【完結】死に戻ったら、前回疎遠だった兄に懐かれました。残念な兄は私を助けてくれているつもりです。

渡辺 花子

卒婚計画失敗

第1話 いわくありげな卒業式

 今日の卒業式を祝うように雲一つない澄んだ青空の下に、濃紺のガウンと帽子の一団が映える。

 ガウンを身にまとい、四角い帽子をかぶった生徒達は、みんな一様に凛々しい表情をしていて頼もしいの一言だ。

 隊列を乱すことなくピシリと並んだ様子は、この三年間の賜物だなと親でなくとも感慨深い。


 その一団の中でも、最前列に並ぶ十人にはガウンに腕章が付いている。

 成績優秀者だけがつけられる緑の腕章で、首席卒業の生徒だけが赤い腕章をつけている。

 その赤い腕章の生徒が、二人。

 今年の首席は、卒業の成績が同率だった。何を取っても優劣つけがたく、教師陣を悩ませた優秀な二人だ。首席が二人という異例の事態とはなったが、これが正しい選択だったと教師達も胸を張っている。


 首席の一人はこのブロイル国の第一王女である、リズベッド・ブロイル。

 もう一人は、この国の国境の要と言われるアッカーベルト辺境伯家の嫡男サートンだ。

 二人と関係の深い私は、二人の三年間の努力を思うと鼻の奥がツンとなり涙が溢れ出しそう。もう大泣きして二人を抱きしめたい!


 だけど、これから私達が起こす騒動を思うと、泣いている場合ではない……。

 私達の十五年の総決算が今から始まるのだから、気を引き締めて臨まないといけない。私は両拳にグッと力を込めて気合を入れた。




 卒業式はつつがなく進み、成績優秀者の発表も終わった。

 リズ様もサートンも緊張した面持ちで表彰されていたけど、最後はホッとしたようにニッコリと微笑んでいた。お互いを称え合う二人が、私にはもう眩しかった……。


 生徒が遠い目になってしまう学長の長い長いありがたい? 話も、貧血者が出る前に終わった。奇跡だ。何事もなく進んでいく卒業式は、残すは王太子殿下の卒業宣言のみとなった……。


 私は婚約者であり王太子でもあるアントン・ブロイルをそっと見上げた。

 軍人ではない殿下は、今日の日のために学生達と同じ色の紺色の燕尾服を仕立てた。

 最初は生徒達より目立とうとするから、それを止めるのが本当に大変だった。金糸の刺繍だって、襟元と袖に留める交渉に五日かかった。恨めしい顔で「はいはい、分っかりましたぁ」と言われた時に、殴らずに堪えた自分を褒めてあげたい。


 私を困らせてばかりいる王太子殿下は、それでも今日も美しい……。

 陽の光を受けて輝く金色の髪は後ろで一つにまとめられ、春の風にそよいでキラキラと光を放っている。背は平均的な高さだが、真っ白で滑らかな肌に高い鼻梁とふっくらとした唇。それだけでも十分に美しいけど、王太子殿下の一番の魅力はやっぱり瞳。

 今日の澄んだ空と同じ色の瞳は、少し垂れていて優し気で甘い印象だ。

 殿下は、その瞳の通りの人だから、ぴったりと言える。


 ……その瞳が、今、全力で不安を訴えている……。

 

 私にしか聞こえない小声で、とんでもないことを囁いた。

「わぁぁ、緊張するのも面倒で気分が悪いし、なんか面倒臭くなってきた。どうしよう? 婚約破棄するの、延期する?」

「今日しかないって、何度も話し合ったよね? 十五年も耐えてきて、やっと解放されるんだよ? ここで踏ん張らなかったら、今のままだよ? 私はそんなの嫌だよ! あれだけ、練習したじゃない。アントンなら、できる!」

