第129話

投稿遅れました

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「我が、我こそが皇帝である!!」


ヴァルターが処刑人をやるのは王国側の意向であった。

帝国の力の象徴であるヴァルターが権力の象徴である皇帝をその手で殺す事で、ヴァルターは王国の物になったという事と帝国の体制が崩壊した事を民衆により印象付ける為の茶番。

それが、本来行われるべき物であった。


だが、前皇帝はそれを逆手にとった。


王国に敗北したのは帝国であるが、帝国は革命を以て崩壊したのだ。つまり新たに生まれた新聖第二帝国に賠償の義務は発生しない。かつて受諾した諸条件に関しても前政権の皇帝が署名した物で、それ以降に革命で新国家となったのだからこれも該しないのだ。

これは王国の帝国に対するスタンスを早期の段階で決定しなかったという点を突いた一種の屁理屈の様な物であるが、政治などそんな物だ。


「暗愚であった皇帝に代わり、この我が新たな帝国を率いるのだッ!!」


ヴァルターは演説を続ける。彼の剣と彼自身が持つカリスマ性を、混乱を避けるために抑えて来た本性を存分に曝け出しながら、国民を見入らせる。


「繰り返す!!我に従え、我に傅け、我に続け!!」


ジュワーズは権威と王位の象徴、それが認めるのは支配者の器を持つ者のみ。この事態は、そんな事すら知らずにヴァルターを処刑人として起用した王国の怠慢だ。


彼ならば、圧倒的なカリスマを持つ彼ならば。

帝国は、再び一つになるであろう。

民意は彼の意志の元に、その力は彼の為にのみ振るわれる。

全ては、新たな皇帝陛下の為に。


「...こ、皇帝陛下万歳Sei Heil!!」

「うおおおおぉ!!」

「帝国に誉れあれ!!」


頂点に達したかと思われた民衆の興奮は、ここに限界突破した。

その覇気とカリスマ性に当てられた彼らは興奮のあまり叫びまくり、それがまた他の大衆にも彼が新たな皇帝である事を印象付ける。


「...宜しい!!これより我が新聖第二帝国の帝都を不法に占領する敵勢力を排除する!!我に続け!!」


ちなみに真っ先に殺されたのは、やはり前皇帝に無礼な口をきいた兵士であった。







無謀だ、そう思わずにはいられなかった。

通常戦力が大きく削られ、国力という国力を失った帝国がどう王国に勝とうと言うのだ。ヴァルターがどういうつもりで先の宣言をしたのか、全く理解出来なかった。


「行こうライト。あとは何してくれるさ」


確信をもってそう言ったヒロ。その不敵な笑みに思わず心の中でお前に何が分かるんだと呟いた。


「時代が、世界が変わるんだ...何も問題ないさ」


まるでエルのようにそう言うヒロに、ライトは目を顰めながら、しかし何も言えずに歩き出すのだった。










「...遺物持ちが革命?」

「は!前皇帝の処刑後、ヴァルターが皇帝を時期僭称、第二帝国の建国宣言と共に帝都周辺を担う王国軍が駆逐されました!!」


合衆王国への戦争に関する会議が行われるはずの場であったその会議は、突如乱入してきた報告兵によって混乱が齎された。


「馬鹿が!それでは自国の地位を落としてまで何をしようと言うのだ...!」


国王が机に拳を叩きつけてそう叫ぶ。

彼の心労は限界に達していたのだ。

人魔大戦が終わったばかりだと言うのに、大罪人であるライトはエルに誘拐され、処刑を行うと宣言した手前撤回は出来ないと来た。しかも聖女という信仰上もっと重要な人物までもが姿を消し――こちらも間違いなくエル絡みだろう――、果ては厳重に拘束していた暗殺者部隊にまで逃げられた。

だが帝国という不安定要素さえ排除できればそれらの問題解決に注力出来るかと思えば、今度は革命。


悪魔にでも魅入られているのか、と自棄になって叫びたい気分であった。


だが、それにしても理解出来ない。ヴァルターと言う男が阿呆であるのは周知の事実であったが、しかしそこまで愚かだとは思わなかった。


「もう一人の遺物持ちは即刻処刑しろ。そして魔術王を向かわせるんだ!」

「はっ!」


威勢よく敬礼した後部屋を去っていく伝令兵の後ろ姿を見ながら、国王は思案した。


流石に帝国に遺物持ちを両方とも送るという愚行はしていなかったのだ。ヴァルターを帝都に送り付けたのは処刑の為であり、そのような理由がない限り王国から遺物持ちを出す訳はなかった。


よってミュラーは未だ王国に囚われているのだ。

そして、帝国が歯向かってきた今、彼を生かす理由はない。一瞬ライト・スペンサーを終ぞ確保できなかった場合に合衆王国の王女と共に処刑するのもありかと考えたが、暗殺者部隊の行方が知れぬ今そのようなリスクのある行動はすべきではない。


