たっきゅう
私たちが、最初に選んだのは、卓球。ネットで区切られたコート内で、卓球台向こうに高良、スコアボードの横に夏乃さん、といった配置。私は握られていた手の感触を惜しみつつ、ラケットのグリップを握る。
これ、本当にイチャイチャできるの?
そんな疑問を抱えながら、何故卓球を選んだかと言うと、人が混む時間、空いている競技が卓球だったからだ。
くっ、だからと言って、何もしないわけにはいかない。元は私が播いた種。高良に考えてもらうのは気が引ける。
考えろ、この場でできるイチャイチャを考えろ。
『え〜い』、『やったなぁ』、『きゃっきゃっ』、『うふふ』みたいな感じ?
どうしよう、私の発想が貧困すぎる。こんなバカが考えるやりとりくらいしか、まともなイチャイチャが思いつかない。そして馬鹿が考えるイチャイチャは恥ずかしくてしたくない。
でも、何もやらないわけにはいかない。勇気を出せ! みつにゃん!
「え、え〜い」
そう甘ったるい声を出して、ゆるいサーブを打つ。こんこん、とボールが跳ねて、高良に手で止められる。そして何事もなかったかのように高良は話し出した。
「普通にやるのも、あれだよね」
「ああそうだな。そんなもの、小説に書けるか……って、どうした、美鶴? 顔を赤くしてぷるぷるして」
はずかし! はずかし! はずかし!
私の勇気を出したトライが完全にスルーされた!!
「じゃあ、山手線ゲーム風卓球にでもします?」
「ほう、面白い。実に高校生らしい発想だ。美鶴、できるか?」
「うううう……って、え、あ、はい」
反射で返事してしまって、何するか聞き逃した。ま、まずい。
「じゃあ、美鶴いくよ。お互いの好きなところ。可愛い」
「ふえっ」
動揺して、台の上を大きく跳ねた緩い玉を盛大にから振った。
高良が、今、私をかわ、かわ、かわ、可愛いって!?
うへへぇ……って、デレちゃだめ、デレちゃだめ! ただ可愛いって言われただけでデレてちゃ、バカップルじゃないことがバレちゃうし、恥ずかしい!
落ち着け私、大丈夫。今はいきなりのことで、取り乱しただけ。やることはわかった。
出されたお題に対して、回答しながら卓球をする。ミスをするか、言えなくなれば負け、というシンプルで楽しいゲームだ。なるほど、これなら距離が離れていても、お題次第でイチャイチャできる。流石は高良、頭良くてしゅき。
あとは私次第。ちゃんと素面でも照れずにお題に答えればいいだけだ。
「じゃあもう一回、お互いの好きなところ。料理が上手」
かんかん、とボールが跳ねる。
「小学生の時に、いじめっ子たちにからかわれていた私の絵を好きだって言ってくれて、王子様みたいに救ってくれて、今イラストレーターとして頑張れてる私を作ってくれたところ」
「絵が上手」
「それだけじゃなくて当時引っ込み思案だった私が塾で一人だった時、一緒にいてくれて、いろいろ面倒を見てくれて、甘やかしてくれて、今尚忘れることができないくらいに優しく接してくれたところ」
「話していて楽しい」
「昔だけじゃなくて今もかっこよくて、フィルターかもしれないけれど顔が好きだし、落ち着いた雰囲気は一緒にいてて心地いいし、そもそも声が好きだし、気遣い上手だし、ひっくるめて人間がいいところ」
「待ってくれ」
夏乃さんがそう言って、高良は球を止めた。
「待て美鶴、思ってたのと違う。それに、めっちゃ早口で聞き取れない」
「ああ、それじゃあ、ちゃんとお題に答えられてるかわかりづらいですもんね」
「そういうことじゃないんだが……ってまあいい。今度は私がお題を出していいか?」
夏乃さんの提案に、私と高良は「はい」と答えた。
「そうか、ありがとう。では、お互いが相手に好きだと思ってもらえているところにしよう、さっきの好きなところでは言わていないやつだ。あと美鶴は、できるだけ簡潔に答えてくれ」
つまり、私が高良に好かれているところを答えろっていう話だ。
……そんなものあるのだろうか。
料理をしたり、甘やかそうとしているのも、自己満足でしかない。高良に望まれてしてることなんて、一つもない。むしろ、いつも好意を押し掛けるような真似している私を、重く疎ましく思うことさえすれ、好きに思うことなんてないのではないだろうか。
こん、こん。気づけば、私のコートにボールがとんできていて、答えられないまま反射的にスイングする。大幅に振り遅れ、ボールは、スコアボードのところにいる夏乃さんめがけて飛んでいく。
まずい。
そう思った時、高良が台に乗っかる感じで前へ飛び、ぶつかりかけたボールを夏乃さんの顔の前で掴んだ。
「ご、ごめん! 高良! 夏乃さん! 大丈夫!?」
「大丈夫ですか、夏乃先生?」
「あ、ああ、少し驚いたけど、君のおかげで助かったよ」
良かった、と爽やかに笑う高良と、少し顔が赤い夏乃さん。二人の間には、どこか甘い空気が流れている。
あれ? 何かいい感じでは?
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