第161話
投稿遅れました。二週間も期間が空いてしまい、本当に申し訳ございません。
ではどーぞ。今回も隊員紹介は無しです...
―――――――――――――――――
『まだ生きたかったのに』
―――またか。
『子供が出来たばかりなのに』
また、この夢か。
一体何度繰り返されるのだろうか。
もはや、数える事など到底かなわない程見てきた悪夢。
夢を夢と分かりながらも、決して抜け出せる事の出来ない悪夢。
『結婚式だったんだ』
『やっと結ばれたの』
心を侵す黒い感情の赴くままに、声のした方へ目を向ける。
そこには、華やかな礼服に身を包んだ男女が居た。
幸せの絶頂とも呼べる、華々しく幸福に満ちた雰囲気を纏っている。
『なのに』
『お前が壊した』
そんな彼らの顔が、焼け爛れる様に崩れ始めた。
皮膚が剥がれ落ちて、眼球が溶けて。若く美しい新郎新婦は、見るだけで腐敗集が漂ってきそうな見た目に変容した。
『何で、何で、なんでなんでなんでなんで』
意識はあれど思考はハッキリとしなかった。どうして俺はこんな状況に陥ったのか、その記憶も曖昧だった。霧が掛かったかのように、ぼんやりとした事しか考えられない。思い出せない。
だが、大事な事は覚えていて、欠片も忘れる事なく思い出す事が出来た。
―――だから。
『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
『許さない、許さない許さない許さない。絶対に許さなイ』
『殺す殺す殺す殺す殺してやる絶対に殺してやる何があっても絶対に殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』
『全部お前のせいだお前のせいだお前が生きているからだお前のせいでお前のせいでお前のせいで』
だから、頭がおかしくなりそうな呪詛を浴びても、俺は俺でいられた。
一組の夫婦が居るだけだったこの空間には、いつの間にか無数のナニカに埋め尽くされている。
数万、或いは数十万だろうか。上も下も右も左も前も後ろも、見渡す限り黒い魂に埋め尽くされている。俺が殺した人々の魂の残滓、憎しみと怒りと、そしてそれ以上の
絶望に染め上げられた真っ黒な魂の数々。
それらに、俺は責められていた。
いや、これは悪夢なのだから、コイツらは唯の幻視なのかもしれない。実態も魂もない、ただの夢が見せる幻影なのかもしれない。
だが、これは俺の罪だ。
まごう事無き、俺が犯した罪だ。
先程俺の前に現れた夫婦。彼らは俺がかつて殺した人間なのか、罪の意識が生み出した幻影なのか。それは定かではない。
だが、そんな事は関係はないのだ。俺が殺した人の数から考えれば、幸せの頂点から叩き落された人は居るだろうから。
――しかし、俺は彼らに謝罪はしない。決めたんだ、罪は背負わないと、こんなモノはもう気にはしないと。
サラの為に、サラだけの為に。その信念さえあれば、一言で精神が破壊されてしまう様な呪いの言葉の雨も、只の雑音に過ぎなかった。
繰り返し繰り返し、何度も何度も行った自問自答、或いは罪の意識との対話。無数に積み重ねたそれと、全く同じ結論を突き付ける。
その瞬間、雨あられと降り注いできた呪詛雑言は鳴り止んだ。
『相変わらずだな。ライト・スペンサー』
声がした。憎しみと怨みに塗れた声でなく、理性を感じさせる声が。
景色が変わる。罪と血が織りなした禍々しい景色から、ただの無が広がる景色へと。
「...あぁ、そうだな」
彼は一体どんな表情を浮かべているのだろうか。その顔は知り得ないが、なんとなく、険しい表情を浮かべているような気がした。
『分かっているだろうが、忠告をしよう。今の貴様では守ないぞ』
「あぁ、分かっているさ」
思い出した。不鮮明だった記憶を、今取り戻した。
俺はキメラとの戦いで意識を失った。俺を庇ってその身を危険に晒してしまったサラを救う為に、俺は無理をして時間停止を使ったんだ。
その結果、俺は魔力切れを起こして意識を失ったと。
情けない。その一言に尽きる。
自責の念に駆られている俺に、彼は言葉を続けた。
