第138話 合流

遅れました。

ちなみに今回は第113話「君と共に」との対比を用いてます。

よかったら確認してみてね


―――――――――――――――




「...ライトだよね」


震える声で、サラはそう言った。

俺は彼女に着けられた鎖を外しながら、迷うことなく口を開く。


「あぁ、俺だよ」


「...良かった。本当に、本当に...良かった...ッ!」


覚えている。

魔王となって、帝都の城で一人自分を責め続けていた時の事を。

何もかもがどうでも良くて、ただ苦しくて、その苦しみから罰を以て救われようとしていた時の事を。


暗い、暗い、ミアを失った喪失感と罪悪感で閉ざされた、暗闇の心。

そして、そんな暗闇を引き裂いて手を差し伸べた彼女の事を、俺は覚えている。


覚えている。


死を望んでいた。

罰を望んでいた。


それでも。

それでも君を救うと、俺に手を差し伸べた彼女の強い決意が秘められた目を、俺は覚えている。

きっと忘れる事はないだろう。

あの時の鮮烈な金色を、彼女の決意と覚悟の強さを。


あれもまた、信念だったのだ。

俺の為だけに、何もかもを投げ打ってみせるという、強く比類なき信念だったのだ。


だからこそ、俺もそれに応えなければならない。

決意を、何よりも君が大事だという信念を、証明しなければならない。


「――――君を助ける。君を守る。君を救って見せるよ、サラ」


そう笑顔で言った俺に、彼女は安堵と喜びをその顔にありありと浮かべながら口を開いた。その時、金色が輝きを取り戻した様な気がした。


「グスッ...うん!」


俺は彼女の手を取った。


そして歩き出す。

サラを守るために、サラだけの為の未来へと。








「畜生が!なんでまだ魔物が居るんだ!」


その戦線では、人魔大戦の焼き直しの様な光景が広がっていた。

何万もの兵士が陣地に籠り、そこへ襲い掛かる魔物共を撃退する。しかし無尽蔵に湧いてくる魔物にやがて疲弊していき、そうやって幾つもの陣地が陥落しその度に大量の兵士が喰い殺される。


だが、ガル達――懲罰部隊が担当する陣地はまだマシであった。

彼らはその特性により対多数に於いて圧倒的な威力を発揮するのだ。かつて大量に出現し、しかしその屍を晒した巨大な亀の様な魔物。あれさえ出なければ、懲罰部隊は対スタンピードで活躍できる。


とは言えそれにも限度があった。

殺せど殺せど湧いてくる大量の魔物。しかも更に面倒くさい事に、ハゲワシやらカラスやらまでも魔物となって襲ってくるのだ。如何な魔術の弾幕と言えど流石に対空戦闘までもは厳しかった。


