第159話 遭遇
全く物語と関係ないですが、黙祷。
―――――――――――――――
「なんでっ...」
思わず口から出てしまった言葉。
言ってから気が付いた。
その言葉の、罪深さに。
状況を見れば分かる。分かってしまう。
つい数秒前まで、私は自身が飛び込んだ危機的状況にあった。だけどその原因であるキメラがいつの間にか明後日の方向に吹き飛ばされていて、彼は倒れ込んだ。そして、私は無傷だった。
一目瞭然だ。彼が、私を庇って倒れてしまったという事は。
...だから。だから、『なんで』というのはこれ以上なく愚問なんだ。
私の為に、また彼が自分を犠牲にして戦った。
そんな分かり易い事に、理由を尋ねるなんて事のなんと愚かな事か。
「っ、ごめん...ごめんね、ライト...!」
余計な事だった。完全に、意味のない行為だった。私が何もしなくても、きっと彼はキメラに打ち勝てた。
なのに、私が余計な事をしたせいで、彼は倒れてしまった。
罪悪感と後悔で、苦悶の表情で倒れ込む彼を見て、また胸に締め付けられる様な痛みが走った。だけど結局、それは私が引き起こした問題でしかなくて。頭を、言葉に出来ない感情が支配する。
それを無視しながら私はライトの元に走る。
うつ伏せに倒れ込む彼の傍で膝をついて、その頭を膝に乗せた。こうすれば、いつも彼は安心したような表情を浮かべたから。
だけど、今はそれすらも意味がなくて。どうすれば良いのか分からない混乱で頭がいっぱいになりながら、私はただ彼の手を祈る様に握り、同じように祈る様な気持ちで目を瞑った。
「隊ちょ...っ。チッ、俺達だけでやるぞ」
リアムの焦ったような声が聞こえた。
何事かと目を開いて辺りを見渡す。
「...!ごめんみんな、私も―――」
キメラは、まだ生きていた。
首元から膨大な量の血を流しながらも、その脇腹に巨大な焦げ跡がありながらも、まだ死んではいなかった。
その目には、怒りと執念が見て取れた。
こんな言葉を聞いた事がある。
瀕死の獣ほど怖い物はない、と。
だから、私も戦わなければいけない。いつも庇われてばかりで、今だって余計な事をしてライトの意識を失わせてしまったのだから。こんな時まで、足を引っ張るだけの、守られるだけの存在では居たくなかった。
「...すまないが、ダメだ」
「っ、なんで!?」
「――サラスティア、懲罰部隊は貴方の為の隊だ」
目も合わせてくれずに、ディランがそう告げた。
私の為。分かってる。いつも、皆が私の為に戦っている事は。
だからこそ、私もみんなの為にこの力を使いたかった。
「でも...!」
「分かってるよ、あんたの言いたい事は。ならせめて、その涙を拭ってくれ」
「っ、あ...」
言われてから気付いた。
自分の目からずっと、涙が零れ落ちている事に。
手でこすりつける様に何度も拭っても、それは止まってくれなくて。
ただただ、情けなさと無力感が襲ってくるだけだった。
「泣くなよサラ!俺達が守ってやるからさ!」
「黙れフランク。頼むからお前はもう喋るな」
「クソ、大事な時に寝やがって。起きたら揶揄い続けてやる」
「やめときなよ...根に持ってたよ、隊長」
いつも通りの、彼らの言動。
でも、それすらも私への気遣いの様に思えて仕方がなかった。
自意識過剰だったら良い。ただの勘違いだったら、どれだけ良いだろうか。
だけど、それはあり得ないと分かっていた。
「絶対に気を緩めるなよ。何があるか分からん」
ディランが、緊張を滲ませながらそう言った。
それに呼応するように、それぞれの得物を構える隊員達。
丁度その時、キメラが音にならない咆哮を上げた。
喉を切り裂かれているが故に、決して大きな音ではない。
だけど、その目に宿る憤怒と、体の節々から滲み出る殺意が、それが力強い咆哮である事を証明していた。
それが終わると同時に、キメラは再び空中へと舞った。その命が風前の灯火である事を自覚しているのか、もう先程の様にフェイントを織り交ぜて来るような事はしなかった。ただ愚直に、真っすぐに、私達への様へと突撃してきた。
「全員、後の事は考えず最大火力をブチ込め!」
それが敵の最後の突撃である事を悟ったのか、ディランがそう命令を下した。
