ターニングポイント・後 今、君と共に歩き出す



「ご名答」


あの魔術王が、その生涯を掛けて作り出した魔術の頂点。それを無詠唱で。

あぁ、やはり底が知れない。


創造魔術と言っても、魔術王のそれとは大分毛色が違うようだった。彼のそれは、世界までも作り変えてしまうようなものではなかった。


詰まる所コイツは剣術では剣聖を、魔術では魔術王を超える程の力を持っているのだ。それが借り物の――コピー能力の賜物――であろうとも、それが脅威である事には変わりはない。




...変わりはない、筈だった。

何故だろうか、こんなにも圧倒的な力を示されている筈なのに、俺はこの魔術から全くの脅威を感じなかった。


「...は、ハハ。お前もしかして、大したことないなとか考えてないか?」

「あぁ、そうだな」


こちらの思考を読んだような発言。だが不思議な事に、その事実に焦りを覚えたのはエルの方だった。


「...馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な馬鹿な...こんな事があって堪るか。こんな筈はない、こんな...こんな事が許されて良い筈がないだろうッ!!」


そう叫びながら頭を掻き毟るエル。

何にそんなに焦っているのか理解出来なかった。意味不明で不気味なのはいつも通りなのだが、奴があんなにも焦っているのを見たのはこれが初めてだ。


「...あぁ。あぁ、嗚呼!なる程なァッ!そう言う事か!!じゃあもう良いよ!こんなクソみてぇな魔術にはもう頼んねぇ!だから死ね!ライト・スペンサー!!」



...油断をしていた訳では無かった。

寧ろ、何の脈絡もなく発狂するエルに警戒をしていたつもりだった。


だがしかし、常に馬鹿にしたような、何もかもを見通しているような、そんなエルが初めて見せる焦りと、今まで以上の狂気に気を取られていたらしい。

そして、それは十分すぎる程の隙だったというだけだった。


「ッ【反魔のアンチ―――」


間に合わない。今更のように剣を抜き詠唱を口にしようにも、目の前に広がる魔術の弾幕はそれを許してくれそうにはなかった。


何を思う間もなく、全身が一瞬で粉砕される。

その度にスキルで修復しようにも、体はコンマ数秒と経たぬうちに再び破壊される。


剣が抜けない。魔術の詠唱が出来ない。

回避も無理だ。頭一つ分以上の隙間すら見当たらな以上、どんな回避を取ってもその先には魔術がある。


そして残念な事に相手の魔力切れを期待するのは最も馬鹿げている。

正に八方塞がりだ。詰んでいるとも言えるだろう。



―――あぁ、しかし。


故に不思議で堪らない。

こんなにも絶望的な状況なのに、何故俺にはこんなにも余裕があるのだろうか。


一方的に魔術を放ち続けるエル、そしてそれを喰らい続ける俺。にも関わらず、焦りと絶望感を覚えているのは相手の方だった。


「どうだ!?手も足も出ないだろうッ!こうあるべきなんだ、これが本来の俺とお前の力関係なんだ!お前の勝ち目はないんだよ!!」


そんな絶望感を誤魔化すようにそう叫ぶエル。


あぁ、間違っていないとも。俺はお前の手も足も出ないし、お前の方が力がある。この状況で俺に勝ち目がある筈はなかった。


俺も、そんな事は頭では分かっている。だが心はそうは思っていないようだった。

こんなにも程絶望的で、こんなにも詰んでいる状況でも、全く痛痒にも感じていないようだった。


――――その理由に、何となく心当たりがあった。





視界が暗転した。

何もない、真っ暗な空間だ。光も音も匂いさえもない、無の空間だった。

ここが何処なのか、そんな事はきっと重要じゃない。


重要なのは、ここで何をするかだ。


―――あぁ、なる程。俺は試されているのか。


『何故生きている』


何処からともなく、声が聞こえて来た。

咎めるような、責めるような言葉。

しかしその声色は、何かを試すようなそれだった。


「サラを救う為だ」


『血に塗れたその手で、今更誰かを救おうとするのか』


「あぁ」


今度こそ険しい声色だった。

強く問う様な、答えを間違えれば即ち死と、そう思わせるような。

しかし、それでも不思議と心は静かかだった。


『世界は、運命は残酷だ。貴様はそれに抗えるのか』

「...俺は弱者だった。信念を持たず、只状況に流されるだけの」


想う。

あぁ、そうだ。俺は正に弱者だった。誰も救えず、誰も幸せに出来ず、自分さえも守る事が出来ない弱者であった。

ミアを救えなかった。自分の心すら守る事を出来ず、結果多くの人に死と不幸を振り撒いた。それを弱者と言わずなんと言うのだ。


『だが今の貴様には力がある。血と罪の結晶が、業深くも圧倒的な力が』

「強さとは力ではない。強さとは在り方だ、生き方だ」


脳裏を過るはエルの姿。

あれほど圧倒的な力を持ちながら、しかし奴は決して強者には見えなかった。狂気に堕ち、焦りと恐怖を滲ませ幼児の様に力を振り撒く奴は。


「そして、それは貴方が一番知っている筈だ」


『...あぁ、であろうな。故に問おう、今の貴様は強者か』


「そうだ」


これだけは断言出来る。今の俺は、紛う事無く強者であると。何にも挫けず、運命に抗う事が出来るだけの強者だと。


『何故』

