第128話 道は示され
ここ最近パソコンの明るさが調整出来ない。
そのせいで夜も明るさ全開だから目がバッキバキになった。
ではどーぞ。今回からかなり文体を変えて三人称味を強くします
―――――――――――――
その日は朝から喧噪に包まれていた。
公開処刑が行われるのは正午だと言うのに、態々早朝から待ちきれないとばかりに集まっているのだ。
ライトら三人組も特にやるべき事などないのでその輪に入っていた。
「やっと俺らを苦しめてたクソ皇帝が死ぬんだぞ!」
「貴族も皇族も全員クズだ!!」
「ざまぁねぇぜ!」
貴族による専制政治というのには言論統制が付き物である。政治行動をスムーズに行うには権威と畏怖が必須であり。それらを貶めるような発言や主張をする人間は排除されるのが常識であった。
それが正しいかどうかはさておき、つまるところ彼ら帝国の住民は今まで圧制を敷く皇族を大っぴらに貶す事は出来なかったのだ。そうして抑圧され、溜まりに溜まった不満とフラストレーションは今爆発的に発散されていた。
王国との関係性の変遷による状況の変化でゴタゴタしている所を狙い、貴族の館を襲う人間まで出てきている。
そして、そのピークは間違いなく今日の正午となるだろう。権威の象徴である皇帝は、即ち圧制の象徴の処刑が行われるのだから。
ライトはこれからの帝国に未来はないだろうな、と何処か諦めに似た感情を抱きながら冷めた目で暴言を吐き続ける帝国の住民達を見ていた。
戦争に負けた国が立ち直った例など数多くあるが、それらには共通して国民の高い帰属意識がある。元敵国に支配される屈辱を今だけはと呑み込むのと、元の生活よりマシになったのだからこれでいいじゃないかと受けれるのとでは大きな違いがあるのだ。そしてまごうごとなく後者である帝国民がこの国を再び興す事はないだろう。
だが、俺はその所原因なのだ。帝国民を大勢死なせ、大国の地位から蹴り落とし、国民全員を苦境に立たせた張本人は俺なのだ。
そんな俺が彼らに対してどうこう思うのは酷く理不尽で、ライトはまたしても罪悪感に包まれた。
そうこう無駄な事を考える事数時間、場の喧噪が最高潮に達した。
「殺せ!殺せ!殺せ!!俺達の金を捨てた豚はとっとと殺しちまえ!」
「お前のせいで俺達がどれだけ苦しんだと思ってるんだ、このクソ野郎!!」
皇帝が、その場に現れたのだ。
悲しいかな、彼は今まで一度も政界に関わったことはないのだ。皇位継承権は下位も下位、そこらの貴族よりも地位の低いただの皇族の血を引くだけの青年である。
それが今までの諸悪の根源とばかりに非難されるのには、無論理由があった。テレビも写真もないこの時代、他人の容姿を知るのは容易な事ではないのだ。
年齢くらいは把握されているだろうが、興奮のあまり理性を失った大衆がそれを以て彼が自分達を苦境に陥れた人間ではないと判断するのは無理な事であった。
スケープゴート、という言葉がある。
ヘブライ聖書レビ記16章よりの一節より派生した言葉である。
直訳すると贖罪の山羊。つまるところ、生贄だ。
不満や憎悪の指針を別方向へ向ける事で大衆のエネルギーをコントロールする非常に明快かつ単純、それでいて有効な手段だ。
だが生贄にされた本人からすれば溜まった物ではないだろう。
彼もまたライトの被害者なのかもしれない。
皇帝は鎖に繋がれながら、絶望に暮れる様に俯いて歩いてた。
真の大罪人であるライトを捨て置いて、何の罪もない青年をまるで悪魔の様に扱うのは随分と皮肉じみていた。
だが、ライトの目に映っていたのは皇帝ではなかった。
「処刑人はこの我、ハインリヒ・フォン・ヴァルターが務めるッ!!!」
耳が張り裂けんばかりの大声でそう叫ぶヴァルターの顔には、笑みが浮かんでいた。
〇
愚かだとは思う。
大衆とは常に愚かで罪深く、常に加害者なのだから。その意識すらなく、自分こそが被害者だと言葉の刃を振りかざす様は、愚かとしか言いようがないであろう。
だが、だからこそ。
その力の振るわれる先を誰かが導かねばならない。
群衆とは究極の二面性を持つのだ。彼らは愚かだが、時に賢く、時に人を救う為だけに一致団結する事がある。
大きな集団というのは巨大な力を持つ物であり、つまりその力の使い方さえ間違えなければいいのだ。
その為に剣を取る。
敬愛する主を、この手で殺す。
「なんだ、今更恐れているのか?」
「いえ、ただ...いや、やはり恐れているのかもしれません。この先に待つのは罪深き道なのですから」
