定番かよ〜
繁華街側、目的の駅前はそれなりに混んでいる。時刻は5時半、課外活動がない高校生たちや、遊び呆ける大学生にとってのゴールデンタイムだ。
行き交う人たちには目もくれず、スマートフォンを眺める。映っているのは、高良からのライン。
『今着いた。東口でよかったよね?』
私は、うん、の二文字を震える手で打ち込んだ。
待ち合わせは45分。少しでも長く現実逃避がしたくて、高良とも駅前での待ち合わせにしたわけだけど、もうすぐそんな時間は終わってしまう。
覚悟を決めなきゃなんない……って、そもそも私は何に危機感を覚えているんだ? もしかして、よく考えれば、そんなに大変な状況ではないのでは?
問題を脳内で箇条書きにする。
1.衆人環境の中、素面でイチャイチャするのが恥ずかしい。
2.そもそもイチャイチャすること自体が素面では恥ずかしくてできない。
3.素面の状態で、高良にイチャイチャこられると、ドキドキしすぎて心臓に悪い。
おおまかに、この3つ……3つ!? 3つもあるの!?
どうしよう、『マジカル☆フラッシュ☆彡』したつけが回ってきた。今から、対策を考えていては、間に合わない。でも、考えないわけにはいかない。
どうすれば、どうすれば……。
「よっ、美鶴」
「ひゃい!?」
いきなり肩を叩かれて、高い声が出た。そんな私を見て、高良は爽やかに笑った。
「どしたん? 変な声出して」
「い、いきなりだったから」
「いきなりじゃない、声の掛け方って何さ。じわじわ掛けたら変じゃない?」
「それはそうかも」
いつものような遣り取り。だけど、これからイチャつくんだと思うと、照れてまともに喋れないし、目も合わせらんない。
「美鶴、これからイチャつくわけだよね?」
「は、はい」
ダメだ、もう胸がどっきどき。ただ不安の中でも、嬉しく思ってしまう自分がいて、もう感情がぐっちゃぐちゃだ。
そんな私を高良はたいして気にすることはなく「何でかしこまった? ま、いいけど」と話を続ける。
「俺さ、今までイチャついたことがないから、フリだってバレないように色々調べてきたんだ」
「う、うん」
「で、まず怪しまれないためには呼び方だと思うんだよ」
「よ、呼び方?」
「そう。バカップルと呼ばれる人たちはさ、なんかあだ名的なものをつけるじゃん。だから、俺たちもいつもの呼び方じゃない方が、バカップル感を出せると思うんだ」
バカップル感を出すために頭を悩ませる。なんて、脳の無駄遣いなんだろう……って、いやいやいや! 本来そうあるべき! むしろ、こっちが頼んだのだから、私こそが考えなきゃなんない! 冷静な葵美鶴よ、頼むから引っ込んで!! そして、お花畑の葵美鶴よ、頼むから考えて!!
「え、と、えと、その、あの……え〜、うん。たかにゃん、とか?」
「じゃあ、みつにゃん」
……………………………………。
「たーかにゃん♪」
「みつにゃんは、かわいいなぁ」
「にゃん♪ にゃん♪」
「よーしよしよし」
「えへへ、ごろにゃぁ♡」
「何してるんですか?」
冷静な声をかけられ、冷や水を浴びせられたような思いをし、我に返る。
声の方を向くと、私よりも身長の低い女の子。ベージュ色のマッシュヘアーに、くりくりした大きな目と小さな顔の対比が特徴的な、アニメから出てきたような女の子、友達の作家先生が冷たい眼差しを向けてきていた。
顔に熱が上っていくのがわかる。
ううううううううう!! はずい、はずい、はずい、はずい、はずい、はずい、はずい!!
やっちゃった! みつにゃんって呼ばれたことが嬉しすぎて、でろでろに溶けちゃった! そしてそんなところを、友達に見られた!
「もしかして、美鶴の友達の作家さんですか?」
高良がそう言ったことで、再び我に返る。
ああ! ちゃんと紹介しないといけないのに、高良に言わせちゃった! 取り乱すな! 人としての最低限は守れ! 頑張るんだ、葵みつにゃん!
