第155話 双子

本日二話目。多少は戦闘シーン上手くなってるかな?

ではどーぞ。結構渾身の一話です

―――――――






「―――――――――ア゛ア゛ァアアァぁァアッッ!!!」



 天地を揺るがしてしまう様な、そんな咆哮だった。

 何に向けられているのかは分からないが、そこには計り知れない憤怒があった。


 耳を塞ぐ事なく、俺はただ敵を見据える。



「俺がやる」



 一歩、前へ踏み出した。


 敵の手には巨大な斧があった。

 奴は、間違いなく近接型だろう。

 竜の様にブレスを放つ気配もないし、翼も生えていない。純粋にフィジカルで圧倒してくるタイプだと、一目でわかった。


 魔力を通さない性質上ある程度は問題ないだろうが、かと言ってこんな閉鎖空間で破壊力のある大魔術を放つわけにもいかないだろう。

 となれば、勝負すべきは俺だ。


 ―――ダァアンッ!


 腹に響く衝撃音。奴の強靭な足が、ダンジョンの床を打ち抜いた。

 20歩はあったであろう彼我の距離は、瞬きの後に消滅する。



 巨体が、目の前に迫っていた。

 俺の身長と同じくらいはありそうな戦斧を振りかぶるその姿に、思わず戦慄を覚えると同時に剣を構える。


「ぐゥッ...っ!!」



 激突。


 奴の戦斧が、俺の聖剣に突き刺さる。


 響き渡る音は、最早形容しがたい物だった。

 衝撃音、金属の金切り声、軋み、断裂する全身の筋肉。



 重い、あまりにも重い。

 アスカロンだからこそ、遺物だからこそ耐えられた。

 他のどんな剣であれど、この一撃に耐える事は叶わないであろう。そう確信する程、重い一撃だった。


 メキメキ、ミシミシと軋む音が絶えず体から発せられる。

 筋肉が悲鳴を上げ、骨に罅が走り続けているのだ。それでも尚耐えられるのは、一重の俺のスキル故だろう。


「――だぁあああッッ!!」


 全身全霊、体の力を全て振り絞って、ヤツの斧を振り払う。

 そしてのけぞる巨体目掛け、聖剣を振るう。



 ――――キィインッ!!



