第119話

投稿遅れました


――――――――――――――



初撃は狙い違わず命中した。


証の頂点である紋証魔術は魔獣の頭の半分を消し飛ばし、光を纏う矢と剣閃がそれぞれ一つずつの頭を屠る。クリスティアが四つ、ヴァルターとミュラーが一つずつの計四つが一瞬にして消し飛ばされ、魔獣の頭は瞬く間に二つまで減らされた。


魔獣がいつも通り魔術を使用出来ていたら話は変わっていただろう。魔術で迎撃するなり闇魔術で消滅させるなり 、何らかの防御方が使えるのだから。


しかし魔術王の創造魔術の範囲内でそんな事が出来る筈もなく、魔獣は何が何だか分からぬままほとんどの頭が吹き飛ばされた。

そんな混乱状態から抜け出される前に全て殺しつく為、ヴァルターは既に飛び出していったライトを追いかけるように走り出した。


「【虹の如き精彩】」

「【王権の象徴たる陽よ、大地に遍く光を注げ】」


発動速度に於いては第一節の方が勝っていると判断したヴァルターはその詠唱を口にする。

第二節のそれと比べれば効果は少しショボいが弱った今の魔獣ならば効果は期待できるであろう。


「【第一節・太陽剣】」


虹色に彩られた剣が振られると同時に、眩い光を発しながら剣閃が空を駆ける。

しかし、それが残る頭の内片方を切り裂くまであと一瞬という時にその頭は大きくのけぞる様に避けた。


「チィッ...!」


思わず舌打ちを溢すヴァルターだったが、しかし状況は依然として優勢である。

創造魔術によって聖魔術のバフを失ったせいか敵の動きは精彩を欠いており、先程の回避行動もやや遅かった。首に付けられた切り傷を見れば一目瞭然だ。


理外の存在である魔獣相手に油断は論外であるが、まだ余裕はある。そう結論付けたヴァルターはライトの方へと視線を向けた。


ライトは変わらず走っていた。

彼には魔術という攻撃手段も持っていた筈だが、それを使う素振りすら見せないのは今までの魔物との戦闘で分かっている事だ。

かつてのヴァルターの様に――つまり何も考えずに敵のいる方へと突っ走っていた。


それを脅威と判断したのかは分からないが、魔獣はライトを食い殺さんと鎌首をもたげる。


巨体な上に身体強化すらされていないその動きは酷く鈍重であり、避けられるかどうかはともかく一般人でも反応出来るであろう程である。しかしそれでもライトは何の反応も示さず走り続け、当然の様に魔獣に喰われた。


その光景を見たヴァルターが思わずと言った風に顔を顰めた。しかしそれはその音に対してというよりも狂ったライトの戦い方に対しての様であった。


だが魔獣が魔王を喰うというのは少しばかり理解不能だ。

或いはあの魔獣には消化器官など存在せず、魔王を敵の手に渡さない為に一時的に体内に入れただけなのかもしれない。ライトは丸ごと呑み込まれたようであったし、殺意があるのなら嚙み潰す動作がなければおかしい。という事はやはり魔獣にライトを害する意図はなかったようだ。


だがそんな事はもはや何にも関係のない事であった。

数秒もしない内に魔獣が激痛にのた打ち回る姿を見せた。言わずもかな、魔獣に喰われたライトがその体内で暴れまわっているからである。


止めを刺そうとヴァルターはその剣を再び振り上げた。


しかしそれはまだ振り下ろされない。

意味があるのかは分からないが、せめてライトが魔獣の体外に出てから放つとうというヴァルターの思いによってである。

ライトが死ぬ事があろうがなかろうが、戦っている仲間ごと敵を攻撃する様な事はしたくないのだろう。それは強者の余裕、或いは油断や驕りでもあろうが、実際彼らは優勢でありその程度は許されて然るべきなのかもしれない。


ヴァルターは後ろから魔力が渦巻くのを感じた。

魔術王やミュラーなどの後方支援員も自分と同じ考え――つまりライトが魔獣の鱗を突き破って出て来るのを待っているのだ。


そして、それは運命の瞬間でもある。


クリスティアの技量とそれによる火力はずば抜けているが、継戦能力は決してその例ではないのだ。紋証魔術は一度きりの大技であり、それ以上の火力を今の彼女に期待する事は出来ない。魔術王の創造魔術も魔力を大量に喰うからあまり長時間使用する事は出来ないだろう。


