第105話 器は満ちた


また別視点だよ...

今更ながら主人公以外の視点が多すぎる事に気付いた。





―――――――――――――――


――――あれから、一週間経った。


3人がかりでも魔術王を倒せなかった事に危機感を覚えたのか、帝国の上層部は慎重になった。

ライトはともかく、残り2人の遺物持ちのどちらかでも死んでしまったら戦線は崩壊する。そう信じ込んでるのか、怯えているとも言えるくらいの慎重さだった。


そのせいもあってか、戦場に動きはない。

互いに、偵察兵を出してはそれを迎撃するような消極的な小競り合いが発生するのみだった。


――とは言え。


国力で劣っている帝国の勝機は、電撃戦の様な勢いと思い切りの良さが必要であったのもまた事実。将官は今も必死に戦略を練っているのだろう。

大規模な攻勢はそう遠くないだろう。




―――――と、そう思っていた。




その時はいつも通りだった。

猿轡を噛まされ、拘束具で体を縛られながらただ兵士を治し続ける。

後ろにはヴァルターが居て、時折ライトに文句を言ってくる兵士に睨みをきかせていた。


傷病者を収容する天幕。その入り口に掛けられている布が、大きく翻った。

ヴァルターが誰何するような視線をそちらに向ける。


そこには、肩で息をしている兵士が居た。

余程急いできたのか、鎧も脱ぎ捨てられていた。


――嫌な予感がする。それも、とびきりの。



「...で、伝令!!帝都が奇襲を受けています!!」



帝都が...奇襲を?


...あぁ、嫌な予感がする。


あそこには、ミアが居るから。



「――何だと!?...いや、今はそれよりも上は何と言っているのだ!!」

「可及速やかに反転し帝都を襲撃している敵勢力を排除せよとの事です!!」


叫ぶように早口でまくしたてる伝令兵。

その言葉に、小さな違和感を覚えた。


“何故、王国ではなく敵勢力と言った?”...と。


「敵は王国なんだな?」


そんなライトの内心を知ってか知らずか――ともかく、ヴァルターが都合よくそんな事を聞いた。

まぁ、疑問ではなく確認をしているあたり、ヴァルターもそのような違和感を覚えているとは思えない。

ただ単に聞いただけなのだろう。


だが、そう問いかけられた兵士は何故か躊躇うような視線でこちらを見てきた。

俺には言えない機密情報なのだろうか。


しかしそんな兵士の視線に気づいたヴァルターが構わんと一言告げると、その兵士はゆっくりと口を開いた。


「...例の指名手配犯を確認しました。王国と手を組んだのかと」



―――そう言えば、エルと初めて会った時。

『僕はいろいろとやってきた犯罪者だ。この国指名手配されている』

なんて、言っていた気がする。



「...エルか。どうやら急がなければならんようだな」












動悸が止まらない。

俺はエルの言う通り全力で戦ったハズだ。あんな事したくなかったのに、悲鳴を上げる心を無視してサラ達と殺す気で戦ったハズだ。


なのに、何故エルは動いた。


自分は何か失態を犯してしまったのか、エルの気に障るような事をしてしまったのか。未だ冷静さを取り戻さない脳で必死に考える。


だが答えが出る筈もなく、ただ焦りを抱えながら馬上で揺れていた。



――馬上、という事から分かる通り、今のライトは戦場に移送される時とは大きく異なっていた。ある程度信用はされているのか、或いは余裕がないのか。


ライトは拘束具すらされずに馬を走らせているのだ。

とは言え、最低限の警戒の為に猿轡は付けられている。これがある限りアスカロンも魔術も使えないのだ。そんな状態では並走しているヴァルターに勝てないだろう。


また、ライト達が居た戦場にも変化があった。遺物持ちが全員引き抜かれた帝国軍では戦線を維持できないとして、王国の中ばまで差し掛かっていた戦線は国境近くまで戻されたのだ。


