第124話

そろそろ自分の名前変えようかな...ゲームの垢名そのまま使うのって正直ナンセンスだと思うんだよ

――――――――――――――



「...だからどうした」


成る程、これもまた皮肉な話である。

王国に見捨てられた男が、悪人を装って、それでも演じきれずに、しかしただ生きるために戦う。それはまるで、かつての懲罰部隊のような在りようだった。

もう殺す気も失せたライトは、溜息をつくと小馬鹿にした声を上げた。


「ツイてなかったな。俺はライト・スペンサーだ」

「っ、なんだとッ!?」


やはり訓練された兵士なのだろう。その言葉を聞いた彼らは即座に剣を構えて陣形を組み、演技をかなぐり捨てて全力でこちらを警戒してきた。

だがそれは無駄な事である。もしライトが彼らを殺そうとすれば、数秒と経たぬ内に細切れしにされるだろうから。


「失せろ、お前らに用はない」


元軍人らしく引き際は弁えていたらしい。何の躊躇いもなく背中を見せる彼らを見ながら、そんな少し場違いな感想を抱く。


だがそんな中、一人動かないでいる少年兵が居た。彼もまた負傷によってクビになったのだろうか、その腕は

その目にはありありと恐怖を浮かべながら、しかし決して逃げようとせずに立ち尽くしている。腹を括った男の顔だ。

お前は逃げないのか、そう声を掛けようとしたその時だった。その少年兵は震える声でこう言った。


「俺を知っているか、ライト・スペンサー」

「知らねぇよ」


即答するライトにその少年兵は狼狽した様子を見せたが、それも直ぐに引っ込める。


「俺はサム。お前に親友とその恋人を殺された」

「...そうか」


ライトの反応は冷淡とも言えるが、それも仕方のない事であろう。謝罪には何の意味もないのだから。謝罪は、取り返しのつく事にしか使えないのだから。人の死という覆しようのない、取り返しようのない事に関して謝罪するのは筋違いであろう。

何より、サムは謝罪を求めている訳ではないだろうから。


「俺はお前を勝手に軍部に送り付けた。上官である公爵の娘の命令を無視して、お前が痛い目に合えばいいと軍部に送り付けた」


――そうか、俺はあの時。


脳裏を過るのは、炎に呑み込まれたかつての婚約者の姿。

彼女が俺を拷問させるように指示したと思っていた。俺を憎んでいると思っていた。


そう言えば、彼女は最期に何と言っていた?

『どうやら手違いがあったようで――』と、そんな事を言っていなかったか?


彼女は俺に害意があった訳ではないという事か。

つまり、サムとかいうコイツのせいで、俺はあんな目に合う事になったのか。


「俺はお前を許せない、お前は俺を許せない。だからここで終わりにしよう」

「...あぁ」


サムはそう言って言葉を切ると、ゆっくりと剣を構えた。

酷い構えだ。隙だらけだし、芯が通っていない、剣の素人なのが丸分かりだ。

10年以上の歳月を剣の道に捧げたライトからすれば、取るに足らない雑魚だ。


だが、それでも。

ライトはサムから鬼気迫るような、追い詰められ研ぎ澄まされた獣の殺気のような何かを感じ取っていた。


「っ、待ってくだ――」

「ダメですよ。これは決着を付けねばいけない戦いなんでしょう」


聖女の制止の声はヒロによって遮られ、ここに邪魔する物は何もなくなった。


先に動いたのはサムだった。

剣を大きく振りかぶり、全身全霊の思いを以てそれを振り下ろさんとライトの元へ駆ける。ライトはやろうと思えば彼を瞬殺する事が出来るだろう、魔術で近付けさせない事も出来るだろう。


