第118話
正直魔獣とか言うモブはどうでも良いのでサクサク進めます。
―――――――――――――――
そう言えば以前オリヴィアがこんな事を言っていた気がする。――エルはこの世に地獄を作り出すそうだぞ――と。
これがそうなのか、とヴァルターは歩きながら思う。
何故ならば、ヴァルターの前に広がる雰囲気は地獄そのものであったからだ。
誰も何も喋らない。
最大の要因は懲罰部隊とライトの間にある深い溝ではあるのだが、それ以外の面々も皆内心穏やかではなかった。祖国が滅ぼされた筈のヴァルターとミュラーの方がまだマシというレベルである。
まず魔術王に関しては言わずもかな、孫であり弟子であったミアの死であろう。年齢的にはポックリ逝ってもおかしくない――ヴァルターにはそう思えないが――のだ。そんな老体の希望であったミアの死は彼の心に大きな影を落としている。とはいえ年の功が成すものなのか、しょっちゅう溜息を付く以外はあまり態度に出る事はなかったのだが。
次にクリスティア。こちらも最愛の妹であるサラがかつての敵国である王国に人質にされたのだ。しかも王国にはアベルやクラウディアという前科があるので信用などこれっぽっちもないと来た。この作戦が終わったらそのまま王都に突撃をかましそうな程怒りに近い戦意を迸らせていた。
暗殺者部隊は文字通り必死だった。この戦いで生き残った所で王国に処刑されるだろうし、逃げたところで心臓が吹き飛ばされて死ぬのだから、つまり必ず死ぬと書いて必死である。少年の枠を出ない年齢の彼らにのし掛かる絶望感は計り知れない。
そしてライト。負の感情を撒き散らす彼は、居るだけでその場の空気が居て付くようだった。話し掛けても決して答える事はないし、薬物中毒者のように時折譫言を呟く有り様だ。
つまるところ、隊の結束などないに等しかった。
とは言えライトを除く全員はそれぞれとの共闘経験があるのは唯一の救いであろう。第一波を除けるのに掛かった時間は数日にも渡っており、その間一度も休まずに共に戦い続けたのだ。彼らは互いに癖や戦い方など熟知している。
ある種の戦友ではあるのだろうが、しかしそれでも負の感情に満ちた空気が払拭される事はない。
あまりの状況の悪さに頭痛がするのを感じながら、思わずと言った風にヴァルターが口を開いた。
「...このままで勝てるのか?」
「さぁ。そこはライト君に期待するしかないだろうね」
ヴァルターの独り言にミュラーが反応した。
呆れと諦めを孕んだその言葉に、しかし悲観の感情は含まれていない事に気付く。
そしてヴァルターにはその理由が分かっていた。
「期待出来るのか、あれに」
そう言ってライトの方へと視線を向ける。
確かにあの少年の魔力量は以前のそれよりさらに増えている事が分かるが、しかしそれだけだ。人間の力の本質である理と知を失ってしまえば獣も同然であり、獣の頂点とも思えるあの魔獣と同じ土俵で戦うのは愚の骨頂とも思えた。
「人間と思わない方が良い。もう逸脱してしまっているよ、彼は」
「...そうか」
複雑な感情が胸の内から湧き出たが、ヴァルターはそれを無視して歩く事に集中する事にした。気にしてもしょうがない事は気にするべきではないのだから。
〇
順調と言ったら語弊があるが、しかし彼らは特にトラブルはなく進んだ。
魔物の襲撃は何度かあれども、魔術王とクリスティアの魔術の弾幕を前に成すすべなくやられるだけであった。
隊内部での不和は相変わらずであったが、それを戦闘に持ち込む程切り替えの出来ない人物はそこには居なかった。ライトは切り替えるも何もそういう思考に至る事すらないので例外である。
前回のそれより遥かに順調に、それでいて蔓延する空気は前回のそれより遥かに暗澹としていた。
何人かの懲罰部隊の隊員はライトに話し掛けようとしていたが彼らの隊長はそれに反応する事はなく、せいぜいがその負の感情を煮詰めたかのような目を向けるだけであった。
戦力的には安心出来なくもないが、戦力以外の点では不安しかなかった。
しかし、それでも戦わなければならないのだ。
彼らはもう帝都周辺に到着している。
魔獣が前回と同じ場所に居るならば交戦まであと一時間とないであろう。
〇
ミュラーが一度停止命令を下した。
彼は別に隊長なんかではないが、前回からの流れで何んとなく据え置かれたので実質的には彼が指揮官であった。
「今更必要ないだろうけど、一応作戦の最終確認をしよう」
そう言って一度言葉を切って全員の顔色を確認するように視線を動かす。
魔術王やクリスティアからは英雄と言えども流石に緊張の色が伺えた。前回からのメンバーもまた同様である。
一縷の望みを込めてライトを見るが、彼はいつも通りであった。勿論悪い意味で。
「まずは僕と懲罰部隊は後衛、クリスティア王女と魔術王が中衛、ライトとヴァルターが前衛とする」