手を鎖で繋がれた彼は、しかし晴れやかな顔をしていた。
恐くはないのだろうか。恐ろしくはないのだろうか。
人々の憎悪の受け皿として、哀れで無能な君主として名を遺すであろう皇帝陛下。
思うに、人とは何かを残すために生きているのではなかろうか。子共、名前、自らが作り上げた剣、はたまた自らの考えを記した本。それらのような、自分が生きた証を世に残すために、人は生きているのではなかろうか。
ならば、怖くはないのだろうか。
彼が生きた証は残されず、ただ偽りの名前のみが残される。
使えるべき主にそれを強制させながら、自分がこれから歩むのは虚飾の栄光に満ちた未来であると来た。あぁ、これを恐れずして何を恐れると言うのか。
「陛下は怖くはないのですか。誰よりも国を思ったにも拘らず、誰からも覚えられずに不名誉な死を遂げる事が」
「フッ、馬鹿な事を言うな」
自分らしくないと思う。傲慢で上から目線で、常に人に命令を下す人間であり、そしてこれから一生そうなるであろう自分が、このように弱音を吐くのは。
だが、もう弱音を吐く機会は一生訪れない。
そう暗澹たる気持ちを見通したのか、その青年は笑みを浮かべながら口を開いた。
「お前が覚えているではないか」
「...陛下」
「私は思うのだよ。不特定多数に名を覚えてもらう事よりも、只一人の一生に影響を及ぼす様な、そんな人生の方が素晴らしいではないか」
あぁ、この方は正しく貴人なのだ。
貴く尊い、人を導く事が出来る貴人なのだ。
無論自分にとっては唯一無二の皇帝陛下ではあるが、もしこの方が真皇帝の座につけたのならと思わずにはいられなかった。
「そんな顔をするな、次はお前の番なのだからな」
「はっ!」
全く、らしくもない。遥か年下の少年に助言をしたばかりだと言うのに、自分がこのザマでは示しがつかない。
「時間だぞ、出ろ」
「...貴様、あとで必ず殺すからな」
罪人扱いを受けようとも、陛下は陛下なのだ。それをそのようにぞんざいに扱うのは、受け入れがたい無礼であった。
奴は必ず殺すという決意と共に、しかし敬愛する陛下の為にこそ今は抑える。
何よりも、今からすべき事を考えればすべては些事なのだ。
「これで、陛下を陛下と呼ぶのは最期になるでしょう」
「...あぁ、私は幸せだったよ。お前という忠臣が居てくれたのだからな」
「自分こそ感謝します。陛下の事は決して忘れないでしょう...では」
そうして、ヴァルターは再び死んだ。
騎士としてのヴァルターは死に、忠臣としてのヴァルターもまた死んだのだ。
ならば、今のヴァルターは何者なのか。
―――――それは、剣が証明している。
〇
「処刑人はこの我、ハインリヒ・フォン・ヴァルターが務めるッ!!!」
無作為に喧噪に満ちていた広場は、一瞬で静寂に包まれた。
その場に現れた、莫大なカリスマ性を纏った男によって。
あれは誰だ、そう思う人間は居なかった。
一目見れば、彼が何者なのかは嫌でも理解させられるのだから。
「【これは
男は剣を掲げた。威信と武威を示すような、或いは権威を示すような光に満ちたその剣は、今までにない程に光り輝いていた。
「【我に従え、我に傅け、我に続けッ!!】」
怒りと苦しみによって曇り切った群衆の心に、一条の光が差し込む。
それを以て、ヴァルターは己が何者であるか世界に指し示した。
「【さすれば、光は与えられん】」
そうだ、一目見ればわかるではないか。
彼が――いや、彼こそが
「【第2節・大帝剣!】」
振り下ろされたジュワユーズによって血潮が吹き晒される。
ここに、圧政の象徴たる皇帝の血筋は絶たれた。
「再び名乗ろう!我が名はヴァルター・フォン・ヴァルター!!」
だが、帝国はこれから始まるのだ。
「ここに諸悪の根源たる皇帝は死んだ!!我が、このヴァルターが殺した!」
一人の処刑人として皇帝を殺した男は叫び続ける。それは一種の悲愴さを伴っていたが、それ以上に彼が纏うカリスマがそう見せなかった。
「帝国は死んだ!この国はここに一度終わった!!」
「だが、だからこそ!!」
ヴァルターはそう言うと一度言葉を切った。
そして聞き入り続ける群衆らを見回して目を瞑る。
再び目を開いた時、そこには決意と覚悟のみが込められていた。
「ここに、第二帝国の建国を宣言する!!」
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