第134話

どうも、帝国ゴリラ改め宰原アレフです。いやーなんか違和感しかないけどまぁこれからも宜しくお願いします。

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日が沈み、その残光を吸収したかのような明るい月の下。昨日聖女と別れた場所で、ライトは再び彼女と会話をしていた。聖女が集めた情報を聞くためである。


とは言え、教会の方から集められる情報など大した事は無いだろうとライトは高を括っていたのだ。


「...は?死んだ?」

「はい、ご自宅で...」


それは、そんなライトを呆然とさせるような情報であった。

魔術王の、訃報である。


ライトには自分が魔王であった時の記憶はない。だから、彼が最後に見た魔術王の姿から死は連想出来なかったのだ。あと10年は生きそうな元気な老人。それがライトの魔術王に対するイメージであった。

だが実際は違う。愛弟子を失った彼の活力はみるみる失われ、そして魔獣討伐が終わった今、彼に生きる目的は無かったのだ。


「...エルか」


そして、そのようなイメージを抱いていたライトは、魔術王が死んだと聞いて誰かに殺されたと思ったのだ。そしてそれ成しうるのはエルしかいなかった。

だがそれは聖女によって否定される。


「...聖女として彼のご遺体を見ましたが、怪我や異常は全く見当たりませんでした。それに、随分と穏やかな表情でしたよ。間違いなく、老衰です」

「馬鹿な...いや、そう言う事か」


そこまで聞いてライトはその表情を暗くした。つまり、魔術王が衰えて死ぬ理由に思い至ったからだ。

ミアの死。それがきっと、魔術王の心に大きな影を落としたのだろう。


魔術王とは特段親しい訳でもなかったが、彼はこの時代を代表する偉人だ。自分が生まれた時からずっと有名で、その名を知らない人間は居なかった。そんな偉大な人間が死んだ、というのは何だか複雑な思いを抱えられずにはいられない。

しかも、その要因は俺にあるというのだから。


だが状況的に考えればそれは吉報だろう。騎士団はテオが対処し、魔術王はもう死んだ。ならば王国の最高戦力らでは俺を止められない。


通常戦力、騎士団、魔術王、そしてエル。戦力的な障害は以下の4つであったが、今やそれは2つのみとなったのだ。

だがこれ以上の成果は期待出来ない。処刑が行われるのは明日なのだから。


ここまで来れば、後はもう戦うだけだろう。


――――なんて覚悟を決めるライトに、声を掛ける人影が一つ。



「おっ、ラッキー。まさかこんなに直ぐ再開出来るとは思ってませんでしたよ」


飄々とそう話し掛けられた。声には聞き覚えがあるし、俺に対して敬語モドキを使う奴にも一人しか心当たりがなかった。


「ヒロか。用とやらは済んだのか?」

「まぁ、はい。結構時間かかっちゃいましたけどね」


それにしても、その用というのは何だったのだろうか。気になって尋ねた事はあるが、はっきりとした回答は終ぞ聞きそびれていた。

しかし、そんな事よりも気になる事があった。今までも疑問に思わないでもなかったが、別にどうでも良いかと捨て置いていたのだ。


サラ救出が成功してもその後は合衆王国へ戻る計画だし、失敗は即ち死を意味している。だから、俺とコイツの関係は今日で終わりだろう。思えば、随分と奇妙な縁だった。コイツに敗北しなければ俺はエルと関わりを持つ事は無かったし、腕を切り落とされた時など必ず殺すと決心したのだ。

しかし今はこうして協力関係にあり、気が置けないとまでは行かぬものの割と普通に会話出来ている。


「...今更だが、良いのか?聖女と違ってお前は重要人物じゃない。俺と関わりを持っている事を知られたら即処刑だ」


だが、だからこその疑問だ。

普通あそこまで険悪だった相手に関わろうとするか?それも、リスクを冒してまで。


「まぁ、確かに重要人物じゃないですね」

「...まだ、だと?いや、それより気になるのは、お前が何故俺と関わろうとしていたのかだ」

「うーん、運命ですかね?」


運命。それはエルの行動指針にして狂気的な執着心を持つ物だ。それをおどけたように言ったヒロに一瞬イラっとした。


「俺は真面目に聞いてる」

「あはは、すいません。でもほんとに大した理由はないんですよ。強いて言うなら罪滅ぼしですかね?」

「罪滅ぼし...?腕の件ならもう済んだだろう」

「まぁそうなんですが、僕にも色々あるんですよ」


ヒロにはどうやら言うつもりはないようだった。

ならこれ以上の詮索は無意味だろう。


「用はそれだけか?」

「あぁいや、実は伝えておきたい事があって来たんですよ」

「何?」


まだあるのかと眉を顰めながらそう言う俺に、ヒロは不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。その表情は、一言で言えばドヤ顔だった。


