第110話
またしても出番のないライト君。
しかも今回短いです。許して...
―――――――――――――――
―――しかし、それは今や最初で最後の勝利となりかけていた。
人魔大戦勃発から数週間。戦況は依然として苦しかった。
果たして何処からそのエネルギー源を確保しているのか、無限に湧き出る魔物。対するこちらの対抗戦力は決して増える訳はなく、維持するのに精いっぱい。
帝国は瓦解し、合衆王国は海の向こう。海を渡る魔物の存在が確認されてないからか、それとも単に被害が出ていないからか。合衆王国は人魔大戦に積極的に参戦する事はなく、つまり王国はほぼ単独で人魔大戦に勝利する必要があった。
とは言えクリスティアやミュラーなどの戦力は参戦しているので、その点に於いては王国はかなりの助けを得ていたが。
それでも、戦争は所詮数なのだ。あの山のような魔物――伝承よりザラタンと呼称――などはともかく、普通の魔物が相手なら一般の騎士や魔術師でも戦力になるのだ。そういう数という観点で、やはり王国は苦戦を強いられていた。
戦争は最早総力戦の体を成していた。
そこらの農民に槍を持たせて前線に立たせ、前線近くの村は放棄し後方へ移動、生産面での戦力として使用する。
戦力の逐次投入や分散は愚策だが、それは兵站や兵力に限りがある場合のみなのだ。戦争の常識を無視する魔物どもは、全国境線域にて広範囲侵攻を開始した。これには王国も魔術王ら最高戦力を分散せざるを得ず、帝都への逆侵攻は未だ計画すら立てられていなかった。
食料を、人材を、領土を食い潰しながら、しかし相手に打撃を与える事など出来ずに戦線が後退する。
戦争は、ヴァルターが危惧した消耗戦へと移行しつつあった。
〇
「―――このままでは我々の敗北だぞ!!最早魔獣討伐のみが我々の勝機なのだ、何故分からない!?」
とある前線にて、一人の男が声を荒げた。
彼の名はヴァルター。最高戦力の一角、帝国の遺物持ちである。
「貴様こそ何故分からん!!自由に出来る戦力などないのだ、一人でも引き抜けば戦線は崩壊するぞ!!」
対するはオリヴィア。彼女は指揮官として戦術地図を睨みつけていた所を、乱入してきたヴァルターに口を出されたのだ。
指揮系統上彼女の方が上であったが、化け物相手では戦略も戦術も役に立たない以上、ヴァルターの方が大いに戦争に貢献している。だからだろう、上官命令だと言って彼を追い出す事はなかった。
或いは、単に彼の言う事に一理あるからか。
「であれば予め戦線を後退させておけばよかろう!」
「ここは穀物地帯だ!これ以上後退したら国民が飢え死ぬ!!」
「どちらにしろこのままでは魔物に食い殺されるんだ!!少しでも余力のある内に攻勢に出るべきだ!!」
「余力など何処にある!?」
口論は終わらない。それも無理はないのだろう、何せ両方の言葉に言い分があるのだから。同じ目的の為に協力する彼らだが、その行動原理は別にある。
オリヴィアは王国軍人として、ヴァルターは帝国軍人として。それぞれの国の為に戦っている以上、主張が激突するのは当たり前の事だった。
とは言え、両方とも冷静ではないのもまた明らかだった。
ヴァルターの言動が普段のそれとは考えられない程理論的だし、オリヴィアはそんな事にすら気付いていない。
実は、彼らがそんな状態になっているのには夫々理由があった。
ヴァルターの方は言わずもかな、祖国の破滅的な現状である。帝都は廃墟と化し、その領土は魑魅魍魎が跋扈し、国民はかつての
一方オリヴィアの方はというと、例の仮面男の事である。この世に地獄を創り出すと言ったあの男が、気になってしょうがなかったのだ。
「...平行線だな、もういい。帝都は我らの聖地だ、であれば我らのみで奪還するのが筋というものだろう」
だから、二人は冷静ではなかった。
「貴様、王国の指揮下から外れる気かッ!?」
「ならばどうする?立ち向かうならば相手をするまで――――」
―――本来気付くべき事に気付けない程に、冷静ではなかった。
「まさか内輪揉めをしてるなんて...随分と余裕そうじゃないか」
―――そこには、エルが立っていた。何かに呆れたような表情を浮かべながら、溜息でもつきそうな気楽さで。
「ッ!?衛兵―――」
「なッ、貴様―――【ジュワーズよ!!】」
彼らの反応は早かった。
オリヴィアはエルの姿を見るなり兵士を呼ぼうと声を上げ、ヴァルターは遺物をその手に呼び出して切り掛かった。
ヴァルターにとって、エルとは帝都と祖国を火に沈めた張本人。溢れんばかりの怒気を剣に込め、必殺の思いで剣を振り下ろす。
だが、そんなヴァルターの行動も無意味であった。
