第125話
「何コイツ...魔物か?」
その魔物は、ライトにとって見覚えのない個体であった。限りなく野生の猪に近い見た目をしたそれは、目の色が昏く光る赤である事以外は魔物らしい外見的特徴を持ち合わせていなかった。
彼らは知る由もないが、本来人魔大戦で呼び出されるのは伝説上の魔の生物だけだ。であるならば、猪にカラコンをブチ込んだだけみたいな見た目をしたそれは異常な存在であると言える。
だが、ヒロには見覚えがあった。
「何ってそりゃあ魔物化した猪でしょう。田舎じゃよく見ますよ」
「...は?」
コイツは何を言っているんだ、という思いを隠しもせずにありありとその顔に出しながら、ライトは間抜けな顔を晒した。
それも仕方のない事だろう。今のヒロはあの猪の魔物は人魔大戦が勃発する前から居るような口ぶりであったが、魔物は魔獣が生み出したのだからそんな事はあり得ないのだ。
いや、それよりも「魔物化」とは何だ。嫌な予感がライトの脳裏を過った。
「っと、来ましたよ」
未だ立ち尽くすライトを見て好機と思ったのか、その猪は自身の牙を以て獲物を刺し殺さんと突進を開始した。
それを見て、ライトはその魔物がやはり魔物なのだと気が付いた。その魔物は、見た目がただの猪に酷似していようとも、魔力による強化でも受けているかのような俊敏な動きだったのだ。
とは言え所詮猪の強化版。脅威度で言えば普通の熊の方が高そうだ。であるならば、ライトやヒロを脅かせるだけの力を持っている筈がなかった。
魔術を使うまでもなく、ライトが剣を一閃するだけでその魔物は倒れ伏した。
本当に何だったんだ、そんな疑念を抱かずにはいられなかった。
そしてそのヒロはそんなライトの内心を露知らず、疑念をさらに強めるような行動に出た。手に持った剣で猪の魔物の腹を切り裂き始めたのだ。
その光景を見て何を思ったのか、聖女がおずおずと言った様子で口を開いた。
「私、流石に魔物のお肉は食べたくないです...」
ライトとは違い食料を確保する必要があるヒロと聖女は野生動物やらを食べている。調理済みの料理しか口にしたことのない聖女は最初は鳥が捌かれるのを見る度に吐き気を抑えるような顔をしていたが、兵士の血やら臓物やらを普段から目にしている彼女は直ぐにそれに慣れた。
そのおかげもあって随分と強かになった彼女だったが、そんな彼女でも流石に魔物を食べるのは遠慮したいようであった。
だがそう言われた本人であるヒロにとってもそれは不本意だった。
「いや肉は取らないですよ!?」
「じゃあ何取るんだよ」
骨も牙も皮も、狼か何かのそれならば或いは価値はあるのだろうが、普通の猪のそれには価値がない。その上肉にも用がないとなれば、猪から剝ぐ物などあるのだろうか。
だが、そんなライトの疑問に対する答えは、全く予想外の物であった。
「魔石に決まってるじゃないですか」
「...魔石?」
「え、知らないんですか?」
聞いたライトと答えたヒロ、両者が驚いたような表情を浮かべた。
前者は聞いた事のない単語を耳にしたことで、後者は自分にとって常識であった物が知られていない事に対しての驚きであった。
だが、自分が居た世界はこの時代より遥かに進んだ文明を持っていたのだから、それも当たり前の事かと納得した。
「魔力の結晶体ですよ。先天後天に関わらず魔物は皆これを体内に持ってます」
「いや待て、後天的に魔物になる事はあり得るのか?」
魔力の結晶体というフレーズにも引っかかったが、それ以上にライトを恐々とさせたのはその言葉だった。
「そうですよ。魔力を浴び続けた自然の生き物は魔物になります。この猪のように」
「それって人もそうなるんですか...?」
この聖女、肩書の割に恐ろしい事を考える。
つまるところ、人が魔物化する事はあるのかという事だ。
「なるにはなりますが、魔物化ってのは徐々に進行していくものです。魔石はその原因にして結果なので、コイツさえ取り除ければ問題ないですよ」
ヒロはそう言うと共に切り裂かれた猪の腹に手を突っ込み、血が滴る手で何かを掲げた。小ぶりな宝石のようなそれが、ヒロの言う魔石なのだろう。
「で、それは何に使えるんだ?」
「魔力というエネルギーの結晶体なので何にでも使えますよ。石炭や石油とかの科学エネルギーの一種...じゃねぇや、まぁ魔術用の炭か油みたいなもんですよ」
「...なぁ、それって魔獣からしか取れないんだよな?」
「いえ別に。場所によっては鉄みたいに採掘できますよ」
ライトはその言葉を聞くと顔を手で覆って天を仰いだ。
コイツいま、さらっととんでもない事を言わなかったか?