「ッ!抜かれた!?」


目まぐるしく発生する大事件のおかげもあって、隊の結束は皮肉な事にライトが帝都へ逃れた前よりも固くなっていた。

しかし消去方で隊長の代わりを務める事になったガルだが、その指示は決して優れたものではなかったのだ。

より広範囲の魔物を殲滅させるため、ガルは隊員を広く横長に配置してしまっていた。必然的にその守りは薄くなり、そのせいでこうして突破されたのだ。


だが、その突破点は突如として焼き払われる。

圧倒的な火力でそこに居た魔物は皆一瞬で蒸発した。


「何をしている!お前らが最後の砦なんだぞッ!」


火の様な怒気を、それ以上に焦りを滲ませながらそう叫んだのはクリスティア第一王女。火の加護を持つ合衆王国最高戦力である。


「橋頭保まで防衛線を縮小する!お前らも戻れ!」


その言葉にガルはギョッとした。

橋頭保とはいわば上陸攻撃の足場の様な物である。上陸戦の緒戦ならまだしも、それ以外でそこを防衛地として使うと言うのは異常事態であった。

何故なら、それは王国から奪った土地をほぼ全て喪失する事を意味するのだから。


「良いのか!?」

「この様子では王国軍が襲ってくる事はない!分かったらさっさと行け!」

「っ、了解!聞いたなテメェら、トンズラすんぞ!」


了解、と返した隊員らが後退を始めるのを見てガルもまた橋頭保向け足を進めた。






「にしても、何なんだコイツら。今までこんな魔物見た事ねぇ」


狭い。橋頭保の周囲を囲む様に作られた即席拠点は、しかし数千人に及ぶ合衆王国軍全員が入るには小さ過ぎた。

汗やら血やらを纏ったむさ苦しい男共が密集したその拠点は、ジメジメとした地獄の様な匂いが漂っていた。


だがそんな不快感はさて置き、ガルはそう言葉を溢した。


クリスティア王女は今前線指揮をしながら魔術を放ち続けている。そんな彼女にわざわざ愚痴じみた事を言う気にはなれず、今の様にただ独り言を言うだけだった。

しかし偶々近くに居たリアムがそれを聞いたらしい。


「俺の故郷にはその辺に居たけどね。まぁこんな数は初めてだけど」

「...すげぇ故郷だな。確か魔海の向こうだったよな?」


ゾッとする話である。いくら野生動物が多少変化した程度の魔物とは言え、それがそこら辺に居る故郷など。

前に聞いた話では、リアムの故郷は王国の南に広がる魔海――探検家の船が一隻も帰ってこない事からそう名付けられた――の向こう側にあるらしい。

そんな遠い国の話ではあったが、やはりこんな化け物が普通に居るとは世界は広いなと思わずにはいられなかった。


「まぁ数には限りがあるだろうし、そう大した事じゃないと思うよ」


そう余裕そうに言うリアム。確かに、野生動物が転化してああなったのならばその数に限りはあるだろう。

そしタイミング良く、その発言を肯定するかのような光景が目に入った。


「お、マジか。言ったそばから数減ってんな」


絶えず押し寄せる大波の如き魔物の集団は、しかしその規模を段々と小さくしていたのだ。地面が見えない程の大群だったが、今ではそうでもなかった。


だがどちらにしろ、橋頭保まで撤退したのは正解だったかもしれない。

本来なら敵の大軍を一か所に集中させるのは悪手だが、第一王女の火力はその常識すら破壊しうるものだ。


敵が集中した所を焼き払えば、一度の攻撃で殺せる敵の数は必然的に増えるのである。つまりは効率化だ。


案外自分たちの出番はなかったな、と一息つくガルだった。とは言え、ガルの場合は何とかなりそうと判断した時点で他の隊員に任せていた――つまりサボっていたので何とも都合のいい話であるが。


そして丁度その時、クリスティア王女が最後のとどめとばかりに大魔術を放つ。大地は焦土と化し、目視できる範囲から魔物は消え去った。


「相変わらず凄ぇ火力だ...正直今の俺らって決定打に欠けるよなぁ」

「まぁそうだな。俺の鉄槍だって破壊力自体はあるんだろうが、実用性が皆無だ」


リアムが空を見上げながらそう言った。彼らの肉眼では分からないが、上空では数十本の鉄で出来た槍が滞空していた。

確かに破壊力は抜群だ。しかしそれはどちらかと言うと貫通力に優れていると言うだけであり、リアムの鉄槍は殲滅力や命中率、速射性という点に於いて大きすぎる欠点を抱えているのだ。


「それもライトが居れば変わるんだがな」

「...やめろよ。もう隊長は死んだんだ」


表情を険しくさせる両者。

彼らは知らないのだ、王都で、帝都でどんな事が起きたのか。ライトが今何をしているのか――というかライトがエルによって逃されたという事すら知らないのだから、彼らはライトは公開処刑によって死んだと思っているのだ。


