168話

投稿遅れてすいません。

後書きにて告知を行います。

――――――――――――



 首都ヴォストークグラードでの凄まじい歓待は終わりを告げた。

 両側に大勢いた人々の列はプツリと途絶え、公園のような広々とした空間が目に入る。道の両脇には背の低い花や草がキッチリと、人の手が絶えず入っている事を示すように整然と生えている。右にも左にも、その更に奥では巨大な赤い旗がはためいていた。


 そんな道を歩けば、次に広場堅牢そうな建物が見えて来る。政庁か何かだろうか。重要な建造物であるのは確かだ。


「素晴らしい造りだ」


 ゲイジが感嘆の声を漏らした。コイツのこんな声は初めて聞く。職人っぽいとは思っていたが、もしや、彼の前職は建築家か何かだったのかもしれない。

 やがてその建物の前で部隊は停止する。先頭を進んでいた天華が馬から降りて振りかぶった。


「隊員の皆さんはここで待機して下さい。ライト殿はこちらへ」

「あぁ、了解した」


 彼とは既に話を着けてある。天華や冥暗のような東方勢ではなく、ここ中央の高位の人物との対談をするのだ。相手については知らされていないが。


「待ってるね」

「すぐ戻って来るさ」


 サラからの声に応えると共に、既に建物の方へ歩き出した天華の背を追う。

 改めてその建物を観察する。左右対称、精工な石造り。成る程ゲイジが褒めるのも頷ける。美しい建物だ。王城の如き豪奢さはないが、実用性に基づいた機能美がこれでもかと詰まっている。


 その中央下部は屋根のように出っ張っており、その下には階段と木でできたダブルドアがあった。そこには張のある軍服を着て直立不動していたが、俺達が階段を上り終わると建物のようにシンメトリーな動きで扉を開く。

 建物の内部も、やはり合理的な造りをしていた。勝手知ったる他人の家とでも言おうか、天華は迷いなく足を進める。

 その背を追う事数分、やがて一つの扉の前に辿り着いた。


「天華です。只今帰還致しました」


 ノックと共にそんな言葉が彼の口から放たれる。果たして扉の向こうにはどんな人物が居るのだろうか。彼は誰にでも敬語を使うのでどうも判断できない。


「入って良いぞ」


 返って来たのは端的な返答。

 皇子である天華を相手にして扉を開きもせずに言うとは、相当な地位の人間らしい。

 言われた通り扉を開き中に入る。


 四つの椅子と背の低い長机、その向こうに執務用のデスクが一つ。装飾はない。強いて言うならば、掲げられている国旗と時計くらいだろうか。質素な部屋だ。

 その中央には男が立っていた。無言でこちらを見ている。俺達はその正面へ数歩足を進めると、彼は口を開いた。


「書記長のアレクセイ・グレゴリエヴィチ・コヴァレンコだ。役職名で呼び給え」


 そう言って手を差し出した男の外見は至って普通だった。中年、髭を生やし、やや上品でいて親しみのある見た目だ。

 剣聖や魔術王のような強者の雰囲気はない。鍛えられた筋肉は無く、練り上げられた魔力も感じない。

 しかし一般人ではない。書記長という役職が良く分からなかったが、低い地位では無いだろう。でなければ説明ができない、纏う指導者の雰囲気が、気圧されるような圧迫感が。


「ライトです。懲罰部隊の隊長をしている」


 差し出された手を握り返す。

 その表皮にはタコができていた。剣ではなくペンだろうが。


 書記長と名乗った男が何者なのか観察するようにしばし握手を交わす。

 部屋は、というかこの建物は随分と簡素だ。パレードとも呼べるあの行進で見た街並みとは相反しているように思える。ならば、案外この男の地位は低いのかもしれない。質は決して悪くなく、床から天井に至るまでシックで落ち着きのある色に統一されている。しかし豪奢とは呼べない。高い地位に相応しい部屋ではないのだ。


「座り給え」

「あぁ、感謝します」


 促されるがままにラウンジチェアに腰掛ける。

 随分と座り心地が良い。沈むクッションは包み込まれるような感触をもたらした。


「話は聞いている、竜を討った英雄だとね」


 両脇のひじ掛けに手を置きながら、書記長はそう言った。

 その風体と言葉遣い、纏う雰囲気とのギャップが放たれる言葉の全てを意味深に思わせる。ここでの話は更に上の人間へも伝われるだろう。ならば、俺の一挙手一投足は天華の時と変わらず隊の行く末を決定付けかねない。


「俺は決して英雄ではないです。偶然と運命の積み重なりだった」


 しかし、自分の口は考える前に動いていた。

 馬鹿馬鹿しい、己が英雄とは。この世で最も相反した存在だろう、何せ救いし英雄と殺し裏切って来た罪人だ。

 義を以て多数を救うのが英雄だとして、世の為にならぬ妄執で多くを殺したのが俺だ。そこにサラの為という理由がついたとしても、今までなして来た悪行の言い訳にはならない。