「そ、そう! この人が
「へえ、可愛いペンネームですね」
高良がそう言うと、夏乃さんはぶすっとした。
「そんな、センスがないくせに、センスがあると自分で思ってそうなやつがつける名前を、誰がペンネームにするか」
「いや、偏見すごいな。別にセンスがあると思ってそういうペンネームにしないと思いますけど。というか、ご両親が泣いて悲しむようなこと言わないでよ」
「ちなみに、私のペンネームは西国院御影だ」
「それはそれで、どうなんでしょう」
「何か、私のペンネームに言いたいことがあるのか?」
「いや、まっこと雅じゃ、そう思っただけだよ」
さ、さすが、夏乃さんだ。私しか友達がいないという、ぼっちの風格がすごい。てか、このやりとりで険悪な空気にはなっていない、三徹高良のコミュ力もすごい。というか、ラブでないドキドキを私に与えないで欲しい、パンクしてしまう。
「さっきから、君。礼儀って言うものがなってないんじゃないか、私は成人している大人だぞ」
「ちっちゃいのに、大人って、定番かよ〜」
「定番かよ〜、じゃない! おい、美鶴!」
「な、何すか?」
急に矢印が向けられてどもった。
「ラブコメはな! 冴えなくて平凡な主人公に自己投影して読むんだ!」
「は、はあ」
「なのに、こんなおちゃらけた奴をモチーフに書いたら、読者が感情移入できないだろ! 読者は、主人公の奇行や、主人公の負の側面を、まっっっっっっっったく、求めてないんだよ!!」
「そうですか」
という他にない。
「って、西国院御影……え、あの西国院御影先生ですか!?」
高良がそう言うと、ほう、夏乃さんが呟いた。
「君、私を知っているのか?」
「そりゃもう! 本格SFライトノベル『バックトゥジフューチャリングコスモ』の原作者さんですよね!?」
「ちがうわ! なんだ、その頭の悪そうな物語は!! 私は本格ホラーライトノベル『たまに人がいない』の作者だ!」
ぷんすか怒っている割に、嫌な感じは出していない。
はたから見れば、だるがらみ以外の何ものでもないけど、まあ、身内のノリなんて基本的にそういうものだし、短期間で打ち解けたと見ていいかな。
「へえ。でも、ホラーを書く人がどうしてラブコメを?」
「なんだ美鶴、言ってなかったのか?」
たしかに言ってない。でもそれは、夏乃さんのために意図的に言ってないのだ。つまりは優しさだ。
「言ってないし、言わない方がいいと思います」
「いや、美鶴。こんなやつでも、私のために時間を割いてくれたのだ。彼には知る権利がある」
夏乃さんが、そう言うと、高良は頭を下げた。
「すみません、夏乃先生。俺、先生が人格者だって知らなくて、失礼な口を聞いてしまいました」
「ふっ、この話を聞いて尚、君は私を人格者と言えるかな?」
夏乃さんは薄く笑い、語り始めた。
「あれは、出版社の新人賞受賞パーティーでのことだ。私は受賞者がどんな人か知るために、まえもって受賞作を読んでいたわけだよ。それで、読んで思ったんだ、『このラブコメ、ギャグが寒すぎる』と。だから私は受賞者に話題を振ったんだ、『バラエティとか見たことないですよね?』ってね。それから、私がどうしてそう思ったのか尋ねられ、ありのままを話したところ、なぜかキレられ、『恋愛経験もなさそうな人がラブコメを語らないでください!』という言葉にキレた私が『できらぁ! 百戦錬磨の恋愛マスターじゃこちとら!!』と言ったんだ。そしたら、近くにいた担当編集が、『西国院先生のラブコメ売れそうですね』と乗り気になって、書くことになり、今に至るというわけだ」
何度聞いても、器の小さなお話だなぁ。
「はあ。『ふっ、この話を聞いて尚、君は私を人格者と言えるかな?』って前振りで、本当に言えなくなるパターン、あるんですね」
「どうだ、軽蔑したか?」
「いえ、面白いんで、いいと思います」
高良は器が大きいなぁ、しゅき。
「なんだ、君。意外に見所があるじゃないか。主人公のモチーフにしてやってもいい気がしてきた」
「ちょろいの上位互換って何なんですかね?」
「? よくわからないことをいう。まあいい、早速いくぞ、デートプランは用意してきた。君たちはそこで、存分にイチャついて見せてくれ」
そう言って、背中を向けて歩き出す夏乃さん。高良がそれをただ見守っていたので、私もその場にとどまる。すると、しばらくたって、気付いた夏乃さんが、慌てて走って戻ってきた。
「何でこないんだ!? 行くぞ!!」
ぷんぷんする夏乃さんの背中を二人でゆっくり追いかける。
こうして、バカップルの振りデートは、幕を開けたのだった。
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