「ハァ!?」


 筋肉を切った音の筈だった。だが、響いたのはその真逆。堅く、甲高い音であった。


 弾かれた。

 ありえない、この聖剣が、無類の切れ味を誇るこの聖剣が弾かれたなど。


 そう思ってヤツの体を見れど、そこには傷一つ付いていなかった。

 大岩でも切ったかのような無力感。


「なんだ、この固さ!?」


 意味の持たない不平を叫びながら、全力で後ろへと飛び退く。

 刹那の後、戦斧が目の前を通過する。


 風圧、衝撃。

 地面へと叩きつけられたミノタウロスの戦斧。

 当たっていたら木っ端みじんどころではないだろう。多分挽肉ミンチになってた。


 コイツは対物理に圧倒的な力を示すようだ。

 ならば、とばかりに俺は更に後退する。



「撃て!」


 そして、俺がミノタウロスと隊員達の直線上から逃れた瞬間。

 叫び声と共に、色彩豊かな弾幕がヤツへと迫る。


 その巨体では回避もままならないのか、魔術の殆どが吸い込まれるようにヤツの体に直撃したのが分かった。

 だがそこまでだった。広がる爆炎と土煙が視界を遮る。


「警戒を怠るな!」


 竜の時の過ちを再び犯す訳にはいかない。俺は警告を言うや否や、ミノタウロスと隊の真ん中で剣を構えて迎え撃つ姿勢を取る。



 数秒も待たずして、ミノタウロスが、土煙の尾を引きながら飛び出して来た。

 やはりと言うべきなのか、その体には傷はなかった。


「クソ、俺達は役立たずかよ!」



 マイルズが吐き捨てる様に叫んだ。

 無力感を感じさせる声色。


 だがそちらに意識を割いてはいられない。


「【銘をアスカロン!】」


 角を突き出しながら突進してくるミノタウロス。

 戦いの術理を感じられぬ、理性無き突撃。


「【一片の恐怖をも弾く勇者が剣】」


 だが、そこには計り知れぬ脅威が見て取れる。


「【仁義を以て信とし】」


 ミノタウロスは直ぐそこまで迫っている。

 最後まで詠唱する余裕はない。


 それでも詠唱を止める事だけは決してせず、今まさに力を蓄えている聖剣で突進をいなそうと、中段に構える。


「【勇気を以て善とする】」



 ―――ここまでか。


 一節を口にすると同時に、奴の角目掛けて全力で剣をぶつける。

 横から、あくまでもいなすための一撃だ。



 再び、激突。



 心臓に、腹に響くような衝撃が走る。


 一直線に向けられた力は横からの力に弱い。そんな常識に疑念を抱かずにはいられない程、強く重い衝撃だった。


 それでも、なんとかいなす事が出来た。

 聖剣の一撃に耐えられず、俺の横の地面へと頭を突っ込んだミノタウロス。


「【我が信念と共に在りては退魔の剣也!】」


 過大解釈かもしれない。だが決して間違ってはいない一節である。

 これは、魔の者を滅する剣だ。


 ならば、竜でなくとも魔物ならばその効力を発揮するはず。

 その期待を込めて、本気の一撃を繰り出す。


「【第四節・勇義信剣ソード・オブ・トラスティイィィッ!!】」



 闇に一閃、光の刃が走る。


 聖なる退魔の光を携え、神罰の如くミノタウロスの脳天へと降る。



 だが、


 無情にも、



「―――マジかよ...」



 聖剣は、再び弾かれた。



 地面に伏していたミノタウロスは、今の一撃をものともせずに立ち上がる。

 言葉にならない悪態を口にしながら、俺は再び後退しようと飛び退く。


 だが、二度も通じる相手ではなかった。



「―――ゥウ゛ガァア゛アッッ!」

「しまっ...―――」




 血に染まったような赤が、俺の目を見た。


 咄嗟に剣を構える。

 だが、空中に飛んでいる状態では踏ん張れる筈がなかった。



 衝撃、引き延ばされる景色。

 何が起こっているのかが認識できない。


 いや、考えれば分かる事だ。


 俺は吹き飛ばされたのだ、弾き飛ばされたのだ。

 耳の直ぐ近くで発生した爆音もあってか、その機能を喪失した三半規管。

 普段のそれを何倍にもしたかのような、横方向の重力。


 それら全てを認識する間もなく、俺はダンジョンの壁へと叩きつけられた。

 暗転する意識、それを手放してしまわないよう自らを叱咤する。



「ライト!?」

「隊長!しっ――しろッ!」



 途切れ途切れの掛け声。

 ダメだ、俺だけはしっかりしなければ。


 フラフラと、まともに足に力を入れる事すら出来ないながらも立とうとする。


 それはまるで、ミアを失う前の俺の様だった。

 だが、あの時のように支えてくれるミアは居ない。


 俺が死なせたんだ。だからもう、俺の力でやるしかない。



「焦るな、俺達が居るだろ!」


 不意に、倒れそうになる体が支えられた。

 力強く、その存在を証明するように。


「――ディラン...」


 すまん、と謝罪が口に出そうになった。

 だがそれを飲み込む。


 今彼が、彼らが求めているのはそんな言葉ではないだろうから。



「...少しの間任せる」

「任された!!」

「了解」




 間を置かずして俺の耳に突き刺さる、二つの返事。

 目を向けると、今まさに飛び出たばかりのフランクとクルトが見えた。


 無謀、とは思わなかった。




「オラッ!行くぞ牛野郎!」



 威勢よく叫びながらの突撃。

 言葉を理解出来る訳がないだろうに、何故かミノタウロスは怒りを露わにしながら戦斧を振りかざした。


 落石の如く、荒々しい重みのある一撃がフランクを襲う。


「―――おッ...っもいなぁマジで!」


 フランクは左手に装着された盾でそれをいなした。

 直撃を避け、戦斧の側面を突く様に。


 だが、そこまでしても衝撃を完全に逃す事は出来なかったらしい。

 その一撃だけで、鉄でできた盾は大きくへこんでいた。


 怯んだように、フランクは大きく後退の仕草を見せる。

 まるで、つい先ほどの俺のように。


 疑いもせず、ミノタウロスは俺の時と同じように飛び掛かる。


「こっちだ」


 いつの間にか、フランクと入れ替わったクルト。

 横薙ぎの一閃を屈んで躱すと、その低姿勢から鋭い刺突を繰り出した。


 だが、相手の体重も乗ったその一撃すらも当たり前の様に弾かれる。

 とは言えそれは予見していた事らしい。表情一つ変えずに、クルトは横方向へと飛び退いた。


 その間に態勢を整えたミノタウロス。奴は額に血管を浮き出しながら、上を仰いで咆哮した。


「ガア゛ア゛ア゛アアア―――ガッ!?」

「うるせぇよバーカ!」


 ミノタウロスの横っ面を、自身の剣で引っ叩いたフランク。

 何処までも馬鹿にしたようなその行動に、怒りが限界を超えたミノタウロス。


 だが、その発露の仕方にはやはり理性などなかった。

 元からないが。


 再びフランクへと突進するミノタウロス。フランクはそれをジャンプで回避する。


 ヤツは敵が突然消えた事で困惑しながら立ち止まった。辺りを見渡すも、頭上に居るフランクには気付かない。


 その隙を見逃す二人ではなかった。

 頭上から急降下するフランクが、ヤツの目に向けて一撃を放った。


 狙い違わず、それはヤツの視界の半分を奪う。

 ヤツは初めてその身を襲った痛みに、抑えようのない苛立ちで叫び声を上げた。

 それでも下手人を叩き潰さんとフランクへ手を伸ばす。


「後先考えずに突っ込むな、馬鹿」


 伸ばされた手に叩き込まれた、強烈な一撃。

 それはヤツの皮膚を傷付けるには不十分だったが、フランクが窮地を脱するには十分だった。


「大丈夫だ!お前が居るからな!」


 地面に降り立ったフランクが、曇りなき笑みと共にそう言った。

 そこには、相棒への無比なる信頼があった。



 溜息を付きながらも、そんなフランクと背中を合わせるクルト。



 二人は、凹凸が合致したように、美しく隙のない構えを取った。



 あぁ、やはり手強い。


 遺物の力なしでは――つまり、単純な剣での勝負では。

 俺が、あの二人に勝った事がない程。



―――――――――――――――

隊員紹介 Part4

クルト

能力:剣と盾を扱える。双子の弟であるフランクとの高度な連携。

投獄の理由:双子は不吉の象徴だったので実家から疎まれていた。15歳の頃に継承権争いに巻き込まれ、冤罪にて投獄された。

外見的特徴:青みがかった黒髪。鍛えられてはいるが一般的な体形、17歳前後。

他の特徴:物静かで、何事にも興味を持たない。頭は良い方。

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