『理性はあれど、あれは所詮知恵なき獣。もっと強大な敵が、これから貴様に立ちはだかるだろう。そうなれば貴様はまた失うぞ』
何を、と聞く必要はなかった。
俺とて、それは実感している事だから。
まだだ。まだ足りない。
膨大な血と罪の結晶を以て手に入れたこの力でも。
まだ、サラ一人救う事すら出来ない。
「強くなって見せる。もっと、力を手にしてみせる。サラの為に」
『...一先ず、今はそれで良いだろう。だが努々忘れるな、全ての困難が力で解決できる訳ではないのだと』
そんな意味深な言葉を最後に、彼もまた消えて行った。
そうして、俺の意識は浮上する。
〇
目を開ける。闇に包まれていた視界に、眩い光が差し込む。
細めたり瞬きしたりしてゆっくりと視界を取り戻そうとしていたが、視覚を完全に取り戻す直前、そんな俺の耳に溌剌とした、喜色を滲ませた声が突き刺さった。
「ライト...!」
「...サラ」
――あぁ、良かった。彼女は無事だった。
その事に、何よりもまず安堵する。ようやく取り戻した視界には、喜びと、俺と同じように安堵の表情を浮かべたサラが居た。風に靡くその美しい金髪は、まだ寝起きの俺の目には刺激が強かった。
「あぁ、良かった...!」
ドン。と、体に衝撃が走った。それが何なのか理解する前に、夏空の下で干したシーツのような、太陽の匂いが鼻を突いた。ギシギシという擬音が付きそうな動きで首を横に振ると、直ぐそこにサラの横顔があった。
抱き着かれた。思いっきり、もう離さないとばかりに。強く、しかしわなわなと震えている腕で。
「...何か、体に問題はない?」
震えている声で、しかしそれを抑える様にしながらのサラの質問。
「大丈夫だ」
断言するように言う。勿論本当の事だ。
とは言え、魔力切れを起こしたのは久しぶりだ。不安などなかったと言えば嘘になるが、何とかなった様で安心した。
「良かった...本当に」
密着していたサラの体が俺から離れる。そこに残っている仄かな温かさが消えぬ内に、ふっと笑ってそう言った。本当に、心の底から俺の無事を喜んでいるであろう微笑み。
不意に、心臓が跳ねた。
「――そういえば。ライトが意識を失っていた間に色々あったの」
「あ、あぁ。聞かせてくれ」
胸を、思考を支配する熱が顔に出て来る前に。そう思って意識を切り替えようとしても、思ったように切り替わってはくれなかった。
なんだかおかしい。戦っている時はこういう考えが過ることさえないのに、気を抜いた瞬間これだ。
いや、自覚はある。これの、この感情の名前も分かる。
だがそれは、決して正しい物ではない。
「ライト?」
「...あぁ、すまん」
無用で無意味な思考を排除するように頭を振った。
今はまず、状況を把握する事が最優先だ。多分。
「それでね。私も全部は分かってないから、あの人に聞いた方が良いと思うの」
「あの人?」
首を傾げながら、俺は改めて辺りを見渡してみる。
サラばかり見ていて気付かなかったが、俺達が居る場所は馬車のようだった。だがそれはおかしい。俺達は馬など入れそうにないダンジョンの中に居た筈だから。
「テンカ、っていう人でね。この軍隊の偉い人なんだって」
「へぇ...軍隊!?」
俺達は軍隊に移送されているらしい。そして俺が拘束されていないという事は、ここは帝国でも王国でもない軍という事だ。
まさかと思いながらも、立ち上がって幌の外を覗く。
その瞬間、吹き込む冷たい風と雪。
その先には広大な雪原が広がっていた。
地平の先から微かに見える山脈が、俺達が山を越えた事を証明していた。
という事は。
「――異文明か」
帝国より東にあるという、未知の文明。
そこに、俺は足を踏み入れていた。
どうやら、俺の知らない間に事態は急変した様だ。
危機を乗り越えられたのは良かったが、まだまだ気は抜け無さそうである。
―――――――――――――――
粉末タイプのカフェインに手を出した。
折角なのでエナドリに溶かして飲んだ。
腹壊した。まる。
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