こう言ってみると中々バランスが取れている様に思えた。後衛一つとってもミュラーが精密援護、懲罰部隊は制圧援護で役割分担が出来ている。
クリスティアはその破壊力からして適切な距離を取る事が出来る中衛に相応しいし、堅固な魔術障壁を展開可能な魔術王は防御面でも優れている。
ヴァルターはタンクとアタッカー両方を兼任しつつ中後衛の攻撃タイミングも把握出来るであろう。
しかし、となるとやはりライトの場違い感が否めない。
今までの魔物との戦いから考えるに、ライトはただ突貫して剣を振り回す事しか出来ないようであった。
「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」という格言がある。邪破の聖剣であるアスカロンと彼自身の剣技があれども、戦術をハチャメチャにするようならば邪魔でしかないのだ。
「次に戦闘時に於ける基本戦術として以下の3つを厳守せよ。各々の切り札は勿体ぶらずに戦闘開始と同時に使う事、政治的理由による行動は控える事――」
だが対策がない訳では無い。
「――ライト君に対しては後ろから撃っても構わない事」
これも数回に及ぶ魔物との戦いで判明した事だが、彼は体の殆どを損壊しても元通りになる。魔物に頭を喰い千切られても生きていたのだから多分何をしても死なない筈だ。魔術王曰くライトの
ならばクリスティアの紋証魔術を喰らっても何とかなる。
倫理的には大分不味い気はするが贅沢を言っている余裕はない。それに本人だって拒否しなかったのだから大丈夫だだろう――
「...俺らはどうすれば良いんですかね」
気まずそうな声の発生源は暗殺者部隊の一人、カイであった。
「あぁ~...」
そこでミュラーもまた気まずげに視線を逸らす。
隠しているつもりなのかどうかは知らないが、暗殺者部隊の存在を忘れていた事は明白であった。
まぁそれも仕方のない事だろう。彼らは道案内が不要となった今回は前回に増してその存在感が無くなっていたのだから。
「周囲の警戒でもしといて」
魔獣討伐に於いて暗殺者部隊は足手纏い。これは前回で出た覆しようのない結論だ。
ならば少しでも戦場から遠ざけようとするのは道理である。
「...了解です」
人生最後となるかもしれない命令が周囲の警戒とは、と不服気ではあったものの、やはりミュラーの考えも理解出来るのだろう。
不承不承ながらも頷くと風の様に消えて行った。
それを最後まで見届けると、やがて覚悟に満ちた目で遠くを――魔獣が居るであろう場所を見やって口を開く。
「――さて、じゃあ行くか」
その一言で全員の意識が戦う者のそれへと切り替わった。
「あの獣は我が殺す」
ヴァルターが剣を抜いて呟いた。
かつて彼が見せた、溢れんばかりの人を惹きつけるカリスマ性を滾らせながら。
「老骨には堪えるが...獣には遅れは取らんぞ」
これがこ奴の本性か、と納得した魔術王もまた失意の目に戦意の炎を灯す。
「さっさと終わらせてさっさと妹を返して貰うからな」
この状況で冗談とも本気とも取れるような言葉を言えるのは偏に彼女の豪胆さであろう。クリスティアは既に戦う準備は出来ているようだった。
この流れ的に次は俺らの番か、と思い至りつつも特に言いたい事などなかった懲罰部隊の隊員達であったが、一人の隊員がふと口を開いた。
「この戦いが終わったら隊長とちゃんと話をしよう」
「正気かお前」
その言葉を聞いてぎょっとした隊員であったが、しかし冗談だったら面白いなと考え直してそれ以上何かを言う事はなかった。
戦場で未来の話をしたヤツは禄でもない目に合うというのは誰もが知るジンクスなのだから、一端の兵士であるその隊員もまたそれを知っていて言ったのだろう。多分。
ちなみにライトもこの例に漏れず禄でもない目にあったのでそのジンクスの信憑性は推して知るべしと言った所であろう――閑話休題。
ともかく、こうしてそれぞれの準備は完了したのだ。
第二次魔獣討伐隊は士気十分とばかりに進軍を開始した。
〇
「...目標視認。これより攻撃を開始する」
魔獣は前回の時と同じ場所に居た。
傷がまだ癒えていないのか、魔王が生まれし場所に留まる事に何らかのメリットがあるのか。それは最早誰にも分からぬ事であったが、どちらにしろここで終わらせれば関係のない事である。
誰も詠唱をしない。
彼らは既に済ませていたのだから。
光、魔術、炎、矢。
各々が世界最の威力を誇るそれらが、その武威を世に示さんとここに顕現する。
―――それは、正に地獄を引き裂く天使の梯子の様であった。
「【第2節・大帝剣ッ!!】」
「【第一節・穿ち抜く魔弓】」
「【
「【火紋証・
ここに、戦いの火蓋は切って落とされた。
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