「【聖剣よ、この手に来りて敵を打ち払わん】」
「...馬鹿な」
彼が振り下ろしたジュワーズを防いだのは、紛れもなくアスカロンであった。
まさかエルが遺物を――それもライトが持っていた――所持していたなど思いもしていなかったヴァルターは、驚愕のあまり剣を動かせなかった。
「貴様、今更ここに現れてなんのつもりだ...ッ!!」
そして、そんなヴァルターの代わりに声を上げたのがオリヴィア。
衛兵を呼んでも来ないという事は、コイツがなんらかの小細工をしたのだろう。既に殺されたのか、或いは声が届かないだけか。ともかく、重要なのは今ここに居る二人だけでエルをなんとかしなければならないという事だった。
「別に、妙に遅いなって思っただけだよ」
エルが意味不明なのは今に始まった事ではないが、今の発言はそれ以上に理解出来なかった。とは言え、エルに明確な殺意がないのは僥倖であったが。この化け物を殺すには、些か過少戦力と言う他ないのだから。
「...理解できるように答えろ。貴様は私達の敵なのか?」
「味方だよ。とびっきりのね」
「では今まで何をしてしていた。何故こんな事をした。お前の目的はなんなんだ...!答えろ、エルッ!!」
声に怒りを含ませて、オリヴィアがそう絶叫した。
「最初の問いの答えは“魔獣と戦っていた”で、二つ目の問いに関しては...まぁ、これが運命だからかな?それで最後の問いの答えは―――」
一度そう言葉を切ると、その目に嬉々とした色を浮かべながら手を広げて口を開く。
「あの大罪人に裁きを与える事さ...!」
「...は?」
「で、その為には取り合えずこの戦争を終わらせないとね」
取り合えずで程度で終わらせられるような戦争であればこんな状況には陥っていないのだが、とオリヴィアは思ったが、確かにエル程の力を持つ人間が居ればまた話は変わって来るのかもしれない。
「...本当に協力してくれるんだな?」
「正気かオリヴィア!?」
ヴァルターがギョッとしたように目を見開いた。まさか、オリヴィアがこんな怪しい人物――それも自分にとっては仇敵――に助けを求めるとは思ってみ見なかったのだろう。
「お前が言ったんだヴァルター、賭けるしかないとな!!それでどうなんだ!?」
「うん、勿論いいよ」
あまりにもあっさりとしたその言いように、本当なのかと疑う気持ちが湧き上がってきたが、それを努めて無視しながらオリヴィアは思案する。
(戦力を抽出してその空白にコイツを充てるか?いや、本人がああ言ったんだ。ならばコイツを帝都に行かせれば――)
「あ、言い忘れてたけど――今回僕が協力するのには条件があるんだ」
「...なんだ、言ってみろ」
「条件は二つ。魔獣討伐を行う際、必ず第二目標として魔王の確保を入れる事と、あとそのメンバーはこちらが指定する事だ」
オリヴィアは思案する。果たして、コイツの言う通りにしていいのかと。
まず最初の条件である魔王については、魔術王からの情報で、非確定ではあるもののライトがそうであろうと結論が出ている。となれば、やはりコイツの目的はライトだろう。彼に対して狂気的な執着を見せるエルの事だ、そうまでしてライトを確保したいらしい。
とは言え、こちらにそれを拒否する理由はない。
魔王がこの戦争に深く関わっているのは明確なのだ、となれば情報源なりなんなりで利用出来るだろう。或いはライトが魔王ならば、単純な戦力としても期待出来る。
「最初の条件に関しては承諾しよう...だが、二つ目に関してはそちらの要求のみを聞く事は出来ない」
ただ、次の条件には何か引っかかる物があった。
エルに何の得があるのか分からないのだ。前者はライトとい目標があるが、後者に関しては理由が理解出来ない。最も、エルの言動が理解出来ないのは今に始まったことではなかったが。
ともかく、魔獣討伐のメンバーは自分の一存で決められる様な事ではないのだ。戦況や状勢、特性次第でその戦力が投入できるか否が決まるのだから。
「あー...少し言い方が悪かったね。メンバーを指定すると言うより単に入れて欲しい人物が居るだけなんだ」
仮面がの下から覗く目が、歪んだ気がした。
「サラを...サラスティア・ブリセーニョを、その作戦に参加させろ」
―――運命はまだ、終わらない。
ライトが認識する事の出来ない範囲で、しかし確実に彼を取り囲む様に。
運命と言う名の呪いが、彼を更なる地獄へと導いて行くのだった。
―――――――――――――――――
次でやっとライト君が登場します。
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