「王国軍は明後日にはその機能を停止します」

「...は?」


顰められた眉が更に険しくなるのを感じた。何を言ってるんだ、コイツは。王国軍の規模は数十万を優に超えている。それを全て、それも明後日までという短期間で機能停止に追い込むなどエルにも出来やしない。


「冗談はよせ。今はそんな事に付き合う時間などないんだ」

「いいえ、僕は大真面目ですとも」

「...じゃあせめて理由を聞かせろ」


断言するようなヒロの口調に、或いは本当なのかもしれないと一縷の望みを掛けてそう尋ねてみた。


「あの猪の魔物、覚えてますか?」

「...それが何だってんだ」

「魔物は後天的にも成り得る、あの時そう言いました。そして魔力を浴び続ければそうなるとも」


ヒロはそこで一度言葉を切った。

如何にも「今から大事な事言います」みたいな雰囲気に、思わず唾を飲み込む。


「普通の生物が魔力を浴びるだけでは魔物化はしません。魔力が含まれた魔物の死骸を喰らう事で、生物は魔物化への適正を獲得するんです」


脳裏をとある光景が過る。

あの戦争で、魔術王や第一王女が出した大量の魔物の死体の山。至る所にあり、そしてその大量さ故に終ぞ対処出来なかった死体の山。


「...まさか」

「はい。あの戦争で出た大量の魔物の死骸、それを喰った野生生物の殆どは魔物化していると考えて間違いはないでしょう」

「...待て待て待て。ならそいつらは今どうしてるんだ。」


そうだ。もし本当にそれだけの量の魔物が発生しているというのなら、そいつ等が大量に発見されていないのはおかしいではないか。


「言ったでしょう。魔物の死骸を食べるのはあくまでも条件の一つです。奴らはその後魔力が豊富にある場所へ行き、そこで魔物化したんです」

「魔力が豊富にある場所だと?」

「魔石の話、覚えてます?」


急に魔物とは別の話を出したヒロに一瞬困惑しながらも、まぁ関係ない事を話し出す事はないだろうとあの時の会話の内容を思い出す。


「魔術用の炭か油みたいな物...あと鉄みたいに採掘出来る、だったか?」

「そうですよ。そしてその魔石が採掘出来る場所こそが魔力が豊富にある場所であり、魔物共の根城となる場所なんです」

「...成る程、理解出来た。だがそれが王国軍の機能停止とどう関係してるんだ」


ここ二日間で状況が変わり過ぎて少し付いていけない。テオとの再会、魔術王の訃報、そしてヒロの発言。

情報の波に吞まれそうだが、これは聞いておかないといけない種の情報だ。明日の行動の成功率、延いてはサラの生存率に関わって来るのだから。


「その魔力が豊富にある場所...ダンジョンと言うのですが、そこの魔力だって限度はあります。そしてその限度を超えた時――つまり魔力が尽きた時、ダンジョン内に居た魔物は狂暴化。魔物と同じように魔力を持つ生物である人間を標的として一斉に襲い掛かるんです」

「...それが、明後日だと言うのか」

「はい、名をスタンピードと呼ぶのですが、それには周期というのがあるんです。厳密に言えば明日ですが、人里に降りて来るまでの時間を考慮すれば本格的に混乱し出すのは明後日でしょう」


...こんなに美味い話があるだろうか。

騎士団は偶然再会したテオが何とかしてくれて、魔術王は老衰で死亡。そして通常戦力もこれまた偶然スタンピードの周期と被った事で脅威ではなくなったと来た。

ここまで来ると、恣意的な何かを感じる。


これが運命という奴なのか。俺が激しく憎悪して止まない運命だというのか。いつもいつも、俺に牙ばかり剥き、不幸ばかり齎す運命。それが、何故か今回ばかりは味方に付いているようだった。


ミアの時もこんな風に上手くいってくれればよかったのに、と思わずにはいられなかった。だがそれは詮無き事だろう。あれは俺が背負わなければいけない罪なのだ。


そう暗くなりかけた思考を振り払い、思いついた事をそのまま口にする。



「...そうなれば新聖帝国の方も危ないな。もしかしてその対策の為に帝国に残っていたのか?」

「はい。これで帝国は大国としての地位を取り戻すでしょう」

「そんなにか?どういう対策なんだ、それ」


その言葉に、ヒロは待ってましたとばかり顔に笑みを浮かべた。



「冒険者ギルドの設立、ですよ」




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新作のストックは五万文字超えてから放出します。一体いつになるんだか...

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