「――来たか」



やがてその時は訪れる。


魔獣の腹に当たる部分が内から生えた剣によって切り裂かれ、そこに出来た傷口からよろけるように人影が出て来たのを視認したヴァルターは迷う事なくその剣を振り下ろした。


再び光の刃が空を駆ける。それを追う様に小さな太陽が、そして数えるのも馬鹿らしくなるほどの量の魔術が瀕死の魔獣目掛けて一目散に飛び去って行く。前者がクリスティア、後者は懲罰部隊と魔術王である。


それらによって魔獣が居た辺り一面が爆散した。

勿論ライトも一緒に。


「...すまん」


つまりヴァルターのライトを巻き込みたくないという意志は無視されたのである。これは単純に認識の相違で、魔術王とクリスティアはヴァルターとタイミングを合わせようとしただけであり、そこにライトという不死身の存在は考慮されていなかったのだ。


とは言え起きてしまった事はしょうがない。今気にすべき事はそれではないと意識を切り替え、大量の魔術による破壊で出来た煙――土煙と炎による煙の両方――がを睨むようにして注視する。


そしてやがて晴れた煙の向こうに広がる景色が目に入った。


「...呆気ないな」


その光景に何処か既視感を覚えた。そしてそれがかつて大量の魔物――それも全て巨大な――と戦った後に似ているからだと気付く。


つまり、大量の血と肉塊が散乱していた。

恐ろしく禍々しくとも何処か神々しさ――神と言っても邪神の方であろうが――を感じるような造形など影も形もなく、あるのは寒々しく悍ましい赤の海である。


正直な話、拍子抜けであった。

前回あれほどまでに苦戦し、自分とミュラーでの撤退戦など逃げ惑うのが精いっぱいだったのだ。それがこうも簡単に倒せるものなのか。


そんなヴァルターの疑問を察したのか、魔術王がおもむろに口を開いた。


「死んでおるよ」


断言する様に放たれたその言葉には疑問を抱く事はなかった。魔術的な何かで完全に死んだと判断出来たのだろう。いや、そうでなくとも物言わぬ肉塊と成り果てた魔獣が生きている筈がなかった。


だが、疑問は抱かずとも納得できない事象が未だに残っている。


「――では、何故空が赤い」


そう言ったヴァルターの視線は、未だ青を見せない空であった。

魔物を生み出し続けていたのは魔獣だと言う。ならば、あの赤い空もまた魔獣が原因なのではないか。ならば、それを倒せば空は本来の色を取り戻すのではないか。


そんな思いは、しかし裏切られた。

それも、想定しうる最悪の理由によって。




「魔獣が一体だけと決まった訳ではあるまい」








合衆王国、王国、帝国。これらの三国は人魔大戦より解放された。彼らの支配地域から魔獣は消え、残るのは残党たる魔物だけである。


だが人魔大戦はまだ終結を迎える事はない。

人の安寧を脅かす魔の獣は未だ存続し、今もなおその脅威を振り撒いている。


果たして人魔大戦がどのような結末に行き着くのか、それを知る人間は一人しかいなかった。


「―――さて、忙しくなるね」



男は仮面の下で嗤う。

自嘲の様でもあるし、ただただ愉快さに口を歪めている様でもあった。




人魔大戦によって三国を取り巻く力関係は大きく変化した。

帝国はその力を大きく削がれ、最早滅亡一歩手前。合衆国王国は今回の戦争で損害を被る事はなかったが、王国のそれより戦力は低いままだ。


つまりは王国の一人勝ち。


特に帝国は酷い有り様である。統治機構、施設、資産、国民、領土。国を構成するほとんどの要素は破壊されたのだ。

植民地か傀儡国家か合併されるのか、手段はともかくその領土は王国の物となる事を避けるのは至難である。

だがヴァルターにミュラーという戦力は残っているのもまた事実。

無理を押し通そうとすれば争いは避けられないであろう。


その上、ライト・スペンサーという特大の厄介事が残っているのだ。王国は大罪人に死刑を望み、サラという人質を以てそれを成そうとしている。だがライトは死ぬ事を許されていない。また、ライトにそれを伝えるだけの理性は残っていない。



戦争は終わった。

しかし、波乱は未だ収まらない。






――――――――――――――

呆気なさ過ぎるとは思ったが書くのが面倒だった。エルが居なかったら絶対に勝てないくらいには強いんだけどね...

まぁそんな事は置いといてこれにて第三部「重ねる罪と人魔大戦」は終了です!


次、第四部「滅亡と新生、示された道」!

ではまた

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