167話 首都
冥暗の話は有意義だった。特に、この国の国力と対外関係については。
労働者と農民が団結して作り上げた国家で、厳格な労働力管理によって社会を運営しているらしい。そしてこと軍事力に於いては、俺達にとって非常に価値のある情報を手に入れる事が出来た。
人海戦術だ。大量の歩兵部隊と合理的な魔術部隊が強みである人民連邦軍は、その力をそがれた帝国ならば赤子の手を捻るかの如く簡単に滅ぼせるだろう。圧倒的な面制圧力があるのだ。数にものを言わせれば突破力も出せるだろう。
しかし、個の強さは大した事はなさそうなのだ。平等と分配をその理念とする共産主義は、選ばれた特別な人間のみが成れる英雄という概念と相性が悪い。その証拠に、人民連邦の中央――連邦の政治、経済の中心――には遺物持ちが一人も居ないらしい。
無論、完全に鵜呑みにした訳では無いが。
その一方、東方には伝承が息づいていることもあって数多くの遺物が存在すると言っていた。また、冥暗の様な高位の魔術師も存在するようだ。
この違いは使える。最初に彼も言ったように、中央と東方はあまり仲がよろしくない。統制と計画経済、実用主義が根付く中央に対し、東方では魔術や伝承、宗教が深く浸透している。
つまり、人民連邦は一枚岩ではなく、中央と東方の文化的・政治的対立が常に存在している事になる。あくまでも、冥暗の情報から推測しただけだが。
現時点で把握できる事はこれくらいだ。
今日は首都に到着する日、思案はこれくらいにしよう。
目を上にやれば、あと少しで真上に届きそうな太陽があった。まだ午前だ。昨日聞いた話では、日が暮れる前には到着する予定だったが。
今度は俺達の前を馬で移動している天華を見る。視線に気付いた彼は、こちらに目を合わせると柔らかい笑みを浮かべた。動きが一々優男である。
すると突然、彼はそのまま馬を止めて口を開いた。
「一度大休憩を取ります。全軍停止」
このタイミングでか?
あと少しで目的地だろうに、何故態々止まるんだ。
そんな疑問に気付いたのか、馬から降りた天華が此方に歩きだした。
「竜殺しの英雄の帰還ですからね。長旅で汚れた姿を晒す訳にはいきません。近くには川がありますし、皆さん一度体を清めて貰って構いませんよ」
「...分かった、伝えておこう」
何となく、今日の俺達の立ち位置が分かった気がする。
昨日と配置が違うのには違和感があったが、その正体が今分かった。どうやら、俺達の存在は受け入れられるという事も。
中央からの決定は既に下されているだろう。何千人もの兵士が移動徒歩で移動している間には、何回も伝令が行き来していた事だろう。
その内容は知り得ないが、少なくとも俺達を拒絶する物ではない事が今確定したのだ。俺達の配置が、より天華に――この軍の総大将に近くなった事、そして今言われた、衆目に晒されるという言葉。
それだけで、俺達は受け入れられたのだと理解できる。
少しだけ安心した。が、まだ油断はできない。本当の意味で受け入れられるのか――つまり、利用されるだけかどうかはまだ分からないのだから。
〇
それから数時間後。俺達はボロくなった合衆王国から貰った服ではなく、新しく配られた軍服に身を包んでいた。天華や冥暗のような民族衣装っぽいヤツではなく、中央と思われる人間、主に士官が身に着けている服である。
配置も変更されている。移動の為の合理的な部隊配置でなく、今は見栄えやら順番やらを気にしたパレード用の配置になっていた。俺達の場所は先頭の天華のすぐ後ろだ。
「さて、見えてきましたよ」
そう言った天華の目線を辿れば、確かに地平線の先に人工物の様なものが見えた。あれがこの国の首都のようだ。
遠目でも巨大な城壁が聳え立っているのが分かる。帝国よりもはるかに先進的な技術と、莫大な労働力が作り出した巨大な都市。
