166話
ギャグ回
―――――――――――
払拭できない気まずさはあれど、首都への移動は特に問題なく進んだ。
極寒に身を震わせる事も、魔物に襲われる事も、波に揺られる事もない。メシだって不味くないし、酒だって支給された。これまでの過酷な旅を思えば、随分と良い待遇である。
とはいえ、この先が不透明である以上、知っておきたい事は多い。特に、この国の事については。しかし、気になった事を一々天華に聞くわけにはいかなかった。
彼は総指揮官だ。部隊を移動させると言うのは結構大変な事である。天候や地形、兵士達の体調や、発生した問題に関する報告書には全て目を通さなければいけない。
という事で宛がわれたのは彼の副官である
踏み均された土の道を歩きながら、横にチラリと目をやる。
「舐めやがって、何で俺がこんな事を」
この男、とんでもなく暗かったのだ。
ぶつくさと文句を垂れ続ける冥暗を呆れた目で見ながら疑問を抱いた。もしや、天華はコイツを俺達に押し付けたかっただけではないのだろうか。
「なぁなぁ、キメラから助けてくれたのお前だよな!あれって何だったんだ?」
纏うネガティブな空気を裂いて、そう声を掛けたのはフランクであった。名前に違わず明るい奴である。
だが悲しきかな、光と闇は反発するのだ。冥暗は沈黙を選んだ。
「なぁなぁ、キメラから助けてくれたのお前だよな!あれって何だったんだ?」
「...」
明暗は再び沈黙を選んだ。
答えなければいずれ諦めるだろう、とでも思ってるのだろうか。
「なぁなぁ、キメラから助けてくれたのお前だよな!あれって――」
「聞こえてるわ...!舐めやがって」
「あれって何だったんだ?」
とんでもく強靭なメンタルである。見習いたい。
「...闇魔術だよ、知らないのか」
ライトは首を傾げた。
魔術王なら知っているかもしれないが、落第生かつ強制退学者とは言え王国の最高学府の出である自分が聞いた事もないとは。世界は広い。
「あれじゃないか、魔獣が使ってた」
「あー、確かに似てるな」
魔獣。8つの頭で、それぞれ別系統の魔術を操っていたらしい。
らしい、というのは、ライトにあの時の記憶はほとんど残っていないのだ。覚えているのは聖女の紋証魔術で理性を取り戻した後である。
「デバフだっけ...フッ、似合ってんな」
マイルズが相変わらずの悪口を吐く。その馬鹿にしたような、ってか馬鹿にしてる言葉に苛立ったらしい。冥暗は舌打ちの後、聞き取れない音量で何事か呟いた。
「うぐっ」
呻き声とと共に、マイルズは倒れこむ。唐突に地面に伏したアイツに、周りの隊員達は何事かとギョッとした。まぁ自業自得だが。
「舐めやがって、俺は闇魔術の頂だぞ?このまま心臓止めてやろうか」
暗い目でマイルズを睨みながら、冥暗がそう言う。もう一度マイルズへ目をやると、陸に打ち上げられた魚の様に跳ねているではないか。
俺に助ける義理はないのでぼんやり眺めていると、見てられんとディランが口を開いた。溜息を付きながら。
「コイツ、口の悪さが取柄なんだ。無視してくれると助かる」
「チッ、舐めやがって...」
口癖であろうそれと共に、またも聞き取れない言葉を呟く冥暗。
すると、痙攣ピタリと止んだ。口にから吹き出てた泡を拭いながら、恨ましげな表情でこちらを睨む。
「死ぬかと思ったぞ」
「勝手に死んでろ」
適当に返事をしながらも、俺はさっきの言葉について考えていた。
闇魔術の頂という単語から察するに、彼は紋証持ちなのかもしれない。実態が謎に包まれている系統の魔術、そして、その頂点。
彼は間違いなく脅威に値する。天華が冥暗を副官にした理由が良く分かった。
あと、ついでに今の内に質問をしよう。またダンマリされては困る。
