やばい

「うん、じゃあ明日、駅前で!」


「……わかった」


 作家の夏乃さんとの電話が切れると、あくびが出た。


 ふああ。ついに明日、高良とイチャイチャか。


 午後五時に鳴る鐘のメロディーを聴きながら、私はベッドにごろんと寝転がり、足をばたつかせる。


 あくまで演技。だけど、楽しみで仕方ない。徹夜のテンションも相まってうっきうきだ。


 手くらいは繋いでも許されるかな? カフェに行ったら、あ〜んとかしてもらえるかな? イヤフォンは持っていこう、二人で片っぽずつ着けて音楽聞いちゃったりして。いやもう、そんなレベルじゃなくてバックハグとかしてもらったりして!!


 また足をばたつかせる。


 あーもう! 胸が苦しくてそわそわする!!


 友人の前でいちゃつくって言うのに、全く気にならない。普段なら高良と接するだけで、緊張するっていうのに、そんな感覚は一切ない。


 徹夜のテンション恐るべし、だ。今でこれなのだから、3徹後はどうなっているのだろう。多分、すっごく大胆になってる気がする。


 ああ! 明日が待ち遠しい! 


 あ、でも……三徹明けってことは、目の下に隈ができるかもだよね。化粧で隠し切れるかな。もし隠せなくて、高良にゾンビみたいって言われたらどうしよう。


 ちょっとだけ考える。そしてちょっとだけ寝ることに決める。


 うん、イラストの納期に迫られていた時も、1時間程度の仮眠を取れば、翌日顔に出なかった。今から1時間だけ寝よう。


 私はsiriに6時に起こすように言いつけ、目を閉じた。


 ***


 アラームが鳴る。


 もう一時間か。あっという間だったなぁ。


 音を頼りに眠気まなこでスマートフォンを探す。


 あった。


 枕のそばにあったスマートフォンを手に取って、アラームを止める。


 寝転がったままぐっと伸びをして、しっかりと目を開いた。


 あれ、やけに明るくない?


 窓から差し込む光は、白い。夕方のはずなのに……。


 手に取ったスマートフォンを見る。


 画面に映る時刻は朝6時。


 猫が顔を洗うみたいに、目をごしごし。


 目をごしごし。


 目をごしごし! 


 目をごしごし!!??


「やっっっばい!!!!!!」


 血の気が引く。


 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい!!


 13時間睡眠ぶっかましちゃった!!!


 頭がスッキリしすぎている。冷静な判断ができることに、冷静さを失う。


 ま、ままま待って!? 今日、素面の状態で、高良とイチャつくの!? しかも友達の前で!?


 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい!! あ、あああああああ!!!


 きつい! 死ぬ! マジで無理だって!


 ただでさえ、高良といると照れちゃうのに、素面でイチャつくの!? 恥ずかしくて、顔から火が出るって!


 ど、どんな顔してイチャつけばいいの!? 絶対デレデレしちゃうし、そんな姿、友達に見られたくない! ってか、そもそも、恥ずかしすぎてイチャつくなんて無理だよ!


 やばばばばばばば……そ、そうだ。今から、断れば……ってそれは無理だよね。高良に三徹させておいて、寝ちゃったからまた今度なんて絶対言えないし、夏乃先生のためにもやんなきゃだし。


 ど、どうにかして、脳内をお花畑の状態に戻さないと。


 でも、どうやって?


「ヘイ! siri! 頭の中をお花畑にする方法を教えて!」


『その質問をする時点で頭の中はお花畑でしょう』


「つっかえない!!」


『あなたはもっと脳味噌を使うことを覚えましょう。検索結果、小学2年生の国語を表示します』


 だ、だめなの!? 本当にこのまま、放課後を迎えなきゃいけないの!?

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