「ねぇ、ご飯食べてたときの件、だけど」

「えっ?」

「なんか、怪物がなんとかって焦ってたけど」

「あ、ああうん。だって……窓の外を見てたら、黒い怪物がこっちを見てて、目が合ったと思ったら一瞬にして走り去っていって……」

「つまり、この世界にも<ベスティア>がやってきた、と」

「そうだね……」

 これで確証はついた。『人間界』にも、<ベスティア>はいる。

「…………」

 無言で窓の外を見つめるフェアリー。

黒い怪物——<ベスティア>がこのまま辺りをうろついていると考えると……蓮人たちの命が危ない。

「……でも、リリーさんがブロッサムとして戦えば……」

 フェアリー、ピジーがリリーに授けた花の結晶——それを使えば、<ベスティア>を倒す存在、ブロッサムとして戦うことができる。

 彼女らの唯一の希望が、リリー・グレイだった。

「そんなに心配なのは分かってる。今は、蓮人の帰りを待つしかない」

「……うん」

 ピジーの言うことに、フェアリーは小さく頷き細く息を吐いた。


——————


 ほとんどの買い物は終了した。

 あとは帰るだけ、といったところだろうか。

「あ、蓮人くんあれ食べたい」

 帰り際、近くにあったフードコートにて、何かの看板を指さしたリリー。

「クレープ……」

 一つ680円。これが高いのか安いのかは分からないが、リリーは目をキラキラと輝かせながら蓮人を見る。

 自分の財布の中を見ると、ギリギリ買える金額はあった。

「……分かったよ。何食べる?」

「んーじゃあ、チョコバナナ」

「はいよ」

 680円を出し、チョコバナナのクレープを頼む。

 目の前でクレープの生地が焼かれていく。いつも思うが、あんな薄い生地を破れずに提供するのってかなりの技術がいるのではと思う。

 キレイに焼き目が入った生地に、バナナとチョコソース、ホイップを乗せクルクルと巻き、紙の入れ物に入れて提供。

 5分ほどで出来上がった印象だった。

「はい、どうぞ」

「わぁ、ありがと」

 近くのテーブルに座っていたリリーに、チョコバナナを渡し自分も席に着く。

「ん、美味しいっ」

 今まで、彼女の可愛らしい顔を見たことがあっただろうか。しかも、口にクリーム付きで。

 まだ数日しか経っていないからなんとも言えないが、恐らくこれ以上の可愛らしい表情はお目にかかることはできない瞬間だった。

「蓮人くんも食べる?」

「えっ?」

「ほらほら~、美味しいよー?」

「い、いや、それはリリーの——むぐっ!?」

「あははー、どうかな?」

「……っ」

 急にクレープを口に入れられた。

 クリームの甘味、バナナのねっとりとした食感、チョコソースの旨味、生地のもちもち感……そして、リリーに食べさせてもらった幸福感。

 一言で言えば、最高だった。

「あれれ、蓮人くん?おーい……」

 一人、フードコート内で優越感に浸っていた。

「——はっ!?」

「あ、やっと気がついた。……ごちそうさまー」

 リリーはクレープを食べ終えたのか、最後に残った紙の入れ物をゴミ箱へ捨てに行った。

「……クレープ」

 さっきまでの感覚が、なぜか残っていた。いや、忘れてはいけないような感じがあった。

「じゃあ帰ろうよ」

「あ、うん」

 後ろから声がかかり、蓮人は一度伸びをしてから立ち上がった。

 その瞬間。


「あ……?」

 一瞬、この建物が揺れたような気がする。

 周りを見てみるが、別に目を引くものは無かった。

 気のせいだと思い、その場を立ち去ろうと一歩足を出すと。

「うおっ!?」

 大きな破裂音と共に、またぐわんと建物が揺れた。

 その証拠に、蓮人は床に尻餅をついていた。

「な、なんだマジで……っ」

「大丈夫蓮人くん!?」

 リリーがそう言うのとほぼ同時に、またぐわんっ、と建物が揺れた。

 そして、二度、三度……と、大きな破裂音が建物内に響き渡る。

 これは地震じゃない、と蓮人は確信した。

「きゃっ——!?」

「リリー!」

 何とか柱に掴まって立っていたリリーも、そろそろ限界が来た。四度目の大きな揺れによって、リリーは後方へと吹き飛ばされてしまう。

 この建物内にいる人たちも、いろんな所へ吹き飛ばされていっていた。

「マズいぞ……リリー!大丈夫か!?」

 後方を見ると、壁に打ち付けられたリリーが目に入った。

 蓮人は急いでリリーの所へ駆け寄り、意識があるかどうかを確かめる。

「だ、大丈夫だよ。……とにかく、ここから出ないと」

「ああ、分かってる。歩けるか?」

「ん……何とか」

「よし……揺れが無いうちに、出るぞ」

 手のひらが、じっとりと湿る。手だけではなく、顔からも嫌な汗が噴き出ている。

 そんなことを気にしている暇はなく、とにかくリリーの手を掴み、ここから一番近い出口へと急ぐ。


 ——と、そこで。

「うわっ!?」

 五度目の破裂音と共に、蓮人たちが出ようと思っていた出入り口が、何者かによって破壊される。

 ゆっくりと目を開けると——そこには、今まで一瞬しか見たことがなかったアイツが。



「……<ベスティア>……」




 

 



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