ハァ、と深いため息をついてガルは仰向けに寝転んだ。


しかしそれは最悪のタイミングだったようだ。


「...貴様の怠け癖の度合もここまで来れば一流だな。軍属ならば上官の指示には従えと何度も教わったはずだろう」


顔に青筋を浮かべながらそう言ったクリスティアに、ガルは思わずたじろぎながら反論した。


「うっ、いや軍属と言われても特殊だし――」

「そうだな、特殊だ。王族直属という点に於いてな。だから上官命令だ、残りは全部貴様らがやれ」


割とキレているらしい。まぁそれも無理はないだろう。彼女は不機嫌なのだ、今までにない程に。

ライトの公開処刑日だと言うのに急に魔物に襲撃され、かと思えば自分に次ぐ最大戦力である懲罰部隊の臨時隊長があの態度である。

そして大前提として、彼女にとって大切な妹であるサラが王国に囚われている事、そんなサラを救出しに行けないせいで機嫌が限界突破しているのだ。勿論下方に。


「...うっす」

「それが上官に対する態度か?次改めなければ本当に焼くぞ」

「了解!」


火を手にチラつかせながら言ったクリスティアに、今更のように敬礼しながらガルはそう返事をした。

尊厳もクソもあったものではない。そんな物は元々ないが。


「...なんか、ガルって尻に敷かれるタイプの男だったよな、絶対」

「うっせ」


何だか愉快なやり取だった。それはまるで隊長ライトが居なくなってしまう前のようで、ガルは再び、それも先程のよりも大きな溜息をつく。


あぁ、しかし。本当に、俺達はこれからどうなるのだろうか。

隊の安定はして来た。

王国との戦いや、支配者層が大勢死んだこと。まぁその他になんやかんやあって、懲罰部隊内での対立は殆どなくなっている。しかし、その一方で隊の士気は最悪に近かった。


レオを失った。最も信頼出来る隊員を、部隊としての安定性を失った。

テオを失った。中立的かつ仲裁に優れた隊員を、部隊としての切り札を失った。

隊長を失った。力と決断力を持つ隊長を、部隊としての強さを失った。

サラを失った。その士気の源である隊員を、部隊が作られた目的を失った。


他にも何人もの隊員を失った。

エイベルの策略に嵌った時に5人、ライト経由で情報を掴んだ王国軍の奇襲で7人、人魔大戦で3人。そして今挙げた4人を加えれば計19人だ。


そうしてどんどんと数を減らした懲罰部隊の隊員は、今やたったの12人だ。

腰へ目をやる。そこには銀で出来た短剣があった。


懲罰部隊の全隊員に与えられたそれには、その全てに持ち主である隊員の名前が刻まれている。本来なら一人一本のハズのそれも、しかし今や一人二本持ち歩く事になってしまった。

残念な事にライトとテオの分は回収出来ていないし、サラとてその死が確定した訳では無い。だがそれでも、持ち主を失った短剣を見ると昏い感情が心を支配してしまうのに変わりはなかった。



「...ガル、感傷に浸るのも構わないけど、魔物来てるぞ」

「っ、そうだな。悪い」


まぁそれは後々考えれば良いだろう。

そんな風に思考を切り替えたガルは、パラパラと群れから逸れた魔物達を見やった。あの数ならば数分で終わるだろうと考え、いざ号令を出さんと口を開いたその時。


「...何だ?」


魔物達が急に真逆へと方向転換をし出したのだ。

訳も分からずそれを眺めていた隊員らだったが、しかしその魔物達が一点を目指している事に気付いた。


「誰かこっちに向かってるのか?」


魔物は近くに居る人間を標的とするらしい。ならばその魔物達が向かう方向に人が居るのだろう。という事はその人物は今危機に陥っているのでは、と考えた。


「まぁ何処の誰かは知らんが一応助けに行こう」

「了解」


王国軍、という可能性はないでもなかったが、だったら自分達で撃退すれば良いだけである。まぁ流石に騎士団やら魔術王やらだったら厳しいが、彼らが王都に居るのは把握済みだった。


よってその人物は普通の人間だろう――そんな考えは、しかし猛然と走っていた魔物と共に消し飛ばされた。


宙を舞うは数秒前まで魔物だった肉塊。

そしてその光景に懲罰部隊は警戒心を抱いた。



――――だが、その警戒心もまた一瞬で無くなった。




「あれ、隊長とサラか...?」




こちらへ走り寄る、かつての隊長とサラの姿を目にした事によって。




―――――――――――――――――

前書きで言ってないけど前話のサブタイトル修正しました。

当初の予定ではターニングポイントを前、中、後、の三つに分ける予定でしたが、それだと後の部分が1万文字くらいになるので中を後に変えてターニングポイントを終わらせて、後の部分は普通に書く事にします。

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