ターニングポイントⅣ 一番重い罪、そして魔王の降臨
※本作一番の胸糞シーンです。
―――――――――――――――――――
人を殺す事は罪だ。
だから、大勢殺した俺は大罪人だ。
男も子供も老人も女も。みんな殺した。
だが、それでも。
自分にとって入一番重い罪は―――――
〇
「無事でいてくれ、無事でいてくれ、無事でいてくれ...っ!」
心臓が痛い。
早鐘の様に胸を打ち続ける心臓は、今の自分の心情を現している様に思えた。
不安と恐怖、焦り。その全部を足した様な気持ち悪い感情をその胸の内に宿しながら、ただミアの元へと走り続けた。
城の至る所に散乱する死体や肉片が、ライトのその感情を更に搔き立てる。
ライトは走り続けた。
片っ端から扉を開けて中を確認し、倉庫や地下牢も見て回る。
それでもミアは居なかった。死体、死体、死体。只広がる死臭がライトの鼻を突くのみで、その視界がミアの特徴的な青髪を捉える事はなかった。
やがて、一つの扉の前に辿り着く。
その扉は焼け焦げて居た。
火魔術でも使われたのだろう、ここに来る途中でも何度か見掛けた為、ライトはそう考えた。
扉に手を掛ける。
動悸がまた酷くなった。
この扉を開けて中を確認したい。ミアの無事を確認したい、その姿を目に収めたい。
だが、それ以上に。
無事じゃなかった時の事を考えてしまって、もう何も見たくなかった。
それでもライトは扉を開ける。
その先にどんな事が待ち構えていようと、それは避けられない事だから。
覚悟は決まってないし、決められる訳がないけど。それでも、ミアが今何処に居て、どのような状況なのかを確認する義務がある―――
目に入ったのは、何処か見覚えのある部屋。
窓など一つもなく、ただあるのは人を繋げるための鎖と血の滲んだ拷問器具と拘束用の固定された金属製のの椅子。
そこは拷問部屋だった。
―――次いで鼻についたのは、悪臭。
生焼けの肉の様なそれを何倍にしもしたような悪臭が鼻を突いた。
ライトは本能的にその匂いの元へ目を向ける。
最悪の可能性として、それがミアであることも考えた。
ただそんな事にはならないよう、必死に祈りながらソレを目に収める。
「―――……」
それはやはり人間の死体だった。
どれも首を切断されており、全身の皮膚は赤く焼け爛れている。
だが一つではない。
死体は全部で3つあり、2つの死体が残りの一つに覆いかぶさるように死んでいた。うち二つ――覆い被さって方――は体格が良いと分かるが、下敷きになっているもう一つの死体はそれに比べると小柄だった。
周りに散乱している物――熱でひん曲がった剣など――で
拷問されていた、とは思えない。拘束器具は取り外されているし、拷問されている最中にしては部屋が整っていたから。
となれば、それがミアの物ではないのは明白だ。
帝国兵が、ミアを庇う理由などある訳ないのだから。
「――やぁ」
と、思案の海に沈んでいた所に、そんな声が聞こえた。
「――ッ、お前ぇ...!!」
またお前か、またお前なのか。
怒りと憎しみ、そしてほんの少しの恐怖を滲ませた目で、声を発した人物を睨む。
「答えろ...何故、お前がここに居るんだッ!!」
そこには、やはりエルが居た。
剣を構えもせず、ただ地面に置かれている箱の上に座っていた。
お前など眼中にもないとでも言いたげなその態度に、ライトはどうしようもなく腸が煮えくり返るような怒りを覚える。
―――ライトにとって、エルは絶望の象徴だ。
冤罪の時も、拷問された時も。ライトに何か不幸が起こる時は、必ずコイツが関わっていたからだろう。
「【聖剣よ】」
ライトは正気ではなかった。
目の前の仮面の男に、以前手も足も出ずにやられた事など忘れてしまう程に。
それもそうだろう、今や一番大事な存在であるミア見つからず、一番居て欲しくない相手が目の前に居るのだ。
とは言え、それはあまりにも無謀な事だった。
「【この手に来りて敵を打ち払わん】」
剣が光る。目の前に居る絶望という闇を引き裂かんと、全力で切り掛かる。
かつて戦った時は手も足も出なかったのに、ライトは再び愚行を犯そうとしていた。
「少し落ち着こうか」
「死イィねエェェ!!!!」
全身全霊の一撃。ライト本人が冷静さを失っても、今までの鍛錬の成果だろう、なお鋭さを失う事のない一閃がエルを襲う。
対するエルは無手だった
――――――――少なくとも、その時までは。
「【聖剣よ、この手に来りて悪を打ち払わん】」
「...は?」
剣が防がれた。
それは良い。
何故、コイツは俺と同じ剣を持っているんだ?
