好きを重ねる
金網の上には、汗をかいているお肉。テーブルの上には、塩キャベツ、スープ、海苔、ビビンバ、トマト、ポテサラ、冷麺etc。30分経って尚、机の上のスペースがないのは『何だ、食べ放題とは! こんなの実質、王の晩餐ではないか!』と夏乃さんが初焼肉に、はしゃいだせいだった。
「動物番組の動物にアテレコするやつ、あれ恥ずかしくて聞けないんだが、わかるか美鶴?」
「あー、それはまぁ何となく。でもあれが面白いとこなんじゃないすか?」
会話しながら、トングで肉を裏返す。
夏乃さんが『一人では絶対これない、チェーンの焼肉店に行きたい』という提案に乗ったはいいものの、こんなに賑やかで、肉の匂いが充満する場所ではイチャイチャしづらい。
ああもう、全く上手くいかない。疲れた、タンの上にネギ塩を乗せるだけの人生を送りたい。
ネガティブな気持ちになりながら、食べ進めていると、肩に心地よい重さがかかった。見ると、目を閉じた高良が頭を預けて来ている。
寝てる。まあそっか。三徹して、あったかいところでご飯食べたら、そりゃ眠くなる。
「うぅ、美鶴。食べ過ぎて気持ち悪い、トイレ行ってくる」
席を立つ夏乃さんを見送ると、私は高良の顔を見た。
可愛い寝顔、甘やかしたくなる。私、本当、高良のことが好きだなあ。
少し体重を高良の方にかけた。甘い感覚を覚える。
そういえば、前もこんなことあったなぁ。
二人乗りで下校した日。夕焼けが広がる河川敷の景色が蘇る。
すっごく綺麗で描かずにはいられなかった光景。高良の目にも私と同じ光景が広がっていたのかなぁって、それはないか。
得体の知れぬ寂しさが心を占める。
「うん? あ、ごめん、美鶴。寝ちゃってた」
高良がゆっくりと体を戻した。
「あのさ、高良。好きだよ」
自然にそんな言葉が出た。
「俺も美鶴のことが好きだよ」
「そっか、ありがとう。でも私は、本当に高良が好き」
「うん? 俺も好きだ……よ」
かくん、とまた高良は頭を預けてくる。
好き、そう言われたはずなのに、舞い上がらない。むしろ、寂しくて切なくなっている。それは、寝ぼけて出た言葉だからなのか、それとも……。
「ふむ」
夏乃さんの声が聞こえて、視線を前に戻す。
「あ、帰って来てたんですか」
「まあな、君たちが、好きだ、と告白しあったところでな」
夏乃さんはもう一度「ふむ」と言った。
「質問いいか、美鶴?」
「はい、何ですか?」
「世にバカップルと呼ばれる者たちは、総じて、好き、と何度も言い合うが、それに意味ってあるのか?」
何だろう、よくわからない。どうして何度も言い合うのだろう。
答えられずにいると、夏乃さんは口を開いた。
「いやなに、この仕事をしているからかしらないけれど、自分が好きであるかどうか、それは最も不要なものだと思うんだ」
夏乃さんは続ける。
「自分の好き嫌いに関わらず、多くの読者に読んでもらうには、読者が多いジャンルやストーリーを書いた方がいい。結婚だって、好き嫌いで判断するより、稼いでいる男を捕まえた方がいい。仕事も、好き嫌いではなく、待遇で選んだ方がいい」
純粋な疑問を孕んだ瞳を向けられる。
「だから、自分の好き、そんな無意味なものを何度も重ね、伝え合う行為に、私は疑問を抱かずにはいられないのだ」
夏乃さんの疑問、それはただ、どうして好きと言い合うか、なんてものじゃない。どうして好きという無意味なものを重ねるのか、それが本質だ。
私は高良への好きを重ねてきた。今日だって、ことあるごとに、好き、そう感じ、重なった。
でもこれに、意味があるのだろうか。好きを重ねたところで、何になるのだろうか。無意味なものが積もり募ったところで、無意味でしかないのではないだろうか。
「ふむ。答えられないか」
夏乃さんはそう言うと、箸に手を伸ばす。
「よし、では食べたら帰るぞ。1名、眠ってしまっているようだしな」
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