第115話

山みたいな魔物の集団は地ならしとでも思って貰えれば


―――――――――――――


「...お前らサラと隊長担いで脱出できたりしない?」

「無理だ。俺らだけならともかく」

「クソッ!」


隊列を成して進んでくる魔物の集団。山脈の如き光景が迫って来る様に、ガルは焦りの籠った暴言を吐き捨てた。


「そうだ、リアム!お前のスキルを使えば...」

「無理。倒せても数体だ、包囲網は突破出来ないよ」

「だぁもう、詰んでやがる!!」


彼らだけであの魔物の集団を打ち破るのは不可能であろう。というかリアム以外の戦力は全く使い物にならないのだから、一体足りとて倒す事は出来ない。

撤退も無理。後ろからは魔獣が迫っている。魔物共の速度を考えるに、猶予はあと数分だけ。

残る希望は我らが隊長だけだが、あの様子を見るに期待できそうにない。それでも聞くだけ聞いてみようとガルは口を開いた。


「隊長が起きてくれれば大分マシになるんだが...誰か分かるか」

「無理ね。魔王化やら遺物の呪いやらで酷い事になってる」


燃えるような赤髪をした少女――確かビアンカと言っていた――のその答えに、やはりか、と思いながらも失望を隠せない様子だった。


「...お前ら、魔力どんだけ残ってる?俺は魔術一発分だ」

「なしだ」

「これっぽっちも」

「同じく」


あまりにも絶望的だ。あの山の魔物を越えるには並の魔術では無理だろう。

―――だが、ガキ二人吹っ飛ばすくらいは出来る。


「...クソ、ここまでかよ」

「そう言うなや。ここまでやってこれただけ上等ってもんだよ」


ガルが何をしようとしているのか察したらしい隊員の一人がついた悪態に、内心では賛同しつつも言葉では否定する。

ガルとて納得していない。だがしかし、こんな状況で文句を言う程ダサくはなりたくなかった。そう何処か清々しい表情をする隊員らに、サラは怪訝な表情をした。


「ガル...?」

「隊長の事、離さないでやってくれ」


悪くない終わり方だろう。一方的に託すことの残酷さはガルが最も理解していたが、しかし悪い気分ではなかった。


「【ウィンド】」

「待っ――」



そうして、サラはライトと共に空中に打ち上げられた。







しばらくサラとライトが飛んで行った方向を見つめていたガルだが、やがて彼らが点となって消えたのを確認すると振り返る。


「...さて。悪いな、お前ら」


そも顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

悔し気に顔を歪ませていた数人の隊員らも、それを見て呆れた様な乾いた笑みを浮かべる。しかし、そこに後悔の感情はなかった。


「ガキ共は戦力にならん。先に帰っとけ」


魔物は魔獣の指令を受けて行動しているのだろうが、それは逐一出されるものなのではないのだろう。であるからして、魔物はライトという個人を認識している訳では無く、ライトの居場所を感知した魔獣が指示した場所へと移動させただけの可能性が高かった。そしてそれは、ライトが遥か彼方に吹き飛ばされた後も転進していない事で確定された。


とは言え敵は間違いなくガルらを認識していた。彼らが全員逃げ出せばそちらへと追っていく筈だ。

ならば、認識を誤魔化せる暗殺者部隊ならば逃げられるだろう。


「ありがとう」

「すまねぇなオッサン」

「ありがとう、ございます...」

「必ず、また会いましょう」


四者四様の、それぞれの人格が滲み出る様な返答を聞いたガルは満足げに頷いた。

その時。ふと、かつての激戦で戦死した一人の隊員の遺言でも伝えてやろうと思いたった。理由はないだろう。


「テオの奴、言ってたぜ。『願わくば、あの四人に幸福があらん事を』ってな」


脳裏を過るのは、彼の最期の姿。

王立騎士団ロイヤル・ナイツの団員に付けられた深い傷からは血が止めどなく溢れていて、しかし、晴れやかだった。丘の上にポツンと立ち尽くす一本の木にもたれかけながら、運命なのかも、と溢した彼の表情は。