「なぁ、この国ってどういう国なんだ?」
あまりにも雑な質問だが、まぁ良いだろう。俺達はこの国について何も知らないのだから、せめて体制と国力くらいは知っておきたい。
「...何でこの俺が」
「フランク、聞け」
「おう!なぁ、この国ってどういう国――」
「だぁクソ、分かったよもう!人口二千万、社会主義かつ共産主義、複数の国による連邦制!東方と中央は犬猿の仲!南方に巨大な砂漠、その先にシャンティア・セレナ通称商業連盟で仲は悪い!以上!」
コイツの扱い方が分かった気がする。
というのはさて置き、今のは一つ一つがかなり重要な情報だ。つまるところ、情報量が多い。取り合えず嚙み砕いて理解しよう。
まず人口二千万。なんだそれ。王国の三倍はあるじゃねえか。
社会主義かつ共産主義。分からん。
複数の国による連邦制、そして東方と中央という言葉から、完全な中央集権型ではないという事は分かった。冥暗や天華は東方だろう。他の兵士達とは人種が明らかに違うのだ。
南に砂漠があって、その先にはどうやら国があるらしいと言うのも理解出来た。
なるほど、世界は広い。
「共産主義と社会主義ってなんだ?」
「知るか。何でも俺に聞きくとか舐めてるだろ」
「よし、やれフランク」
「あっおい」
「共産主義と社会主義ってなんだ?」
「...」
「共産主義と社会主義ってなんだ?」
「頼むからもう黙ってくれ...」
「共産主義と社会主義ってなんだ?」
光と闇は反発する、と言ったが。
よく考えたら、闇なんて光で照らせば消し飛ぶ物だった。
〇
共産主義と社会主義について、また両者の違いや現在の国家元首。他にも東方との政治、力関係から主要都市。思いつく質問は粗方した。
最初は渋っていたが、その度にフランクをけしかければ答えは得られた。予想以上の成果に心の中でガッツポーズをする。最初にコイツを見た時は、果たして会話ができるのだろうかと不安になった物だが、案外何とかなるらしい。
「舐めやがって、舐めやがって、舐めやがって、舐めやがって、舐めやがって舐めやがって舐めやがって舐めやがって舐めやがって」
まぁ弊害は出たが。
最初は不満たっぷりだった冥暗は、今や同じ言葉を呟くだけの何かになってしまった。あとで持ち主に謝ろう。
「悪魔かよお前」
「魔王だぞ」
「...」
まぁ、冥暗もこの国に特別詳しいと言う訳ではないようだ。彼曰く、明日には首都に到着するらしいし、未だ分からない部分は別の人間に聞いてみよう。
もう日が暮れる。野営準備に取り掛かる時間だ。
地平線の奥へその身を隠し始めた太陽を返り見る。あれが再び昇り、落ちる頃には、俺達はこの国の首都に居る。
サラや隊員達とはまだちゃんと話し合えていない。だが、彼らなりに何らかの決意をしたのは分かった。俺は、それを直視する事はできなかった。
明日は、未来を、将来を決定付けるかもしれない一日だ。全く未知の場所で、未知の分化の元、俺は彼らの命を背負う事になる。失態は許されない。
とはいえ、なる様にしかなるまい。冥暗の話を聞いて理解した。人民連邦という国家の巨大さ、強大さを。処遇が既に決定されている可能性だってあるのだ。そうなれば、明日はそれを聞くだけの日となるかもしれない。
その決定がサラの為になるならば受け入れよう。もし、そうでないなら。
愚痴を言い続けながら、天華が居る天幕の方へフラフラと歩き出した冥暗に見た。
...もし、下された決定がサラを害すものであれば。その時は、いつもの様に剣を抜くだろう。それを以て、彼女の敵を全て切り伏せよう。
ただ、その時は。アイツが、俺の最大の敵になるかもしれない。
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