刻一刻と近付いて行くと同時に、鮮明になる城壁。見ただけで分かる。その巨大さと頑丈さから、技術力の高さと、それを実行できる労働力が。
城の如く聳え立つ見張り塔が等間隔で並び、そこからは巨大なバリスタが生えていた。機械弓は幾度か見た事があるが、あれほどの大きさは初めてである。それらはこちらに向けられている訳ではないが、妙に圧迫感を感じさせた。
やがて大きな門を目前にした天華は、手綱を引いて馬を止めて振り返った。後続の部隊が付いて来ているか確認する為だろう。そうして待つ事数十秒、地面を微かに揺らしていた数千の足音が完全に止んだ。
「――開門せよ!!」
普段の天華の声は、まるで静かな流れのように流麗で、気品に満ちている。しかし、今響き渡った彼の声には、その気高さだけでなく、胸の奥を震わせる強さがあった。まるで剣の刃が風を切るかのように鋭く、同時に人々を奮い立たせる力が宿っていた。周囲の空気が引き締まり、兵士達は自然と背筋を正した。
ゴォ...と、重みと堅牢さを感じさせる音を鳴らしながら、鉄製の大門が動き出す。
瞬間、出来た隙間から歓声が襲い掛かった。凄まじい声量と熱量を感じる。まさか、ここまでだとは思わなかった。
完全に開ききった門。天華の号令の元、俺達はその中へ足を踏み入れた。
「ようこそ、首都ヴォストークグラードへ」
呟く様に、こちらを見る事なく天華がそう言った。それが引き金になったかのように、一斉に歓声のボルテージが上がった。
雪が溶けだす春、午後二時の澄んだ青空に、色とりどりの花弁が舞う。
石畳で出来た大通りの両脇では、沢山の人々が手を振っていた。
竜殺しの英雄、異国の戦士。いろんな掛け声が、しかし否定的な物など何一つない呼声が、俺達の耳に突き刺さった。
「わぁ...!」
サラが息を呑んだ。人々が浮かべる笑顔に、歓声に、舞う花弁に。或いは、巨大で美しいこの都市に。
「でけぇ...」
「すげぇ...」
「やべぇ...」
言葉を覚えたての子供のような語彙を口にする隊員達。普段なら呆れるだろうが、今ばかりは彼らを馬鹿に出来なかった。
「帝都が田舎に思えてきたな」
俺のせいで今や灰燼と化した帝都だったが、あれでもかつては世界一の都市とか言われていたのだ。しかし今目の前に広がる都市を見るに、どうやらただの井の中の蛙であったようだ。
馬車が横並びに6台は走れそうな整備された大通り、四階以上はありそうな建物が乱立ながらも、合理的な機能美を醸し出す町の雰囲気。
ここは見晴らしが良い場所ではない以上、全てを見通す事など出来ないが、既に俺が見て来たどんな場所よりも洗練された巨大な都市である事は明らかだった。
人民連邦の首都、石の百万都市ヴォストークグラード。それがこの都市の名前だ。
しかし、それにしたって凄まじい歓待ぶりである。これは間違いなく、俺達の存在が宣伝されていた。
彼らが口にしているではないか、竜殺しの英雄と。それが、この国での俺達への認識である事は明白であった。
あぁ、皮肉だ。あの山の向こうでは最悪の大罪人、こちら側では英雄。
脳裏に、あの時の事が明滅した。馬に町中を引き摺られ。石を、罵詈雑言をこの身に投げられ。怒りと憎しみを、この世の悪を煮詰めた様な苦痛を植え付けられた。
それがどうだ。山一つ越えたここでは、俺は英雄扱いだ。
石でなく花弁を、罵詈雑言でなく歓声を、不ではなく正の感情をもって俺の事を見ているではないか。
皮肉だ。
だがまぁ、受け入れられたようで何よりである。
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メンタルが大丈夫な内は更新頑張るつもりですが、基本は修正作業の方にシフトしていきたいと思います。
また更新が遅れるかもしれません。申し訳ございません。
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