もしそれが本当なら、この世界の常識は一変してしまう。
今の貴族制社会が成り立っているのは、貴族の血統には魔力という力伴っているおかげなのだ。魔力量は多くの場合遺伝するという性質によって、貴族はその血の純度を高く保つことで特別であり続けた。
つまり貴族は魔術という技術と力を独占する事でその地位を保っているのだ。
血筋に比例する魔力量のおかげで、貴族は特別足り得たのだ。
懲罰部隊という例外を除き多くの魔術師は貴族なのがそれを示している。あの魔術王だって元は魔術の名家出身だ。
だが、魔石の存在はそれを否定出来てしまう。
支配構造すら変えてしまう。
というか、そんなヤバい知識を持つヒロは本当に何者なんだ。無詠唱といい武器といい謎に包まれ過ぎている。
「...ヒロ、お前に聞きたい事がある」
そして、それはエルと共通している事だった。
エルから教えられた詠唱の原理や魔術の応用法とヒロの知識は酷似している。ならば、エルと共犯の可能性だって考えられる。
――だから、それを追求しない訳にはいかなかった。
「お前は何者なんだ。エルとお前はどんな関係だ」
剣を手に掛けながらそう問うたライトに、ヒロは諦めの感情をその黒い目に浮かべながら溜息をついた。
「やっぱりそれを聞かれますよねぇ...」
「質問に答えろ」
口調自体は強かったものの、ライトの纏う雰囲気はそこまで鋭利なものではなかtった。なんならヒロがライトを帝都に行く理由を尋ねられた時の方が緊張感が漂っていたであろう。
ライトとてヒロがエルと組んでいるとは思っていなかった。ただ可能性があったから追及しているだけなのだ。とは言え組んでなくともなんらかの関係性はあるのだから、それについてもライトは知っておきたいのだ。
「別の時代――正確に言うと今回のとは違うと人魔大戦が勃発した時代から来たんですよ。そしてそれが僕と彼の関係性でもあります」
「なんだそれ...」
正直、ライトの頭はショート寸前であった。
魔物が後天的に発生したり、その体内には魔石というとんでもない代物があったり、挙句の果てには別の時代の人間と来た。到底こんな短時間で受け入れられる情報量ではない。
だがそれでも、彼らの謎の知識や技術の出どころが別の時代と分かれば納得できなくは無かった。まぁ大前提であるどうやって時を超えたんだという疑問が新たに生まれてしまった訳だが、エルは時間停止なんてブッ飛んだ事が出来るのだ。そこについてはあまり考える必要はないであろう。
ライトにとって重要なのは、エルの知識や力の源を知る事なのだ。そんな重要な事をこのタイミングで知れた事は僥倖であったと言える。
他に聞きたい事は沢山あったが、ヒロはそれ以上語る気はないようだった。
ならばこちらがこれ以上追及するべきではないだろうとライトは判断し、会話は何とも中途半端なタイミングで途切れたのだった。
そして再び沈黙が場を支配し、彼らは止まっていた足を動かし始めた。
聖女も聖女で気になる事は沢山あるであろうが、当人らに会話の意図がないなら話は続かないのである。彼女も諦めて彼らを追うのだった。
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夜更かしして書くと文章が劣化してしまうンゴ...
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