第113話 君と共に

やっとライト君の出番です...

納得いく出来にならなくて3回くらい書き直したんじゃ。


ではどーぞ。全体的に暗めでやんす。

――――――――――――――



サラは走っていた。


後ろから追い縋る様に耳に纏りつく戦闘音を無視しながら、ただ己が目的の為に地面を蹴り続ける。


思えば、自分の生は優しさと愛に満ちていた。

二人の兄も、姉も、父までも。血が繋がっていない異物である私を、愛してくれて、存在すら許されなかった私を、受け入れてくれたのだから。


だけど、私はそれを享受する事しかして来なかった。

だから、今度は私が与える側に立とう。


上から目線な考えだし、ライトがそれを望むとも思えない。それでも、私はライトを助けたいのだ。

きっと彼は拒絶するだろう。自分は血で穢れていると、罪に塗れていると言って、自らが救われる事を許しはしないだろう。

それでも、私は彼の手を取るのだ。





城に入るのは簡単だった。


歴史の浅い合衆王国のそれと違い、幾度も敵を跳ね返したであろう門はその役目を果たせない程破壊され、容易く侵入出来た。


ライトが何処に居るのかは、外から一目見ただけで分かった。城のとある部屋から、赤い瘴気が垂れ流されていたからだ。

魔王は、ライトはそこに居るのだろうと、所々に染み付く赤を無視しながらサラは走り続ける。


やがてサラはそこへ辿り着く。


その扉は、赤一色に染まっていた。血の様な、しかしそれ以上に悍ましい赤。

不安と恐怖を掻き立てるようなその光景に、しかしサラは一秒も躊躇う事もなく扉を開け放つ。



「ライト!!」



部屋の中心。一番赤くて、歪んだ空間の真ん中。

そこに、ライトは居た。





思わず息を呑む。

何故、彼はその姿を見る度に、どんどん痛ましくなってしまうのだろうか。


彼は片目しかなかった。

無くなった目から黒い靄が滲み出ていて、それが魔獣に付けられた傷と同じものである事に気付く。顔に罅が入ったかのように、黒い亀裂の様な模様が彼の顔に蔓延っていた。


だがそれ以上に、彼の纏う雰囲気が痛ましくて堪らなかった。

全てに絶望して、自分自身を憎悪するような、そんな雰囲気が。


彼の片方しかない目は開いている。だがその目は何処も見ていないようで、茫洋とした悲壮感を強めるだけだった。きっと、その目には私の姿も映っていないのだろう。


「ライト」


それでも、声を掛け続ける。

彼の視線に入るために目の前に座り込んで、その手を取って何度も声を掛ける。

それが功を奏したのか、ライトは表情を動かさずに目だけをこちらに向けて来た。そのまま数十秒が経ち、やがて私がここに居る事を認識したのだろう。


でも、それだけだった。

ライトは口を決して口を開く事はなく、ただ虚ろな目を私に向けるのみで。その目は私に向いていたけど、決して私を見てはいなかった。


「私だよ、ライト」


私はここに居る。幻覚でもなんでもなく、君の傍に居るよ。そう訴えるように手を握りながら、何度も声を掛ける。


「私はライト助けに来た」


彼はきっと、私が実際にここに居る事を認識していない。

幻覚か何かだと思っているのかもしれない。彼の目の奥底は失意と絶望に塗れていて、そんな昏い感情が少しも揺らぐ事がなかったから。


「そんなに苦しそうなライトを、放っておく訳にはいかないから」


大きな罪悪感を持っている彼が見る幻覚は、きっと碌な物ではない。自分を責めるような、そんな幻視や幻聴を感じているのだろう。だから、その正反対に位置する言葉を掛け続ける。


「あの時ライトを助けられなかった。ミアに任せてしまった。だから、今度は必ず君を助けるよ」

「...やめてくれ」


始めて、彼が言葉を発した。

分かっている。彼が救いを求めていない事なんて。きっと今の彼が求めているのは、罰や非難の声だ。誰かに肯定される事を極端に恐れているのだろう。


(...やっぱり、ミアは死んじゃったのかな)


彼がそんな風になってしまった原因はそれしかない。それに、彼の左手に握られている髪の毛は間違いなく彼女の物だったから。

決して深い知り合いではなかったけど、それでも大事な子だった。何もかもを投げ打って彼を救いにいったミアの事を、私は尊敬していたから。


そんな彼女が、死んでしまった。心が軋む音がするけど、彼は私とは比べ物にならない程傷ついて、悲しんでいる。だから、私が悲しい顔をする訳にはいかない。


「君を助ける。君を守る。君を救って見せるよ、ライト」

「...いら...ない」


要らない、求めていない。助けも、守りも、救いも。求めているのは、罰だけなのだから。そんな心の声が聞こえた気がした。

彼はそう言って下を向く。何もかも諦め、救いではなく罰を求めて。


でも、それはライトが苦しんでいて、それから救われたい証拠なんだ。彼は、罰による罪悪感から救いを求めているのだ。

罪には罰を。この言葉はきっと周りや被害者の為だけではなく、罪を犯した者の為にもある言葉なのだろう。


だがライトはそうとは知らず、死にたい、罰を受けたいと悲壮な願いのみをその胸に宿している。

ライトは罪悪感が生み出す幻覚に責め立てられる。お前は救われてはならないと、お前は罰を受けねばならないと。だから、きっと罰はライト本来の願いなどではなく、耐えがたい罪悪感から逃れるための口実だったのかもしれない。