これで最高戦力比は一対二。通常戦力に於いてはそれ以上の差があるのだ。これならば前よりも早い段階で帝国を壊滅させることが出来るであろう。

国王は今度は反抗の気すら起きない程痛めつけてやると息巻いた。


「失礼します!」

「今度は何なんだ!」


先程部屋を出て行ったハズの兵士が再び入って来た。

もう勘弁してくれとばかりに机をトントンと叩いていると、その兵士は躊躇いながらも口を開いた。


「...遺物フェイルノートの所持者であるミュラーですが、彼を拘束していた部屋には死体となった監視兵しかおりませんでした」

「...なん、だと」

「次に、魔術王ですが――――」




「――自室で、亡くなられておりました」

「.........は?」



栄枯必衰。だが、それにしてもあまりにも短い栄えであった。

しかし哀れ、王国の受難は続くのだ。


「次で最後になりますが...」

「...なんだ」

「魔物が再侵攻を始めました。次いで合衆王国軍も」



国王は発狂した。






一度状況を詳しく説明しよう。

王国を苦境に陥れている原因は大きく分けて四つある。まず一つめが新聖第二帝国、ここにミュラーや暗殺者部隊が合流した場合の危険度は更に跳ね上がるが、4つの中ではまだマシな部類である。

次に二つ目、それはエルとライト・スペンサーである。前者に関しては直接的な脅威としての危険性であるが、後者に関しては民意的な意味合いでの脅威である。大罪人であるライト・スペンサーの処刑は必須事項であり、それが果たせないとなれば国民の不満はとんでもない事になるのだ。いかに君主制と言えども世論操作や情報統制には限界があるのだ。

ついで三つ目の脅威は合衆王国。クリスティアを筆頭に欠ける事なく健在する合衆王国軍に対し、食糧備蓄上王国軍は長期戦を遂行する事が出来ない。


あと王国はシンプルに経済が疲弊してる。

戦争というのは政治の延長線上にあり、究極の経済行為なのだ。土地にしろ金にしろ、戦争というのは基本何かを得るために行われる物だ。世界大戦などの生存戦争はその例ではないにしろ、勝者のみが莫大な富と名誉を手にするという点に於いては経済行為である。

つまるところ、戦争における勝利とは、利益を手にする事である。

簡単な例を挙げるとすると元寇であろうか、元寇は誰もが中学の授業でも習った事のある有名な事例にして珍しい結果を齎した戦争である。まぁ義務教育で習うので詳しい事は省くとして、元寇とはモンゴル帝国の侵略に対して鎌倉幕府が抵抗した事によって発生し、日本の勝利に終わった日本史最初の対侵略戦争である。

それで何で急にそんな事を言い出したかと言うと、戦術的、戦略的に勝利したにもかかわらず何ら利益を享受出来なかったという点で人魔大戦と元寇は似ているのだ。

いや、正確に言えば王国は人魔大戦によって帝国の大半が消し飛ぶという一種の利益は被っているのではあるが、しかしそれは戦争の勝利によって得られた物ではないのでここでは除外しよう。

元寇では侵攻してきたモンゴル帝国を撃退する事に成功したが、利益は得られなかった。理由は単純で、それが防衛戦争でしかなかったからだ。いくら敵を撃退しようとも金も土地も手に入る筈がなく、そのせいで鎌倉幕府はモンゴル軍と戦い続けた武士たちとの御恩と奉公の関係が崩れて崩壊してしまったのだ。

話は逸れたが、つまるところ、敵を倒しその利益を分捕るという戦争本来の意味において王国は勝利などしていないという事である。


閑話休題。ともかく、王国は人魔大戦において利益を得ておらず、帝国程までではなくともかなりの疲弊を被っているのだ。

これ以上の継続戦闘は、そういう面においてふりに成り得るのである。よく国家を人に例える事があるが、その例で言うと軍隊や戦力などは所詮武器なのだ。いかにそれらが強かろうと、振り回し続けた挙句持ち主王国が体力切れになるなんてことも十分考えられた。


そして、その強力な武器の一角は死んだ。

魔術王は高齢だ。いかに賢者であり、魔術を極めた人間であろうと、年には勝つことは出来ないのである。

とは言え本来ならもう少し長生きする事が出来たであろうが、それでも愛弟子の死の直ぐ後に老衰で死んでしまったのは偶然などではないだろう。

また、彼の死に顔には笑みが浮かばれていたらしい。それはかつて愛した聖女、そして死んでしまった弟子に死を以て再開出来るからだろうか。


それを知るのは、当人にのみであろう。




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キリが悪いですが...

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