第158話 危機

投稿遅れました定期

なんで俺はこんなにも怠惰なんだろうか


ではどーぞ...

―――――――――――




 首元に僅かに走る痺れ。

 最初は大したように感じなかったそれは、やがて強烈な熱となって神経を焼いてくる。

 痛みはない。だが、既に体が麻痺してきている事を実感してしまった。


 これ以上毒を体に入れさせない為にも、俺は全力で飛び退いた。

 その行動に対し、逃がすまいと言わんばかりに追撃してくる蛇。迎え撃とうにも、手に力が入らなかった。



「ら...ぁあああああッ!」


 振り絞る様に、思う様に動かない手で剣を振る。

 身に余る大剣を振るう新兵の様な情けない太刀筋。それでも精一杯であったその一撃は、しかし蛇の鱗を切り裂くには不十分だった。


 甲高い金属音に次いで耳を突く、金属の釘がガラスを引っ掻くかのような不快な音。剣の腹を、硬質な鱗が這う音だ。

 既に言う事を聞かなくなった腕に巻き付き、手首の辺りに噛みつく蛇。毒が体に注入されている、気もちの悪い感覚が背筋に走った。


 だが、もはやそれを振り払う力はなかった。

 せめてもの抵抗として、スキルで少しでも毒の周りを遅くする。



「ライト!」



 暗転しかける意識を、鈴を転がしたような、溌剌とした声が切り裂く。

 同時に飛来する、神々しい光を纏った火の塊。


 俺の手を巻き付いて離さなかった蛇は、それに恐れをなして離れて行った。


 そして体は自由と共に重力を取り戻し、成すすべなく空中に放り投げられる。

 体は落ちても意識だけは落とすまいと、閉じかける瞼を必死に開き続ける事だけを考えながら落下。


 まともに機能しない時間感覚の中、背中に走った着地の衝撃が何故か柔らかい物だけは知覚できた。



 足掻けど足掻けど遠のいていく意識のなか、誰かの声が聞こえる。俺を呼ぶ声が聞こえる。

 怒号が聞こえる。焦った声も聞こえる。禍々しい咆哮も聞こえる。



 ―――まただ、また失敗した。


 ミノタウロスの時もそうだった。一人で挑んで、負けて、仲間に迷惑を掛ける。


 このままでは、また失ってしまう。

 大切な存在が、俺のせいで失われてしまう。


 まだ足りない。


 力が、敵を殺す力が。

 どんな困難にも打ち勝つ力が、俺には足りていない。



 ...いや、今は良い。


 目の前の事だけに集中しろ。自責の念など無意味。

 千切れかけている意識の糸。恐らく最後になるであろう思考の中、この状況での最適解を口にする。



「【――――彼の者の名はゲオルギウス】」



 唱える。詠唱を、どんな困難をも打倒せしめる詠唱を。


「【黄金伝説の殉教者】」

「っ、ライト...!よかった――」



 ―――意識がクリアになった。

 霧が晴れるかの如く、遠のいていた意識が元通りになる。


 どうやら、この判断は正しかったらしい。

 一抹の安堵と共に、隣で俺を支えてくれていたサラを見る。彼女もまた、酷く安心したような表情をしていた。


 だが、俺は彼女に感謝の言葉を告げる事は出来ない。この詠唱を中断する訳にはいかない。


「【聖大致命者にして救難聖人】」


 この剣は逆境に立ち向かう為の剣である。

 それを邪魔する事は、何人たりとも出来はしない。


 それに気付いたのは、この詠唱を初めて口にした時。

 詠唱中は、絶えず俺を襲っていた魔術がその効果を発揮しなかったのだ。

 という事は、この詠唱を口にしている時、それを邪魔するのなら如何なる要素も排除されるという事である。


 つまり今は、その効果を以てあの蛇の毒から逃れている状況なのだ。


「【彼の者の剣の名はアスカロン】」


 であるからして、俺はこの詠唱を中断させる訳にはいかない。

 俺を窮地から救ってくれた彼女に、感謝の一言も告げる事も出来ない。


 、それを邪魔する物は排除される。だから、それを中断した途端に意識が途絶えるなんて可能性も否定できないのだ。


「【それは抵抗の象徴にして無敵の剣】」


 剣に、段々と光が宿り始める。

 それに目ざとく気付いたキメラ。脅威を感じたのか、相手をしていた双子から離れて俺に襲い掛かろうとする。


 これは賭けだ。

 もう詠唱は終盤に差し掛かった。今から策を考える事など出来ない。


 もっと安全な場所でやりたかったが、今しかない。

 この詠唱の本当の効果を、使い方を、確認する時だ。



「【唱え。思い邪なる者に災いあれ】」



 詠唱が終わる。

 剣に宿りし輝きは、竜に放った時のそれを遥かに超えた強さだった。


 目の前で、巨大な爪がギラリと光る。

 その直ぐ奥では、キメラの背から襲い掛かろうとする双子と、それを迎え撃とうとする蛇が戦いを繰り広げていた。



「【第二節・守護聖剣】」


 今あるありったけの魔力を込め、希望と願いを刃に乗せ、一閃。

 聖剣アスカロンより、どんな困難をも打倒せしめる一撃が放たれた。



 ―――確信した。

 この一撃が、確実にキメラにダメージを与えた事。


 そして、迫りくる爪と牙を避けられない事に。



 態勢が悪すぎた。今の一撃は、上段から振り下ろすように繰り出したのだ。大振りのそれは、当たろうが外れようが放った後に隙を晒す事になるのだ。


 しかし、問題はない。ミノタウロスの時と同じだ。確かに、ヤツの爪によって俺の体は引き裂かれるだろう。

 だが、俺にはスキルがある。どれだけダメージを負っても、即座にそれをなかった事に出来るのだ。蛇の毒には苦しめられたが、俺にとってキメラ本体は大した敵ではない。