だがそれはやってはいけない気がした。


「ああああああぁぁぁぁああッ!!!」


喉が張り裂けんばかりの声と共に、サムは剣を振り下ろした。

それと同時に、ライトは自らの聖剣を振り上げる。


サムが振り下ろした剣は、今まで戦ってきた強敵のそれより遥かに遅くキレがなかった。しかし、何故か途轍もない重みを伴っていた。

サムの剣はライトの肩口に食い込み、肩甲骨の辺りまで肉を切り裂く。

ライトの剣はサムの脇腹に突き刺さり、背中に貫通していた。


互いに致命傷である。


だが、ライトにとって致命傷など無傷とさして変わらない。彼は自身のスキルがある限り死ぬ事はないのだから。

サムもそれは分かっているのだろう。自分如きでは魔王とまで言われたライトに打ち勝つ事など出来はしないと。


では、サムの行動は無意味だったのか。


「へッ、ざまぁねえな」


否。満足気に笑みを浮かべる彼を見て、誰がそれを無意味だと言えるだろうか。

負けると分かっていても戦わなければならない時がある。それは、ライトが最も理解しているのだから。


あぁ、やはり諦める事こそ間違っているのだ。ライトはそう思った。


サムはその表情の大地に倒れ伏した。


「っ...見てられません!」


だが血を流すサムを見かねたのか、聖女が飛び出すように駆け寄って来た。覚悟を無駄にするのは無粋だっとも思ったが、それは自分が決める事ではないとライトはその場から少し離れる。


「...あんた、聖職者か」

「喋らないで下さい、今治療を――」

「良いんだ」


サムは晴れやかな表情でそう断った。

断られた方である聖女はと言うと、理解出来ないといった表情を浮かべていた。


「でもこのままでは...!」

「じゃあさ、最期に少しだけ話をさせてくれよ」


もしかしたら、サムと言うこの少年もまた、死を望んでいたのかもしれない。

国を守る兵士から盗賊に堕ち、それでも憎悪を忘れられずに罪を犯し続ける。そんな生活に、終止符を打ちたかったのかもしれない。


だから、彼の顔はあんなにも晴れやかなんだろう。ライトは、それが少しだけ羨ましいと感じてしまった。


「聖職者、なんだろ?なら懺悔の言葉は聞かねえとな」

「っ、分かりました」


そうして、サムは己の罪を告白した。





悲惨だ。そうとしか言いようがない。

サムの言葉を聞いたヒロは、そんな感想を抱いた。


4人の家族と必死に生きて、だが徴兵されて国の為に戦う事になって。親友の命を奪われ腕に大火傷を負いながらも生還したと思ったら強制退役。


そこから先は良くある話だ。

ヒロの時代だってそうだった。

戦いから帰って来た兵士を待っているのは栄光でも賞賛でもなく、人殺しへ向ける冷たい視線。戦争に行った兵士は、戦場にしか居場所がないのだ。人殺しは、戦場以外では役目も居場所もないのだ。

正に薬物の様な物である。一度手を染めてしまったら、やめたくともやめられなくなってしまう。戦場という居場所を求めて、戦いという薬物を求めて、今度は盗賊と化して彷徨い続けた。


そうしてライトと再会し今に至るのだろう。


「...俺には妹が居るんだ」


サムの顔色は最早土色と化していた。

死期がすぐそこまで迫っているのだろう。


「エマって言うんだ...これ、渡してくんねぇ、か」


そう言うとサムは懐から何かを取り出した。

茶色、金色、赤色の三つのペンダント、そして金貨が入った布袋だった。


だがそれは困難と言わざるを得ない。エマなんて名前はありふれているし、どこで何をしているかすら分からない少女にどうやってそれを渡すというのか。

だが、それでも聖女はそれを受け取った。


「必ず。聖女の名に懸けて渡してみせましょう」


聖女と言う言葉に一瞬反応したサムだったが、やがて満足したように笑みを浮かべると口を開いた。


「...そうか、ありがとう」


そう言うと、彼の腕から力が抜けた。目は閉じられ、体から命という物が感じられなくなる。死んだのだ。ライトもヒロも、決して目を逸らさずにそれを見届けた。






サムの最期を看取ってから、彼らは再び歩き出した。

彼らの間に広がるのは、痛々しいまでの沈黙であった。


聖女は救うべき相手にそれを拒否された事が未だに理解出来ずにいる。

ライトは、己が犯した罪の重さに再び苛まされていた。彼は冤罪という誤解によって何もかも奪われたが、しかし自分も誤解によってかつての婚約者を殺してしまったのだ。またしても皮肉が効いた話だ。

そしてヒロはと言うと、こちらはこちらで何か考え込んでいるようであった。


そんな雰囲気のまま、彼らは帝都に向けて歩を進ませ続ける。

それに転機が差し掛かったのは、サムの死の翌日であった。



彼らを魔物が襲ったのである。

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