幕間2

投稿遅れました。申し訳ない...

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「...まさか生きているとは」


この感覚、あれだ。隊の誰かにお酒を飲まされた次の日の朝みたいな感覚だ。

つまり頭が痛い。

でもそれは自分が生きている証でもある。死んでいたらこういう風に頭痛に悶える事もないのだから。


「というか何処だ、ここ」


全く見覚えがない。

一瞬また王国に捕まってしまったのかと思ったが、それにしては手錠も猿轡もつけられていないのはおかしい。

内装を見た感じではただの民家のようだし、怪我をした僕を見て看病でもしてくれたのだろうか。


しかし、それにしては既視感を感じる。なんというか、部屋の雰囲気の様な物が似ているのだ。僕が帝国に連れ去られる前に住んでいた、つまりは僕の家族の家だ。

もう昔の事だ、と言える程年を重ねている訳では無い。それでも、重ねて来た経験と超えて来た苦しみが、今まで過ごして来た年月をこうも長く感じさせるのだろう。

だけど、今僕の頭を占めるのはそんな懐古の念ではなかった。


「はぁ...生き残れたなら、あんな幻覚見なくたって良かったのに」


僕が意識を失う前に見た最後の景色。そこには長年恋焦がれていた彼女が居て、そんな彼女に僕は思いを告げる事が出来たのだ。

とは言えそれが死の間際に見る幻覚の一種なんてことは分かっている。

職業柄色んな人の死を見て来たんだ。居もしない誰かに手を伸ばして謝りながら死んだ人、ありもしない金を握りしめて死んだ人。僕もそういう人たちの一員になりかけたというだけなのだろう。

だけど、そうと分かっていても落胆せずにはいられない。


そうこう思案を巡らせていると、扉の奥から誰かの気配を感じた。悲しいかな、これも暗殺者として身に着けた力である。


そしてその人物は、遠慮がちにドアノブを捻って扉を開けた。



―――フワッ、と。それはまるで、日溜まりで干したシーツを広げた時の様だった。

だけどそこから広がるのは日の匂いなんかじゃなくて、色鮮やかな花畑の中に居るような、そんな匂いだった。

そして蘇る思い出、感情、情景、そして想い。


それらは全部、目の前に居る彼女によるものだった。


「...アイラ?」





それは、奇しくも彼女がテオと再会した時と同じであった。

テオは彼女との再会喜ぶのではなく、ただ何故そこに君が居るのだと言う困惑を滲ませながら相手の名前を呟いた。


とは言えそれも仕方のない事であろう。何せ彼が幻覚だったと思い込んでいるあれを除けば最後に彼女と会ったのは何年も前の事なのだから。


そう呆然とする彼に、アイラは手に持っていたコップを落として、しかしそれには脇目も振らずにテオに駆け寄った。


「テオ...っ!」

「ぐぇっ!?」


そして、そのままかなりの勢いで抱き着いた。

しかし彼は怪我人である。いくらアイラが聖教会所属所属とは言え、所詮は見習い。そんな彼女だけで懲罰部隊が助けるのを諦めた程の負傷を完治させることは出来なかったのだ。あくまでも応急処置としての側面が強かったのである。


つまり何が言いたいかと言うと、そんな大怪我をしたテオにとって人一人分の重さが突然のしかかって来るのはかなりの衝撃だった。


とは言えそれは悪い事ばかりではなかったようだ。突然現れたかつての幼馴染にすっかりフリーズしてしまったテオの脳みそだったが、しかしその衝撃によって元通りになったのだ。


「...アイラ、アイラなんだね?」


テオはそう確かめるように、恐る恐るといった口調でそう尋ねた。

テオは彼女から名乗られていないのだ。目の前の彼女には確かにアイラの面影はあるが、それも他人の空似と言う可能性だってある。まぁ他人が自分の名前を叫びながら飛びついてくるとは考えづらいが。

それに、面影があるとは言えど以前の彼女とは纏っている雰囲気が全く違うのだ。天真爛漫を体現するような溌剌とした少女だったアイラが、どうしてこうも闇を抱えているかのような雰囲気を纏えると言うのだ。


そんな一種の疑問が含まれたテオの問いに、しかし彼女は笑顔を浮かべながら口を開いた。


「うん!私だよ、アイラだよ!」


あぁ、なんだ。やっぱりアイラはアイラじゃないか。

太陽のように眩しい笑顔をその顔に浮かべた彼女を見ながら、テオはそう安堵した。

しかし、そんな太陽は一瞬で雲に覆われたように曇る。涙をポロポロと溢し、鼻を啜りながら、喋るのもやっとという状態で口を開く。


「...良かった。良か、った...!テオが生きてて、本当にっ...!」


彼女からすれば、テオが眠っている間はずっと気が気でなかったのだ。

やっと再会できた幼馴染なのに死んでしまうのではないかと、そうずっと気を張り詰めていたのだ。

そんな極度の緊張から解き放たれた反動で、彼女は止めどなく涙を流し続けていた。


「あ、あれ?おかしいな...私、テオがい、生きててくれて...嬉しいのに...っ!」


しかし、涙を流している本人にその自覚はなかったのだ。

故に自分は何故泣いているのかと困惑しながら、それでも涙を止められずに戸惑い続ける。


「ごめん」

「な、なんでテオが...」

「君の傍から離れてごめん。心配させてごめん...君を泣かせて、ごめん」


テオは最後の言葉を言うや否や、未だ泣きじゃくるアイラの体をそっと抱擁した。

その温もりのせいだろうか、彼女は声を抑える事はもうできず、やがて幼児のように泣き出した。


「私っ、凄い心配で...!」

「うん」

「せっかく会えたのに...っ!死んじゃうんじゃ...ないかってっ!」

「うん」

「もう、起きないんじゃなないかってっ!」

「大丈夫だよ、アイラ。随分と寝坊してしまったけれど、僕はちゃんと起きたよ」

「...良かった。テオが生きてて、本当に良かった...っ!」


そうして二人は、固く互いを抱き合うのだった。

もう離さぬように、これから先はずっと一緒に居ようと言う決意の固さを示すように。ずっと、抱擁し合っていたのだった。





「テオ!このバカ息子、どれだけ心配掛けたと思ってるの...!」

「よさないか母さん...今は只、俺達の子が生きてたことを喜ぼう」


ちなみに余談であるが、彼らが抱き合っている所に突撃したテオの両親とはひと悶着あったらしい。


なんともありふれた、チープなハッピーエンドである。

童話か絵本ならばここで終わり。皆幸せに生きましたとさ、そんな風に締めくくられるであろう。

まぁ確かに、テオの物語がここで一区切りついたのは否定しない。


しかし世界とは様々な――そう、人の数だけ物語があるのだ。

またそれらの終わりは死以外の何物もあり得ず、であるからしてテオの物語は未だ終わった訳では無いのだ。


そして、物語は再び交差する。

幸せを手にしたテオの物語と、全てを失い掛けているライトの物語が。



これは、その交差の前日譚に過ぎないのだ。




――――――――――――――――

最近本作のタイトルもう一回長くしようか悩んでる。だってタイトル長かった時の方がPVついてたんだもん...あとはキャッチコピーか。正直この二つのどちらかでその作品がどんな物語なのかを伝えられないとキツいのかもしれん。

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