 目を閉じ、その瞬間を――爪が体に食い込む瞬間を、待つ。



 だが、その瞬間は終ぞ来なかった。


 体に、何かが当たったような衝撃は確かにあった。


 だがそれはは、巨体から繰り出される一撃に当たったような物でははなく。



 誰かが、俺を突き飛ばしたような衝撃だった。




 何度目か分からない嫌な予感が。

 ミアの死を認識してしまった時の様な、壮烈な絶望感を伴う、嫌な予感が。





 目を開く。そこには、やはり俺を突き飛ばしたサラが居た。

 申し訳なさそうな表情で、手を俺に突き出している状態のサラが。


 その直ぐ背後から、鋭く、分厚く、華奢な彼女の体を切断するには、十分過ぎる程巨大な爪が迫っていた。



 最早、考える時間などなかった。



 左手に、彼に刻まれた魔術陣がある左手に、魔力を込める。


 水が入った瓶が割れたように、急激に失われていく魔力。

 襲ってくる脱力感と、倦怠感。



 ―――そして、止まった世界。



 彫像の様に、何もかもが固まった。

 サラも、隊員も、キメラも。


 だが、呑気に辺りを見渡す時間はない。

 止まった時間は、あと少ししか続かないだろうから。


 今まさに、サラへとその爪を振り下ろしている体勢のキメラ。


「【第五節・勇義信剣ソード・オブ・トラスティ】」


 短縮した、名前だけの詠唱を呟く。

 以前のそれより遥かに弱い刃の光。それを無視し、ただ時間が惜しい一心でヤツの首を切り裂く。


 全ての詠唱を口にする事など、到底出来なかった。

 これでは本来の威力を発揮出来ないだろうが、それでもこれが限界だった。


 魔力が、足りなかった。


 仲間である隊員も、元婚約者も、何十万もの民間人も、ミアすらも死に至らしめてまで手に入れた莫大な魔力。しかし、それでも尚サラ一人を救うには不十分だった。


 そして、竜の時と同じ過ちを、一人の隊員の命を奪った過ちを繰り返す訳にはいかない。コイツの喉元を切り裂き、仮にそれで瞬時に絶命しようとも、こちらに向けて来るヤツの巨体に掛かる重力は、慣性は、無くなる事はないのだ。



 だから、せめてその向きを変える為に。

 残りカスみたいな魔力を振り絞って、キメラの横からできる限りの魔術を叩き込む。



 それが限界だった。


 再び、時が進み始める。

 切り離された世界が元通りになった。


 喉元から血を迸らせ、驚愕の表情と共に吹き飛ばされるキメラ。

 確認できたのは、そこまでだった。


 抵抗する間もなく、俺は意識を手放した。






 〇





 分かっている。


 ライトは強い。


 努力によって積み上げられた剣技、膨大な魔力量、アスカロンという伝説の聖剣にも認められている。


 だけど、それ以上に。

 心の在り方が、その信念が強固だと思う。


 でも...それでも。見ていられなかった。


 ミノタウロスと戦う時、彼は自分の体を犠牲にして勝利を掴み取った。

 狼型の魔物の時だって、彼は自分の体を差し出してその狼を倒した。


 見ていられなかった。例え仲間の為であっても...私の為であっても。

 自らを全く省みないその戦い方が、見ていられなかった。


 彼の体から血が流される度に、それを何とも思っていない彼の顔を見る度に。

 胸が、心臓が、締め付けられるように痛んだ。


 でもきっと、それはエゴなんだと思う。

 彼は何とも思っていないだろう行為に対して、私が口出しすべきではないのだと思う。だって、それは彼なりの覚悟の示し方なのだろうから。


 ...でも、見ていられなかった。

 ただ、それだけだった。


 頭では、意味がないと分かっていた。

 庇われてばかりに私が彼を庇うなんて馬鹿馬鹿しいと、それは彼を傷付けるだけだと。私の為に、こんな私の為に戦ってくれているのに、それを無下にするような行いをするなんてことは。


 でも、体が勝手に動いてしまった。


 剣を振るうとともに、迫りくる爪を避けられないと確信した彼の顔を見て。

 自分の体をなんとも思っていないその表情を見て。


 体が、勝手に動いてしまった。

 彼を、思わず突き飛ばしてしまった。



 それでも、後悔はなかった。

 彼が何度も傷付くぐらいなら、私が少しでもそれを肩代わりしたかった。


 だから、後悔はなかった。




 その光景を、目にするまでは。





 予期していた衝撃が、全く来なかった。

 ライトではなく私に当たる筈だったあの爪が、私に当たらなかった。


 おそるおそる、目を開く。



 ――そこには、血を吐きながら倒れ込むライトが居た。





――――――――――――

今更なんだが、もう居ない隊員の事紹介しても意味ないかも。

流石に30人分はキツイのでネームドだけ紹介します。


隊員紹介Part 6

テオ

能力:気配を消せるスキルを持っている。また、帝国から密偵としての教育も受けているため、作戦の立案や情報収集なども出来る。超有能。

投獄の理由:元暗殺者だったから。普通なら拷問→死刑なのに生きているのは何らかの理由がありそう。

外見的特徴:平凡で大人しそうな少年。

他の特徴:幼馴染と結婚したし両親も生きてる。裏切ってしまったかつての仲間を救う事もできたし、彼らとの和解も成功した。人生という戦いの勝者。今はヒモ生活から脱却するために職を探している。冒険者になる予定。

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