自分の剣が奪われた?違う、俺はまだそれを握っている。それに奪われたところで持ち主と認められなければあの詠唱は出来ない筈だ。
偽物もありえない、その詠唱が、自分のそれより強く光る刃が。それが本物であると示している。
じゃあ何故だ。何故エルはアスカロンを持っているんだ?
「まさか」
―――攻撃の無効化、時間停止、未来予知、そして奴がもつアスカロン。
全て、既存の魔術では説明不可能。
最悪のケースが頭を過ぎた。
それは
「君が何を考えているかは知らないけどね、僕は君の
...勝ち目はない。
あぁ、クソ。やはり俺は、コイツの言いなりになるしかないのか。
「...なんの用だ」
「酷い言い草だなぁ、少し話をしようってだけ―――」
「お前と話す事なんてない」
エルの言葉を遮り、ライトはそう強く断言した。
拒絶の意図のみが込められたその言葉に、エルは目をスッと細める。
「君、態度がなってないな。君の運命も、君の大事なあの二人の運命も―――何もかも、僕の手の平の上なんだよ?」
「お前...ッ!」
ありったけの憎悪を込めて、ライトはエルを睨む。
せめてもの抵抗の意志を宿したそれは、しかし――エルの気に障ったようだった。
「聞こえなかったのか?その態度を止めろと言っているんだよ」
――その瞬間、エルの姿が消える。
「【銘はフラガッハ】」
全身の毛が逆立つ。
本能が、全力で警告を上げていた。
「【その傷は癒える事は無く】」
まごう事無く、遺物の詠唱。
それも、存在が確認されていない遺物。
「【産褥の女の如き姿へ変貌さしめん】」
――後ろか。
そう直感すると同時に、ライトは反射的にそれを防ごうと剣を掲げる。
だが、それは手遅れだった。
「【第2節・
「...ぁがっ!!」
左目がある辺りに衝撃が走った。
視界が半分になる。
その、数秒後。
尋常じゃない程の、不快感を覚えた。
「...あ?ああ、ぁ...な、何だ...なんだこれ―――...いっッッ!?」
痛みは感じない。
だが、呪いが広がるような、顔が浸蝕されるような。
思考が、思想が、人格が、俺という人間を構成する何もかもが歪められていくような。そんな不快感を覚えた。
「ぅ...ォうえ゛ッ」
吐き気を抑える事すら出来ず、ライトは自らの胃の内容物をぶちまけた。
それでも気持ち悪さは収まらず、相変わらず最悪な気分だった。
「さて、これで立場と言うモノも理解したかな?」
「わ...分かった」
会話どころではなく、言われるがままにライトは肯定の言葉を吐き出した。
...おかしい、視界が戻らない。
あぁ、そういえばエルは言っていたな。【その傷は癒える事はなく】――と。なら、これがその遺物の効果なのだろう。隻腕の次は隻眼か、と何処か自虐気味かつ見当違いの感想を抱いた。
「...よし、じゃあ話をしようか」
禄でもない話だろうな、とライトは腹を括る。
どのみち、ライトは聞きに徹するしかないのだ。
「君は思った通りの働きをしてくれた」
――だが、エルの口から発せられたのはポジティブな言葉。
まるで今の状況とマッチしていないその言葉に、ライトはより一層不安を掻き立てられる。
「だからね、君の言う事を何でも叶えてあげよう」
またもや、エルの口から出て来た突飛な発言。
一瞬困惑するライトだったが、一縷の望みを掛けて口を開いた。
「...本当か?」
「あぁ、本当だとも」
―――ならば、迷う事など有りはしない。
「ミアとサラの両名には、手を出さないでくれ」
彼女達さえ生きているなら、俺はそれで良いんだ。
最初に地獄から引き揚げてくれたサラ。太陽の様な彼女の笑顔には、何度も救われた。彼女が居なければ、何も始まりはしなかった。
罪を犯してしまった俺を、責める事なくただ支えてくれたミア。親身になって、ただ俺の為に尽くしてくれた。彼女が居なければ、俺はもっと道を踏み外していた。
だから、彼女達の身の安全は、何よりも優先すべき事だった。
「――あぁ、分かった。僕はこの先、彼女達に手を出す事は無いと約束しよう」
全身の力が抜けた。
エルの約束などあてに出来るとは限らないし、つまり今のやり取りには何の意味もない可能性だってある。だが、それでもエルが約束を破るとは思えなかった。
コイツが何を企んでようが、俺はもう関与しない。