「俺はサラを救う。何にも脇目を振らず、只彼女を救う事だけに全てを掛ける。俺は信じている。彼女を救えるのは俺だけだと、そして俺にはそれが出来ると」


強者が強者たる所以。それは覚悟だろう。信念だろう。

自分が知っている強者を思い浮かべる。


ヴァルターは自らが何者であるかを知っていた。自分こそが帝国を導けるという確信を元に、帝国の為に戦うという信念を持っていた。

魔術王は生きる目的を明確にしていた。自分こそが魔の頂点足らんと、研鑽と努力を欠かせなかった。

剣聖には信念があった。王国の為にその剣を振るうという確固たる信念が。


あぁ、何故忘れてしまったのだろうか。

父に、剣聖に言われたではないか。お前には信念がないと。


そして、決心したではないか。自分の全てはサラに捧げると、彼女の為だけに剣を振るい続けると。


今こそ、その決心を、覚悟を証明する時だ。

「俺は罪に背を向ける。向き合う事は決してしない。自分の贖罪なんぞ、サラを救う事に比べれば些事だ」


あぁ、そうだ。俺が犯してしまった罪は重い。

故に、そんな物を背負いながらサラを救う事は出来ないのだ。


だからこそ決して向き合わず、ただ罪から逃げ続けよう。


『逃げられると思っているのか。罪からの逃避行は必ず貴様を破滅させる』


「それでも、それしかないのだから」


思う。俺は、何人もの人の助けでやっとここまで来れた。

道を進む準備が出来た。


目は開かれた。聖女の紋証魔術で狂気が取り払われ、自分を振り撒く現状をこの目で見る事が出来るようになった。


道は示された。ヴァルターの助言で現状を把握する事が出来た、俺がするべき事を――進むべき道を知る事が出来た。


扉は開かれた。テオやヒロのおかげで、障壁と成り得る戦力は排除された。


『貴様が往く道は険しい。茨の道だ』

「その為の剣だ。茨を切り裂き、道を切り拓く為の剣だ」


後ろからは罪が追い縋って来る。この手は血に塗れ、憎悪と怨嗟の声が離れる事は無いだろう。それでも、この穢れた手を君に差し出そう。



そんな決意をした瞬間だった。


場面が変わる。何もない暗闇の空間から、凄惨な場面へと。


男が居た。その男は拷問を受けていた。

磔、火釜、鞭。この世の悪意を詰め込んだような、そんな惨い拷問を。


しかし男は屈しない。どれ程迫られ様とも、どれ程苦痛を与えられようとも、その信念が揺らぐ事は決してなかった。



『分かるな』




後ろから声がする。振り返らずとも、それが誰の物なのかは分かった。




「あぁ、分かるとも」




『良かろう。では、貴様はこれより――――』





『聖剣アスカロンの、正統なる所持者である』










目を開く。

手には剣があった。



銘をアスカロン。

それは、信念を突き通した者の剣である。


「【彼の者の名はゲオルギウス】」


魔術は絶えず俺を襲う。

しかし、それが当たる事は無かった。


この剣は逆境に立ち向かう為の剣である。

それを邪魔する事は、何人たりとも出来はしない。


「【黄金伝説の殉教者】」


エルの表情が歪んだのが分かった。先ほどよりも一層焦りを滲み出しながら、今更のように剣を抜いて斬りかかろうとしてくる。

その剣もまたアスカロンだった。しかし、その刃に宿る輝きは俺のそれとは比べ物にならない程弱弱しい。


対する俺のアスカロンは、爛々とかつてない程の光を放っていた。


「【聖大致命者にして救難聖人】」


如何に焦っていようとも、その身に染み付いた動きは覚えているようだった。鋭く洗練された一閃が俺に向かって放たれる。

しかし、それすらも無意味であった。


「【彼の者の剣の名はアスカロン】」


エルは抵抗を続けた。しかし反魔のアンチ・ソーサリーさえも、理を破壊するシステムクラッシャーさえも詠唱を中断させることは出来なかった。


「【それは抵抗の象徴にして無敵の剣】」


剣の輝きが最高潮に達する。

ジュワーズの様な神々しさはなく、ただ強い、強い光だった。


「【唱え。思い邪なる者に災いあれ】」


光を――或いは覚悟を宿した剣を上段に構える。

エルは剣を下ろしてただ茫然とその光景を眺めていた。


―――さぁ、そこを退け。




「【第一節・守護聖剣】」








地獄を切り裂いた光は、そのまま広場を照らした。

きっとあれでもエルは死んでいないだろう。だがそれでも、最早その脅威は除かれたも同然だった。


広場にはもう誰も居なかった。

突然発生した戦闘に、民衆は訳も分からぬまま逃げ惑ったのだろう。


そんな広場の真ん中に聳え立つ処刑台。

誰にも邪魔をされる事なく、俺はそこに辿り着いた。


「ライト...!」


彼女の声には喜色が含まれていた。

あぁ、それもそうだろう。


きっと彼女が最後に見た俺の姿は、狂気に染まった物だっただろう。

きっと、彼女はずっと待ってたのだろう。俺がこうして立ち直る事を。


だから、その喜びに答えられるように。

しっかりと、彼女の目を見ながらこう言った。


「遅れてごめん。君を助けに来た」




――――――――――――

聖ゲオルギウス:英語圏ではアーサー王に並ぶ大英雄。拷問され棄教を迫られるも拒否して殉職者となった。またの名をセント・ジョージ

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