30までに彼氏彼女がいなかったら付き合おうね

 何これ! 何これ! 何これ!!!!


 私、葵美鶴は、通学路を自転車で爆走していた。


 発端は、一通のライン。寝おき一発で目が覚めたライン。


『昨日の彼と付き合うことになったよ』


 一行のぶっきらぼうな文章に、筆舌しがたい焦りを覚え、学校へと急ぐ。


 一刻も早く、高良に聞き出さなければならない。


 確かに、夏乃さんが高良に惚れるような兆候はあった。でもだからって、展開が早すぎる。


 何がどうしてこうなった!?


「あのおねーちゃん。ままちゃりなのにへいたんのみちでダンシングしてる〜」


「こら見ちゃいけません」


 そんな声を無視して、風を切って、飛ばし続ける。


 通学路の途中、夏乃さんを見つけて、目の前でドリフトをかます。


「危ないなぁ。一体、どうしたんだ?」


「どうしたんだ、じゃないですよ!? どういうことですか!?」


「どういうこと? 私は常に理解可能なことしか言わないが」


「そんなことないです! ってか、そんなことどうでもいいです! これ! なんですか!?」


 私はスマホを取り出して、御老公のように画面をつきつける。


「これは、私が送ったメッセージじゃないか。それがどうした?」


「これ! なんです!?」


「そのままだが?」


「何で高良と付き合うことになってるんですか!?」


「告白したからだが?」


「人の彼氏! 友達の彼氏に告白したぁ!?」


 私が詰め寄ると、夏乃さんは呆れたようにため息をついた。


「君の彼氏じゃないだろ?」


「え」


 当然のように言うので、声がつまった。


 さっきまでの私の勢いがみるみる失われる。


 無言の時間が続いて、夏乃さんは、やれやれ、と肩をすくめた。


「何を驚いている? 逆に問うが、あの粗雑なバカップルの振りで、騙し通せると思ったのか?」


 昨日のことが思い返される。


 よくよく考えれば、そらそやわ。


 ただ、まだ鎌をかけられている可能性もあるので、容易には認めないでおく。


「最後に好き、と言い合っていた時には、『やはり、バカップルなのか?』と思ったが、あの問いに答えられなかった時点で、私は確信したよ」


「あの問いって、何度も好きと言い合うけど、それに意味があるのか、ってやつですよね。どうしてそれに答えられなかっただけで、確信したんですか?」


「実際にしているんだから、答えられるに決まってるだろ。もしわからなくても、わからない、と答えたらいい。なのに、美鶴、君は答えられなかった。それは、自分達がバカップルじゃないから、バカップルがそうする理由を考えたからなんだよ」


 うっ、この人。変に鋭い。


「ま、そういうわけで、遠慮なく告白した。君は一方的に彼を想っているようだから、付き合うことになったので一応、義理を通すために連絡をいれたわけだよ」


 色々と悔しい、が、今はどうでもいい。問題は、それが真実かどうかということだ。


「高良は本当に夏乃さんの告白を受けたんですか?」


「いや、断られたよ。夏乃先生とはまだ出会ったばかりで考えられません、って」


「へ?」


「でも付き合うことにはなった」


「はあ?」


 何だこの人? 振られて頭がおかしくなったのか?


「言質もある。聞いてくれ」


 今度は夏乃さんがスマホを取り出す。そして操作して、音声を流した。


『単刀直入に言う、私と付き合ってくれ』


『えっと……まじのやつですか?」


『ああ大マジだよ。私のような人間とまともに接せる男は希少、どころか君一人だ。そういうわけで、人類として子孫を残す義務を果たすには、君を逃すわけにはいかないのだよ』


『はあ』


『で、どうだ? 付き合ってくれるか?』


『……ごめんなさい。夏乃先生とはまだ出会ったばかりで考えられません』


『ふむ、そうか。なら仕方がないな』


『お気持ちは凄く嬉しかったです』


『はは! 気にするな! でもそうだな、私たちが30になるまで恋人がいなければ、付き合うことにしよう!』


『……そうですね! そのときはよろしくお願いします!』


『ああ任せたまえ』


 そこで音声が切れた。


「まあそういう経緯があって、付き合うことになったわけだ」


「……くくっ、ふふふ、あはははは!」


 私は笑い堪えることができなかった。


 よかったぁ! くそしょうもない話で! 


 夏乃さんには申し訳ないが、高良は30歳で5児の父、私が購入したマンション経営者になっている予定だから、そんな未来はやってこない。


「何を笑っているのかわからないが、もうすぐ付き合うことになるとは言っておく」


「もうすぐ? 何言ってるんですか? まだまだですよ」


「いや、今日は25日。30までは、あと5日だからもうすぐだろう」


 は?


「いやいやいやいや! 30になって恋人がいなかったら付き合おうね……って30歳になったらっていう定番のやつでしょ?」


「私は30としか言ってないぞ」


「んな!? そうだけど、そうだけど、そうだけど!! このパターンで日付なんてことある!?」


「あるんだからあるんだ。それに、彼と私では年齢が違う。なのに、私たちが30歳になったら、なんて変じゃないか」


「あんな爽やかな良い女感出してたくせに!! 詐欺で捕まれ! この児童ポルノ!!」


「まあ言いたいように言えば良い、この妄想恋人押し付けバカ地雷」


 ぱちぱちと視線がぶつかって火花が散る。


「こんな音声、言質になりませんから。誤解です、と高良が言って終わりですから」


「私がただの一般人ならな。だが私はフォロワー15万の大作家、情報拡散能力を持っていて、同情を買うことなど容易いのだよ」


「最低!! 脅す気ですか!?」


「最悪の最悪の最悪の最終手段として、そういう方法もあるというだけだ」


 くぅぅ。なんてことだ。どうにか言って、考え直させないと。


「別に高良じゃなくてもよくないですか!」


「いや、私には彼しかいない。逆に言うが、君こそ彼以外でいいじゃないか」


「ダメです!」


「ほう、なぜだ?」


「高良が好きだからです」


「ふむ。だからそれに何の意味があるんだ?」


「それは……」


「冷静に整理しよう。私には彼しかいない。だが美鶴はどうだ、性格が良く、料理や家事、容姿、あらゆることに秀で、収入も多い。引く手数多なのではないか?」


「うっ、そりゃそうですけど……」


 言葉に詰まる。性格はともかく、その他のことは夏乃さんの言葉通りだ。実際に、告白された回数も少なくはない。


 確かに私は、恋人を作るというだけなら、高良以外でも可能だろう。でも、だけど。


「無理です。高良以外となんて考えられません」


 私がまっすぐ目を見つめると、夏乃さんは、そうか、と息をついた。


「なら美鶴、君はあと5日で彼と恋人になるしかないな」


 夏乃さんは腕時計を見た。


「時間だ。これ以上引き止めると、美鶴が遅刻してしまう。あとで幾らでも時間をくれてやるから、今は学校へいけ」


 そして夏乃さんは


「最後に一つだけ言っておく。君の『好き』、それは恋人という関係を築く上で、大きな障害になるだろうさ」


 そう言って、私に背を向けた。

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