「何にせよ、君のお陰で死にゆく幾百もの兵士の命は拾われた。我が国を踏み躙る化け物を討伐してくれた事には感謝申し上げよう」

「...お役に立てて光栄です」


 だが、それでも感謝すると言うのなら受け取るべきだ。

 俺にその意図は無かったとしても、あの行動はこの国の為になったのだろう。ならば俺に感謝される筋合いは確かにある。


「しかし」


 男は言葉を続ける。その目に深淵を覗かせながら身を乗り出す彼には、俺の全てを見通してしまうような不気味さがあった。


「――興味深い、その年にして斯様な歪み様。どんな物語があったのだろうか?」



 背筋を寒風が通り過ぎた。

 奴は今、間違いなく俺の内面を覗き込んだ。先程のやり取りだけで気付いたのだ、俺の歪さに。常日頃から傍に居た隊員やサラも気付くまでに時間が掛かったその事実に、易々と。


「矛盾、強い自己嫌悪と罪悪感。それらを上回るような生きる...いいや、戦う理由が君にはあるようだ」


 ...この男への評価を改める必要がありそうだ。

 様々な人間に会って来た。国の指導者すらもその内に入る。しかし、目の前の怪物は彼らと比べても異常。スキルではない。単純な思考力と勘で、彼はあの確信を得たのだ。


「...書記長」

「おっと、許し給え。これは私の悪癖でな」


 咎める天華の声に、男はおどけるように手を挙げて見せた。

 確かにそこに悪意は感じない。故に異常、無意識に人の心を暴いていたという事なのだから。


「さて、アイスブレイクもここまでにして本題に入ろうか」


 あれがアイスブレイクなのだろうか。寧ろ俺の肝は冷えたが。

 まぁ気にしても仕方ない。彼と会話していると俺の全てが暴かれそうで不安だが、だからこそ会話を早く切り上げよう。


「君たちの処遇に関してだ」

「処遇、ですか...」


 放たれた言葉を自分の口内で転がす。

 それこそ、俺が最も気になっていた事に他ならない。今より告げられるのは俺達の命運である。固い唾を飲み込んで言葉を待つ。

 男は両手を広げて、


「諸君らを歓迎しよう。この国に不利益を齎さない限り、人民連邦は諸君らを保護し支援する。書記長の名においてこの誓いは守られる」


 ――と、言った。

 体から力が抜ける。町での歓待ぶりからしてある程度予測はできていたが、公的に認められるまで気は抜けられなかったのだ。


 ...まぁ無論、その言葉にある罠には気づいている。

 この国に不利益を齎さない限り、彼はそう言った。彼は俺達の事を利益でしか考えていない。なれば、それが損なわれると判断したら躊躇せずに切り捨てるだろう。


 しかし、束の間とは言え安全が約束されたのだ。もはや何時ぶりとも思い出せぬほどである、国家という頼れる後ろ盾の存在の力強さなど。


「さて、私が伝えるべき事はこれで終わりだ。個人的には君の話をもっと聞きたいが諸君らは食客の立場。休息を優先しよう」


 再び安堵。決して嫌いではないのだが、この男の傍に居ると色々と怖いのだ。楽しそうに俺の個人情報を喋ってきそうである。


「諸君らには部下を付ける。名物料理から演劇――有名なまでなんでも尋ねると良い」


 ...あぁ、クソ。

 やっぱコイツ嫌いだ。


 空恐ろしい笑みを浮かべながら、ありふれた事のように放った言葉に隠された意味は余りにも認めがたい。この男、もうサラの事を知っているのか。そして決して浅くない関係である事も知っているのだ。

 否定すれば暴かれてしまう、隠し押し殺してきた想いが。故に、俺は沈黙を選択するしかなかった。


 もはやあの男に隠し事は不可能である。溜息をついて意識を切り替える。デートなんてするつもりはないが、隊員達はずっと娯楽に触れる事すら出来なかったのだ。これだけ発達した都市だ、息抜きになるだろう。


「...では。ありがとうございました」

「はは、困った事があれば何時でも尋ね給えよ少年」


 もうお前とは会話したかねぇよ。そう心の中で吐き捨てながらズカズカと部屋を出るのだった。





――――――――――

告知:

 修正作業はかなり進みました。80話までの修正を予定しており現時点では40話までしかできていませんが、如何せん書き直しているので時間が掛かかってしまいます。

 物語の内容、伏線やキャラクター、設定含め初期とはかなり変わっているので時間があれば読み直してください。


 今話に関しては生存報告と告知を行いたかったので更新しましたが、次話の公開がいつになるかはわかりません。

 筆者の学業状況や精神状態に波があるので、今回のように投稿が途絶える事はあります。ただ言えるのは、エタる事は絶対にないです。


 また、今回のような告知を除き今後は後書きを控えます。


 最後になりますが、変わらず読んでくださる方々、本当にありがとうございます。


 ではまた。

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