隊長抜きでの騎士団との戦いで、犠牲者がたったの数人だったのは間違いなく彼のおかげだろう。


「え...?」

「行け」

「行こうビアンカ」


何故彼らが帝国から逃亡したはずのテオと面識があるのか気にならないでもないカイだったが、しかし今聞くべき事ではないと分かっていた。

一瞬、でも、という言葉が喉まで出かかったビアンカだったが、それを聞く時間はもう失われてしまったのだと悟る。


そして、言葉を交わす時間すら惜しいとばかりに彼らは証を使って姿を消した。



「―――さて」


数秒は彼らが姿を消した方向を見つめていたガルだったが、彼らがもう遠くへ行った事を確信すると振り向いて笑みを浮かべる。


「俺らも逃げるか」

「カッコ付けといてそれかよ...」


なんとも締まらない話であった。

しかしそれも無理のない事だろう、何せ魔力が無くなった彼らに戦う事など出来はしないのだから。ならば囮として逃げ惑う方がマシなのだ。

そこに誇りや信念などある筈もなく、恥も外見も捨てて逃げまくるのだ。


「端からロクデナシの集団なんだ。死ぬその時までみっともなく足掻こうぜ!」



それが、彼らの生き方なのだから。

泥臭くも死ぬ時まで足掻くというその判断は、ある意味最期まで貫かれた信念だ。










「まだ生きてやがったのか!?しぶと過ぎだろ!!」

「黙れッ!貴様らとて目的を果たしてなお諦め悪く生きてるではないか!!」

「君達、口喧嘩は時と場合を選んでやってくれ!!」

「死ぬってマジで!!圧死は勘弁してくれよおおぉぉ!」



―――とはいえ、彼らが死ぬのは随分と先になるであろうが。









「ごめん...ごめん、みんな...!!」



一方その頃、サラは自分を吹き飛ばしたガルらが大分愉快な状況になってるなど露知らずその胸は謝意と悲しみに満ちていた。

彼女は懲罰部隊が生き残れるとは思っていなかったのだ。絶望的な状況下で告げられた、まるで最期の一言の様なガルの言葉。彼らは囮になって死ぬつもりなのだと、そう思っていた。


まぁ実際囮になるという一点に於いては間違っていないのだが、しかしサラにそれを知る手段はない。未だ逃げ延びていたヴァルターらと合流した彼らはまだ生きているが、しかし魔獣と魔物の両者に追い掛け回されているのでは何時死ぬとも知れないのは確かなのだ。


十死零生とは言わずとも、或いはあれが最期の言葉となる可能性は十分以上に高い。

だから、彼女の悲しみは決して間違っている訳では無かった。


それでも彼女は進む。

彼らの覚悟を決して無駄にしない為に、只ひたすらに。







最初に吹き飛ばされたお陰だろうか。彼女はもう魔物達から随分と距離を取っていた。王国領まであと少しという地点であり、赤い空は更にその赤みを増している。

日の出だった。

そしてそれは、指定された脱出ポイント――魔術王などの防衛戦力との合流点――まであと少しでもあるという事でもある。


数分か、はたまた数時間か。

速いような、それでいて遅いような、そんな奇妙な時間が経過した後、やがてサラはそこに辿り着いた。


そこは今や廃墟となってしまった、とある街。サラにとって、それ以上にライトにとって嫌な思い出のある街。

そこはかつて彼が拷問にかけられ、その末に住民を皆殺害した街であった。


サラはどうも運命を感じずには居られなかった。

実際は人が住んでおらず、帝国に近く、その上防壁が未だ機能しているという合理的な理由のみによって選ばれただけなのだが。


だが、そこは余りにも人の気配がなかった。

作戦実行前の情報では少なくとも魔術王が居る筈だったのに、一体なぜいないのかと辺りを見渡す。


やがてその視線は一か所に止まる。

そこでに、一人の人物が物陰に溶け込む様に立っていた。


「...王国軍の方ですか?」


そう言ってみたものの、サラはその人物が正規の軍人であるとは思えなかった。

だがここに居るならば関係者なのだろうと、ダメ元で声を掛けただけだ。


怪しげな仮面を付けているその人物は、一目で只者ではないと分かるのだから。


「違うな」

「...では、何しに来たんです?」


サラは警戒心を露わにした。今この男と戦っても勝てないだろう、しかし抵抗しないという手はない。自分の背にはライトが居るのだから。


「ちょっとね」

「...?」


そもそも何者で、一体何が目的で、何故ここに居るのか。何もかもが分からなかった。だからこそ、不気味であった。



「そいつを受け取りに来たんだ」



そう言ったエルの指は、ライトを指していた。






―――――――――――――――――

テオ死ぬの呆気ないと思った?まぁ出番はまだあるから

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