「うぅぅっ、分かってるけど……。分かってても、できないことってあるよね? 俺の場合そういうの多いって、ルーなら誰よりも知ってるでしょ?」

 いつもならおだてれば気をよくするアントンも、最後の大舞台に尻込みをしている。



 今にも涙の雨が降り出しそうな空色の瞳に、私は冷たく言ってやった。

「やらなければ、アントンの望むのんびり生活は手に入らないよ? 貴方には二択しかないの! ここでやり遂げるか、王になるかよ。さっさと選んで!」

「こっわ! 怖すぎるだろう! もうちょっと可愛く励まそうよ! それじゃやる気が出ないって」

「面倒だから、早く行って! もうみんな待っているから!」

 そう言って私は、アントンを両手で押し出した。


 そう、卒業生達はアントンの言葉を、今か今かと待っている。

 王太子の卒業宣言と同時に、卒業生達は空に向かって四角い帽子を投げる。誰もが憧れる卒業式の最大の山場が控えていることもあって、卒業宣言をいまかいまかと待ちわびている。


 私に追い立てられて渋々壇上に上がったアントンは、最後まで恨みがましい視線を送ってきたけど覚悟を決めたのか大きく息を吸い込んだ。


 そして、目を剥いて、固まっている? あれ? 息も止めてない? 吸って! 吐いて! 深呼吸して!

 いやいや、緊張しすぎだよ。そんな今にもぶっ倒れそうな青い顔で……。しかも、少し震えてる? 大丈夫? どうしたの? 

 緊張じゃ、なさそうだよね……? この土壇場で、何が起きたっていうの! 嘘でしょう!

 十五年もかけて、アントンの望みがやっと叶うんだよ! 何があったか分からないけど、最後までやり遂げて!


 私の応援が届いたのか、顔を引き攣らせながらもアントンは何とか言葉を絞り出した。

「……卒業、おめでとう!」


 「えっ? これだけ? 終わり?」とは私も思った。当然、卒業生も思ったし、教師も思った。だって普通は、卒業生の三年間を称え、これからの未来を応援する言葉くらいはかけるものだから。

 でも、相手はあのアントンだ。本当にこれだけなんだよ。代わりにお詫びします。ごめんなさい。


 次の言葉を待った方が良いのかと、帽子に手をかけつつも空に放れないでいる卒業生達。その躊躇いを、赤い腕章の二人が空高く帽子を投げることで終わらせてくれた。

 アントンをよく知る二人のお陰で、メインイベントが潰れずに済んでホッとした。二人には感謝しかない。


 濃紺の帽子が、青い空高く舞い上がる。四角い帽子の中心につけられた白いリボンが、風に舞う。

 卒業生の歓声が、空に、中庭に、学院に響き渡る。三年間の努力と、友情を称え合い、涙しながら抱擁し合う卒業生達。

 見ているだけの私にも、胸に熱くこみ上げてくるものがある。


 だからこそ、十代で一番幸せなこの時間を汚してしまうのかと思うと、正直言って心苦しい。

 だけど、ここにいるのは貴族や成績優秀者で、この国の未来を担っていく者達だ。その国の未来が真っ黒に塗りつぶされるよりはましなはず。

 私はそう信じて、壇上に立つアントンを見上げた。




 卒業宣言は終わった。なのに、役目を終えたはずの王太子が、まだ壇上に残っている。

 ひとしきり喜びを分かち合った卒業生達の笑顔が次第に不思議そうに顰められ、壇上に残っている王太子に視線が集まっていく。

 暫くして歓声が止むと、動かない王太子に不安を覚え、中庭がシンと静まり返った。

 卒業生達から笑顔の名残も無くなり、代わりに不審や不安が広がるとアントンが一歩前に進み出た。


「君達の卒業を祝し、私も一つ卒業を宣言する!」


 馬鹿がまた何か言い出したと唖然とする卒業生よりも、私が一番驚いている。


(嘘でしょ! 計画と台詞が全然違うじゃない! アントンったら、緊張して忘れたんだ!)




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。


今日は一気に三話掲載予定です。


13万字程度になる予定です。最後までお付き合いいただければ、嬉しいです。


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