第146話
「書記長、演説をお願いします」
ライトら懲罰部隊が居る所より更に東、まだ名も知られていない超大国にて。
整列された兵士達の目前で、一人の男が壇上に上がった。
「同志諸君」
北方訛りの言葉を操るその男こそ、書記長であった。
「我々は今、一つの歴史的瞬間に立っている。それは、創作より産み落とされた獣を、諸君らの手によって討伐するという歴史的瞬間である。そして敵は強大である。これまでに一度も相見えた事のない、未知の強敵である」
静かなる情熱をその胸に宿しながら、男は演説を続ける。
兵士たちは皆、何処か恍惚としたような、それでいて無比なる覚悟を秘めているような表情を浮かべていた。
「しかし、我々の団結と決意の前には無力である!」
―――ダンッ!!
それは、男が演説台に拳をぶつけた音であった。
「さあ、同志諸君!勝利は我々の手の中にあり!」
―――ダンッッ!!
兵士達が踵を鳴らす。それは決意と覚悟の表明か、はたまた勝利の約束か。
そんな兵士達に、男は演説を締め括る言葉を発した。
「人民連邦万歳!勇敢な兵士たちに栄光あれ!」
「―――では、ここに赤い翼作戦の開始を宣言する!ウラリスキエ山脈に住み着き、人民の富を奪う竜を討伐するのだ!」
〇
「...ハッ!?」
「あっ起きた」
冷や汗と共に跳ね起きた。
一瞬で覚醒した思考で、俺は現状を把握しようとする。
また寝ていたらしい。
昨日あれほど後悔したというのに、俺はまた寝てしまったのか!?
内心毒づきながら急いで辺りを見渡す。
また寝坊でもしたら、自分を許せる気がしなかった。主に情けなさで。
「...良かった、セーフだ」
周りの隊員は皆いびきをかいて寝ていた。
チラリと換気の為に開けた穴に目をやるが、やはり外はまだ暗いようだ。
「ふふっ、今日は寝坊しなかったんだね」
「うぐっ...いや、昨日は本当に済まなかったと思ってる」
そう言った彼女には馬鹿にしたような意図は全くなかったのだろう。天真爛漫に笑うサラを見て、俺はただただ申し訳ないと思う他なかった。
「にしても、何で起きてるんだ?」
土魔術で囲っただけの簡易的な寝床、そこに敷かれた寝袋の上に彼女は座っていた。
一瞬、俺はまたしても膝枕をして貰ったのかと焦る...が、そんな事はない筈だ。酒を飲んでいた訳ではあるまいし、昨日の記憶だってしっかり残ってるのだ。
普通に寝袋に入って、普通に寝た筈である。寝る気満々じゃん、これで何が『今夜は寝ないでおこう』だよ。
なんて愚痴を心の中で溢していると、彼女はふっと笑って口を開いた。
「ライトを見ていたんだ」
「......そう」
内から湧き上がってくるこの気持ちは、一体なんなのだろうか。
彼女の目を直視できなくて、どうしようもなく顔が赤くなってしまう理由は、一体なんなのだろうか。
気になるけど、それは知ってはいけない気がした。
この気持ちを、言語化してはいけない気がした。
それでも、心の何処かでは分かっている。これがどんなモノなのか。
俺がサラに対して抱えている、この気持ちの名前も。
笑わせてくれる。俺が?この俺がか?
全てを投げ打って俺を支えてくれた彼女の最期の姿。感謝の言葉一つ告げずに、死なせてしまったミア。大切な人に『ありがとう』と言う事も出来なかった俺が?
ふとした瞬間に、目を逸らし続けると誓った罪が、その光景が、俺の脳裏を染め上げる。
こんなにも最低なこの俺なのに、どうして誰かかに――を抱けると言うのか。
そんな権利はないし、何よりも俺が認めたくなかった。
だがそれでも、どうしようもない事実だった。
彼女を見ると暖かい気持ちになる事も、近くに居ると胸が高鳴って仕方がない事も。
〇
その後はサラをなるべく意識しないようにしながら出発の準備を整えた。隊員達を叩き起こし、寝袋を丸めてフレームパックに押し込む。
そして、寝ぼけている隊員達の愚痴を聞き入れる事なく俺達は出発した。
空にはまだ太陽の姿は見えず、ただその色のみを紺色の空に映していた。このまま歩き続けていれば、いずれ朝日が山の向こうから顔を出すだろう。いや、もしかしたら俺達がこの山を登りきる方が先かもしれない。
「...足場が悪いな、全員滑落には注意しろよ」
俺達が今歩いているのは、正に山の頂上付近である。麓の時点から分かっていた事だが、やはり辺りは完全に雪に覆われている。
だが、山頂に近付くにつれ麓からは分からなかった事も分かる様になってきた。
「頂上は開けてそうだな。あそこで一度休息を取ろう」
俺達が登っているのは名も知らぬ山である。であるからして、地形も何も知った物ではなかったのだが、それにしては案外順調に進んだ。
そうして足元に注意しながら登り続けること数時間。
山頂は最早目前であった。
しかし自分が先頭で歩いていたからか、どうやら後続の隊員達と距離が出来てしまったらしい。疲れを感じないというのは便利だが、全体行動だとどうしてもこんな事が起きてしまう。だからこそこまめに回りに目を配らなければならないのだが、あと少しで山頂という事もあってそれを怠ってしまった。
欠けている隊員は居ないか、何処か体調の悪そうな隊員は居ないかを確認しながら全員が追いつくのを待つ。
「...ハァ...ハァ...クソ、少しはペース合わせてくれよ」
「悪い。気を付ける」
ヘタヘタになりながら歩いていたディラン。彼が最後尾だった。夜型というのは本当らしい...なんてどうでも良い事は頭の隅に追いやる。ともかくアイツでちょうど13人、欠けている隊員は居ないようだった。
「よし、じゃあ登頂といこうか!」
とは言え、アイツらは全員居る事を確認するまで待つほど律儀な連中ではない。
殆どの隊員は既に既に山頂の方に行ってしまったようだ。
「一緒に行こうよ、ライト」
ちょうど日の出の時間になったらしい。そう言いながらこちらの手を差し伸べたサラの背後から、後光の如く光が差し込んでいた。
「あぁ」
少し気恥ずかしく思いながらも、俺は彼女の手を取る。
そうして引き上げられた向こうには、息を呑むような絶景が広がっていた。
海の如く大地を覆いつくす雲、海に浮かぶ島の如く突き出ている山々。そしてその雲海の向こうからこちらを覗く、神々しいとも思える朝日。
「うわぁ...!」
心の底から感嘆したような声を上げたサラ。彼女を見やると、その目は朝日にも劣らぬ輝きを発していた。
俺は絶景をそっちのけで、そんな彼女に見惚れていた。
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