コイツが俺にどんな事をしようと、俺はもう絶望する事は無い。
彼女達が、生きている限り。
あぁ、安心した――――
「ところで、君は少し勘違いしているみたいだね」
「...何?」
「そこで一つクイズをしよう」
―――――嫌な予感がした。
何かを察したのか、ライトの心臓が再び早鐘のように胸を打つ。
「あそこに死体が3つある」
エルの言葉に従って、ライトもそちらへ目を向ける。
2つの死体が、残りの一つに覆いかぶさるように死んでいた。
「あんな風に死んでいるのはね―――犯していたからだよ」
「...ぇ?」
「だから――帝国兵共に組み伏せられ、強姦されている最中だったんだよ、あの一際小柄な死体は」
一際小柄な死体。
それをよく見ると、何処か既視感を感じた。
体格、体の線、身長。
―――――何処か、既視感を感じた。
感じて、しまった。
「さて、情報を追加しよう」
止めろ、聞きたくない。
「ここは拷問部屋。相手は小柄な女性――つまり少女。そして戦時中にも関わらずわざわざ城内に置かれていた人物」
「...やめろ」
「ここで質問。何日間にも渡って理不尽な暴力に晒され、何人もの野蛮な男に犯され続けた――――この髪の持ち主だった少女の名は、なんでしょう?」
エルはそう言って、何かを俺に投げ渡した。
反射的に受け取ってしまったそれを、目に収める。
「......いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ」
―――それは、特徴的な青い髪だった。
認めない、認めない、認めない認めない認めない認めない。
認めてなるものか。
「認めろよライト」
「ミアは死んだ。それも惨たらしく」
これは、お前の罪だからな。
その言葉が、切っ掛けだった。
「あぁ、あぁあ...あああああああああああああ...」
――――そういえば、結局。
俺、ミアに“ありがとう”って、一回も伝えてなかったな―――
空間が歪み始める。
ライトは、自分の視界が赤く染まった気がした。
大きすぎる絶望に耐え切れなかったのか、ただ譫言を繰り返す薬物中毒者の様に成り果てる。
憎悪と絶望に塗りたくられ、粉々に壊されたたその心は、もうこれから先、一生元に戻る事はないだろう。割れた陶器なら治せても、粉々になった陶器は元には戻せないのだから。
死にたくてたまらない。
死にたくてたまらない。
死んで欲しくて、たまらない。
こんなにも、自分が憎い。
それ以上に、ミアをあんな目に合わせた世界に、絶望した。
〇
―――魔力、と言う言葉の由来には諸説ある。
一種の神聖さをも纏う神の奇跡。精霊の加護。
その様に信仰されている魔術と言う力の根源。
だが不思議ではないか。
魔と言うのは不吉な単語であり、神聖さとは掛け離れている。
神の奇跡ならば、神力とか神通力とか、そんな感じの言葉にすればいいではないか。それを、魔と言う神とは相反する言葉で表しているのだ。
それには、何らかの理由があって然るべきだろう。
...とは言え、この説はあまりにも冒涜的だ。それに根拠も何もあったものではない。
学者だって否定するだろうし、教会の人間が聞いたら激怒する事間違いないだろう。そんな説だ。
そして、そんな説とは―――
―――魔王に至る力。略して、魔力だ。
次に、人魔大戦の予言。
【厄災に備えよ、それは必ず到来するであろう
人の業によって、必ず齎されるであろう
人の中から出でたる魔王は魔獣を呼び
魔獣はやがて魔物を呼ぶ
力を持つ適合者が世に絶望した時
それは魔王へとなり
世に蔓延する怨念が器を超えた時
それは魔獣となって世に産み落とされるであろう】
魔力が“魔王に至る力”―――或いは、予言に出て来た力――なら、ライトは十分以上にそれを保持している。
そして、器は満ち足りた。
エルとライトが、大勢の無辜の民を殺したから。
――――そして、魔王に至る力を保持するライトが、世に絶望した。
つまり、条件は達成され、人魔大戦は勃発したのだ。
――――ライトを魔王として。
〇
世界が赤に染まる。
夕日や、朝日のような、何処か神秘さと優しさを孕んだような赤ではなく。
憎悪と絶望が籠った、血の様な赤に。
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