赤くないですけど!! 手繋ぎくらい慣れすぎて、反対色の青緑ですけど!!
箱型の大きな建物、ボーリングのピンのモニュメント。夏乃さんに連れられてきたのは、大型アミューズメント施設、ラウンド2だった。
店内に入ると、受付前の列が1番に目がいく。いい時間だからか人が多い。大学生や、同年代くらいの子たちの声で館内は騒がしかった。
「夏乃先生が、こんなところを選ぶなんて意外ですね。人生が楽しそうな人たちが好むところは好かん、とか言ってそうなのに」
「君が私をどういう人間と思ってるかわかったよ。だが、悔しいけどその通りだ。作中に出そうと思わなければ絶対に来ていない」
「ですよね〜。というか、俺たちはここで何したらいいんですか?」
「君らは、高校生の男女が群がるすぽっちゃで遊んでくれればいい、競技は任せる。だが、主人公の見せ場が欲しいから、一つは君の得意なものをしてほしい。どうだ、何かあるか?」
「ええ……。ぶっちゃけないですけど、あえて言うなら、先日球技大会で優勝したサッカーですかね?」
「サッカーだと? ふん、君はどこサポだ?」
「え〜、海外だと、ばいやりゅん、とか、ぱりさんじぇるうーまん、かなぁ」
「なにぃ!? 貴様! clしか追わないくせに、サポだと公言するタイプの屑か!?」
「いや、ばいやりゅんサポとぱりサポの風評被害はやめてください。それに仮にそうでも良いじゃないですか。応援できるチームがあるってことだけで、いいことだと思いますよ」
スポッチャの受付の列に並び、高良と夏乃さんの会話に加わらず、私はただ考えを巡らせていた。
1.衆人環境の中、素面でイチャイチャするのが恥ずかしい。
2.そもそもイチャイチャすること自体が素面では恥ずかしくてできない。
3.素面の状態で、高良にイチャイチャこられると、ドキドキしすぎて心臓に悪い。
これらの問題を抱えながらも、取り乱すことは許されない。夏乃さんに、ちゃんとイチャイチャしている姿を見せなければならないからだ。
そのためにできることは、想定すること。野球で相手の球種を知っておくのと同じ。先に心構えをしていれば、あらゆる展開に対応できるはず。
夏乃さんが選んだ舞台はスポッチャ。ここでのイチャイチャパターンは限られている。まず、距離の離れた競技ではスキンシップができないのでダメ、恐らく高良は近い距離で行う競技を選ぶだろう。そしてそうなれば、パターゴルフ、ダーツ、ビリヤードで、こうするんだよ、と体を触られながらフォームを教えてもらう展開が予測される。
……顔が暑い。想像しただけで、触れられる予定の箇所も熱くなってきた。だが、想定できたことにより、実際にその展開になっても、何とか演じることができそうだ。
よし、この調子でって、て、て、手!?!?!?!
「っ?!?!」
突然高良に手を握られて、叫びそうになるが何とか堪える。目を見開いた私を見てか、高良はしーっと指を口に当てた。
「ほら、夏乃先生が受付してる間に、手でも繋いどかないと、バカップルじゃないってバレるよ」
小声で送られた言葉に、コクコク、と頷いて前を見る。気づけば、夏乃さんが受付であわあわしていたけれど、そんなことは全く気にならない。
心臓がばくばくうるさいし、手が包まれて、あったかくて、そこから幸せな感覚がそわそわ上ってきてふわふわする。
ああでも、浮かればかりじゃいられない。ど、どうしよう。手汗とか気になっちゃう。手とか冷たくないかな、あれ、手が冷たいと心があったかいんだっけ? 冷たい方がいいのかなぁ!? あわわわわ!?
「なんだ、美鶴、そんな顔を赤くして」
受付を終えた夏乃さんに、必死で否定する。
「赤くないですけど!! 手繋ぎくらい慣れすぎて、反対色の青緑ですけど!!」
「いや、それは心配になるんだが……というか、手を繋いだだけで赤くなるものなのか? 君たちはバカップルなのだろう?」
疑惑の目を向けられて、私は、うっ、と詰まったが、高良は軽く笑った。
「バカップルだからこそですよ。好きだから、手を繋ぐだけでも照れるんです」
「う〜ん、そういうものか。だが、ほらみてみろ、あそこの子供を」
夏乃さんが指を差した先には、小学生くらいの男の子と女の子。二人は、一緒に手をつないで、フロアを走り回っていた。手を繋ぐことなんて、普通なんだ、っていう風に。
敗北感。圧倒的敗北感。あんな小さな子たちですら、手を繋いでも照れないというのに、どうだ私は。ただ手を繋いだだけで、てんやわんやになってしまうなんて、恋愛最弱ナマコじゃないか。あ、でもお陰で、冷静さが戻って来た。何だか、悲しい。
「それに、その繋ぎ方、恋人繋ぎじゃないじゃないか。なぁ君たち、本当にバカップルなのか?」
夏乃さんのばか!! 折角落ち着いたところなのに!!
「当たり前ですよ。お望みなら、別にできますし。美鶴、いい?」
「ちょ、ちょっと待ってくれるかなぁ?」
高良が手を離したので、スカートで手汗を拭う。
お、落ち着け。ただ繋ぎ方が変わるだけだ。さっきと、なんら変わりない。
よし、いこう。
「い、いいよ。高良」
そう言って、手を差し出すと、高良の手が重ねられ、指と指の間に指が差し込まれる。にぎにぎされて、指が手の甲を滑って、密着して、絡まって、しとっとした甘い快感が走る。
う、ううううううううううう!! だめだこれ!!
「ふむ。簡単にしたところをみるに、どうやら本当にバカップルらしいな。よし、じゃあ、行くぞ」
夏乃さんが背を向けた。
バカップルの振りがバレなかったのは良かったけれど、ほっとするどころか、心臓の鼓動は早まるばかりだった。
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