本来なら、そこに私も居なければならない。私の火魔術は火力では随一だ。だから、私もみんなと一緒に魔術を放たなければならない。
分かっていても、口が開かなかった。口を開けば、嗚咽しか出てこないような気がしたから。
どうすれば良いのか分からなくて、結局、只々涙を流す事しかできなかった。
涙でぼやけた世界の中、キメラが弾幕に突っ込んでいったのが分かった。
連続する爆発音、光で照らされるダンジョンの壁。
力なく墜落するキメラ。
――そして、その口からこちらへと飛来する一つの火球。
「ッ、迎撃!」
それは、キメラが最後の最後まで隠していた切り札だった。
焦りを滲ませながら言うディラン。必死に防御魔術を展開する隊員達。
その中の一つ、ゲイジが展開した岩の壁に火球は激突した。
「全員伏せ―――」
響き渡る轟音、揺れるダンジョン、飛散する砕けた岩の塊。
余りの眩しさに、思わず目を細めた。
そして、ダンジョンを震わせた余韻が消えた頃。
頭痛を抑えながら、私はゆっくりと目を開いた。
「っ...そん、な」
そこには、悲惨な光景が広がっていた。
呻き声を上げながら地面に伏す隊員、大けがを負って血塗れになってしまった隊員。懲罰部隊は、大損害を被っていた。
キメラの魔術は、ゲイジの土魔術を貫通したんだ。
岩の壁に激突して、その威力を減衰させても尚この破壊力。だが、それに驚いてはいられない。何が出来るかは分からないけど、せめて少しでも彼らを助けないと。
「なんで、なんで...っ!」
そう思って立ち上がろうとしても、足に力が入らない。
彼らを、身を挺して私とライトを守ってくれた皆を助けないと、そう分かっていたのに、体がまるで言う事を聞かなかった。
もう、嗚咽を止める事さえ出来なかった。心と頭が、混乱でいっぱいになって。もう、何も考えられなかった。
それでも必死に彼らを助けようと足掻く私の耳に、救いとなる言葉が響いた。
「...クソっ、いてぇなオイ」
「そんな心配すんなよサラ。俺は生きてるぞ!」
「俺達は大丈夫だぞー」
血だらけになりながら、のそのそと起き上がって来る隊員達。
無理をしているのは私でも分かっていたけれど、でも彼らが生きている事が何よりも喜ばしくて。
「グスッ、よかった...よかったぁ」
全身の筋肉が弛緩するのが分かった。
もうしばらくは動け無さそうだ、そう、安堵と共に思った。
「マジで死ぬかと思った」
ディランが顔を顰めながらそう言った。彼の体には、無数に切り傷が出来ている。もう声すら出したくないだろうに、彼はそれを我慢しながら再び口を開く。
「点呼取るぞ。出来ないヤツは死んだ事にするからな、しっかりやれよ」
そんな彼の号令の元、疲労困憊な声での点呼が始まった。
その結果は、死者なし。
怪我をしていない隊員は一人も居なかったけれど、声も出せない程の重傷を負った隊員は一人も居なかった。
よかった、ただひたすらに、そう思う。
私の余計な行動のせいで隊長は意識を失ってしまった。だけど息はあるし、脈も安定してきた。ボロボロになった懲罰部隊は、しかし誰一人として欠ける事はなかった。ライトの事は心配だし、今も罪悪感が胸を突いている。だけど、ひとまずは安心して良いと思った。
「ごめん、みんな...私が余計なした事をせいで、また皆に迷惑を掛けた」
きっと、彼らはこの謝罪を受け取らないだろう。
そんな事はないと、気にしなくていいと。
だけど、その好意に甘える訳にはいかない。
「さっきも言ったけど、この隊はサラスティアの為の物なんだ。気に病む必要なんて全くない」
予想通りの言葉を、ディランが口にした。
懲罰部隊が、ライトが、私の為に戦ってくれていると言うのは分かった。この戦いで、さっきの問答で、それは否が応でも理解させられた。
「うん。それは分かってる...だけど。お願い、謝らせて」
だけど、私はライトに言ったんだ。守られるだけの存在じゃないと、それを証明して見せると。そして、それは彼らにも言える。守られるだけじゃダメだという事が。
守られるだけじゃなくて、私も彼らの為に戦いたい。そのためには、まずは対等な立場にならないとダメなんだ。
その為に、私は謝りたかった。
「...分かった。受け取った、その謝罪」