「それでもね、ライト」


そして、サラにはそれが分かっていた。


「私は君を救って見せるよ。他の何者でもなく、君の罪から君を救って見せる」


無表情だったライトの顔に、初めて感情らしい感情の色が映る。

それは喜びでも希望でもなく負の感情だったけど、それでも私がここにちゃんと居る事を認識したようだった。


「もう...おれに、関わらないでくれ...」

「関わるよ。私が君を助けたいんだ、だからこの手は絶対に離さない」


迷わずに即答する。彼は多分、自分が関わってしまったばかりに多くの人が不幸になってしまったと考えている。だから自分と関わろうとする人を拒絶するのだろう。

でも、きっとそれは間違いだ。

私は君と関われて幸せだと思っている。だから、都合が悪くなった時だけ関係を断ち切るなんて事は絶対にしない。


「私も一緒に君の罰と向き合うよ。だからこの手を離さないで、私と一緒に来て?」


強い意志と決意で、しかし優しくそう語り掛ける。

反応を窺おうとライトの顔を見るが、その表情には困惑がありありと見て取れた。

だがライトは何も言わなかった。しかしそれは決してサラの言葉に対する肯定は意味せず、ただライトはサラが諦めない事を悟っただけなのかもしれない。

或いは、何もかもを諦めたライトに何かを決断するだけの気力がないのか。


後者だろう、とサラは判断した。


「...だから、君がどう思おうとも、私は君を助けるよ」


説得ではきっと彼を動かせない。まともな判断力すらも残っていない彼に何と言ったところで、きっと拒絶されてしまうから。

でもあまり時間を掛ける訳にはいかないのだ。懲罰部隊のみんなやヴァルターさんも戦っているだろうけれど、あの魔獣の脅威に対しては些か戦力不足が拭えなかった。戦闘音が響いている今の内はまだ大丈夫だろうけど、それがいつ途絶えるとも分からないから。


彼の意志を無視するような事はしたくなかったけれど、背に腹は代えられない。

そう思って、彼を担ごうと自分の体をライトの下に動かした。





「...やめろ」



―――だが、その時初めてライトが拒絶するような動きを見せた。


サラは知りもしない事だが、ライトにとって誰かに背負われるというのは一種のトラウマとなっていたのだ。彼がフラッシュバックしたのはあの雨の日、失意の底に居たライトを救い上げてくれたミアだった。同じように自分を助けようとしているサラとその姿を重ねてしまったのだろう。


そして、今のライトの心の内はかつてないほどの荒んでいる。


それは自らが犯した罪やミアの死という原因もあるが、何よりもライトという存在自体が変わってしまったからだろう。


今のライトは、魔王なのだから。



「―――俺に、関わらないでくれ...ッ!!」


空間が大きく歪んだ。

聖魔術でも彼の愚者の証ユニークスキルでも治す事の出来ない、エルに付けられた遺物の傷。その弱体化の呪いを遥かに上回る魔王化による強化は、ライトの魔力量を従来の10倍まで押し上げている。

最早人間が持ちうる魔力量を超えたライトが生み出す空間の歪みは、サラの体に尋常ではないレベルの負荷を掛けていた。


「く...うぅッ!」


それでもサラはライトを離さない。

何があっても君の傍に立ってみせる、何があっても君を守る。そう決意した彼女の心までも歪ませるには、ライトの魔力量は余りにも少な過ぎた。


だが空間の歪みもまた止まらない。

ライトはやはり冷静ではないのだろう。サラという大切な人が苦しみ、自らがその原因と分かっていながらもそれを止める事をしないのだから。


「あっ...!」


ライトがサラを突き放した。

離さないと決めたその手も、しかし負荷に耐えるために逸れた意識によって引き離されてしまった。


「...俺は...もう、死にたいんだ...っ!!」


魔力の渦が吹き荒れた。部屋の中にあった石屑や破片がそこら中を飛び交い、その中の幾つかがサラの体に当たる。

だが、サラは当たった場所から滲み出る血を無視してライトの方へと歩んでいく。


「君が、死にたくてもッ!!」


一歩ずつ、だが確実にライトの元へ近づくサラ。彼女を遠ざけるように、ライトはさらに魔力を放出した。

しかし、それでもサラは止まらない。


そして、やがてサラはライトの元へ辿り着く。

拒むライトの手を取り、その目を見据えながら口を開いた。


「―――私は、君と一緒に生きたい」



魔力の歪みが、消えた。


サラの言葉によって、魔王化以来心に巣食う怒りと絶望が少しだけ払拭される。

だがそれは、負の感情を含め気力という気力を全て失った事を意味し、ライトは最早立つこともままならなかった。


そうして糸が切れたように倒れ込むライトを、サラは優しく抱き留める。





―――――――――――――――

思ったよりサラのキャラを立てられて良かった。ぶっちゃけまともな出番なかったからね、この作品のメインヒロイン。

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