「同じく」
「そこまで言うなら、おう」
「あんま気にすんなよ、俺も気にしてないからな!」
「だから喋るな」
先程のそれと大して変わらない内容。だがそこに、私への気遣いなどなかった。ただ、ありのままの彼らの態度だった。
受け取ってくれたんだ、謝罪を。
その事に安心しながらも、次からは絶対に迷惑を掛けまいと覚悟を決める。
「ひとまず、隊長が起きるまで休むか...動ける気しねぇし」
地面に座り込みながら、ディランがそう言う。その声にはもう、元気なんて物は感じられなかった。他の隊員達もそうなのだろう、肯定の意を示す最低限の言葉だけ残すと糸が切れたように地面に転がりだした。
「...にしても、強かったな。あの魔物」
「ホントだよ。頭使ってくるだけミノタウロスより厄介だった」
溜息と一緒に、そんな会話が静かなダンジョンに響いた。
「最初からあの火球を使われてたらヤバかったな」
「そうだね...威力凄かったもん」
火魔術を習っていた身として、あの一撃は感嘆に値するくらいだった。
威力、速度、破壊力。なにをとっても、私では叶わない。
あれが直撃しなくて、本当に良かった。
改めて、そう思った。
―――――――カヒャァ゛...ガア、ァ゛
「...あれ?」
微かに、窓の隙間から風が吹き込んだような音が聞こえた。
なんだろう、ダンジョンの下から吹き付けて来た風かな、そう軽く考えながら、辺りを見渡す。
力なく地面に寝転がる隊員、瓦礫が散乱するダンジョン。
そして、血まみれになりながら横たわるキメラ。
その赤い目が、私を見た気がした。
「ッ...!そんなっ!?」
生きていた、あのキメラは、まだ死んではいなかった。
私の声で状況に気付いたみんなが跳ね起きる。
だけど、それは余りにも遅かった。
暗いダンジョンを、明るい光が照らした。だけど、その光は決して暖かい物ではなくて。殺気と、恨みが籠った禍々しい光だった。
キメラの口から放たれた火球は、直ぐそこに迫っていた。
一言、或いは詠唱の一節すら言う時間もない。ゆっくりに感じる時間の流れの中でも、もう私に出来る事は無い事が分かってしまった。
絶望感と、無力感と、果てしない虚無感が胸を支配する。
一縷の望みを掛けて、私はライトの顔を見た。
だけど、まだ、彼が目覚める気配はなかった。
どうしようもない。
どうしようもない、詰みだった。
終わりは、あまりにも呆気ない物だった。
せめて、最後にライトと話したかった。
何もかも、無駄だったの?
私の人生も、隊員のみんなの信念も、積み上げた犠牲も。
ライトの覚悟も、彼の思いも。
そして、私の想いも。
(せめて、せめて...この気持ちだけでも――)
だけど、きっとそれすらも叶わない。
避けられない。
防げない。
守れない。
ただただ、呆然とするしかなかった。
現実が理解出来ていないような表情の私に、懲罰部隊に。
途轍もない破壊力を持つキメラの火球が、迫った。
「【
暗い、暗い声が、絶望に満ちた空間に響いた。
そして、その声以上に暗い何かが、霧の様に広がる。
それは、圧倒的な破壊力を誇るキメラの火球を包み込んだ。
「え...?」
そして、何事もなかったかのように火球を吸収した。
途轍もないエネルギーをもつ火の魔術を、いとも簡単に。
呆然としている私の耳に、再びあの暗い声が刺さった。
「舐めやがって。面倒くさそうな連中だ」
振り返る。
そこには、声に違わぬ暗い雰囲気を纏った青年が居た。
誰に向けられたのか分からない愚痴を溢す彼は、無精ひげを生やしていて、なにか民族衣装の様な服に身を包んでいた。
「彼らとて苦難を乗り越えて来たのでしょう。不平を垂れるのは止めなさい」
流麗で、気品を感じる声。
その声の主は、無精髭の彼のすぐ横に居た青年だった。
王族の様な気配を漂わせているその美しい青年は、安心させるような笑顔を浮かべてこう言った。
「初めまして、人民連邦の天華です。所属を伺っても?」
―――――――――――――――
後書きで言うのもあれですが投稿遅れました。
マジで進路どうしよう
今回は隊員紹介なしです
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