そして今は、引き抜かれた2人、そして最低限の人員と共に馬で駆けているという状況だった。



そんな中、ライトは必死に考えていた。



――全速で駆けている馬上と言うのは、結構危ない物だ。

少しでも気を抜けば落馬するし、そうでなくともかなりの衝撃が連続して襲ってくるのだ。考え事が出来るライトと言うのは案外凄いし、会話など出来る訳がない。


「初めまして、キミがライト君だね?」


...訳がない、のだが。

その男には常識が通じないようで、挨拶をするような気軽さで――まぁ実際挨拶のつもりではあるのだが――そうライトに話し掛けた。


猿轡があるので返事が出来ないので、ライトは頷いた。


「いやぁ、これから一緒に戦う訳だろう?遺物の特性上あまり前には出れないけど、挨拶くらいはしておこうかなぁって」


...この男が、遺物フェイルノートの所持者か。

何度か共に戦った事はあるが、はるか後方から援護してくるだけだったので直接顔を見るのは初めてだった。


「僕はミュラーだ。よろしく」


祖国の首都が襲われているのにそんな気軽さで良いのか、と思ったライトだったが、やはり猿轡のせいでそれを口にする事はなかった。

...いや、猿轡があろうがなかろうが、どちらにしろライトは何も言わなかっただろう。こうして共に戦う事になろうとも、本来なら敵同士なのだ。


ミュラーの口調はどことなくエルに似ていた。

彼とは違って狂気も諦観も感じないし、知性と親しみやすさを発しているミュラーは口調以外ではエルと真逆だ。

そう分かっているのに、ライトはエルの事を連想せざるを得なかった。


やはり、自分は少し焦り過ぎている。

少し冷静になるべきだったが、それでもライトはミアの事が心配でならなった。



...と、そんな事はあったが。

それ以外に特筆すべき事はなく、ただ寝食を惜しんで走り続けた。

何頭もの馬を使い潰し、何人もの騎士が脱落し、それでも強行軍を続けたのだ。


その速さは行きの比ではなく―――





なんと、2日後には帝都に到着していた。



「...馬鹿な」



―――だが、そんな必死の強行軍は徒労となる。



「...この戦争、僕達の負けかな?」




彼らを待っていたのは、火に包まれる帝都だった。







――とは言え、ある帝都予測は出来ていた事だ。

焦り出す気持ちを落ち着かせながら、努めて冷静たろうとしながらミュラーは思案する。


馬を駆るその道は何かから逃げ惑う人々で満ち溢れていたし、帝都が陥落したという情報もそれとなく知っていた。

その時は世迷い言だと判断したが、この光景を一目見ればそうでない事が分かる。


今僕らがするべき事は、情報収集だ。


何故帝都が墜ちたのか、どのような経緯でこうなったのか、皇帝は無事なのか、まだ抵抗している勢力はあるのか。

それらの情報次第で、自分達が次に取るべき行動は変わって来るのだ。


そう判断したミュラーは、一瞬考えるような素振りを見せると、先頭に進んで口を開いた。


「――今より僕が指揮を預かる。各員傾注せよ!」


ヴァルターに指揮など出来る訳ないし、ここに居る人員の中で最も階級が高いのは自分だ。ならば僕が指揮を取るしかあるまい。


「第一優先事項を皇帝陛下の安全の確保、第二優先事項を敵勢力の情報収集、第三優先事項を帝都の住民の安全とする。また第一事項に関してこれを達成できないと判断した場合は皇位継承順位の高い皇族を優先して保護へ移行せよ。また敵の脅威度は未知数であるからして、回避出来ないと僕が判断した場合を除き戦闘行動は避ける事。以上の事を注意しつつ我々は帝都へと突入する」


大分早口になってしまったが、仕方ないと割り切ろう。

一々噛み砕いて説明する余裕はないし、ここに居る人間はヴァルターを除いて皆能力が高い。今の言葉も理解してくれたはずだ。


となれば、あとは突入するのみ。


「ヴァルター、貴官に先頭は任せる」

「了解!では突入する、我に続け!!」







ミアは無事なのか。


ライトの心の中は、その一言に埋め尽くされていた。

心の中には余裕などなく、ただミアにもしもの事があったらという恐怖の感情が脳を支配する。


――いや、“もしものこと”などではないのかもしれない。


帝都の現状は、それほどまでに酷い物だった。


民家があったはずの場所には巨大なクレーターがあるのみで、誰一人生きているとは思えなかった。可燃物などない筈なのに、辛うじてクレーターの範囲から逃れている石畳やレンガの建物はずっと燃え続けている。


そんな光景を見れば見る程、やはりライトの心は悲鳴を上げる。



――と、その時。そんなライトの表情を見かねたのか、ミュラーが口を開いた。



「ライト君の猿轡を外してくれ」



ヴァルターが一瞬咎めるような視線を向ける、指揮権はミュラーが持っているのだ。軍と言う縦割り社会に於いて命令は絶対であり、つまり同格の存在であるヴァルターでもミュラーの行動を咎める事は出来なかった。


やがて、ライトの言葉を押し込めていた猿轡が外される。


「時間がないから直ぐに済ませよう。さて、君はどうしたい?」


呆然とした、それでいて焦りと恐怖をありありと見て取れる表情でしばらく呆けていたライトだったが、辛うじて残っている理性が何とか言葉をひねり出す。


「ミアが...人質になっている筈の女の子が居るんだ!その子を探したい...っ!」

「分かった。人質なら城だろうしそのまま一緒に捜索しよう」



...実際は、ミュラーはミアの居場所など知る筈もなかった。

だがそれを口にした所でライトをより不安にさせるだけだろうし、それに戦力的にライトには付いてきた欲しかったのでそう言っただけなのだが、それでもライトの心情は幾ばかマシになった。



そうして城の中に入ったライト達だったが、しかしその表情は険しくなる一方だ。


――帝都とは違い、城の中は何かに抵抗した痕跡があった。


城の中には近衛兵が常駐しているから応戦自体は出来たのだろう。

だが、皆一刀のもとに切り裂かれていた。魔術も使われたのだろう、焼け爛れた死体と真っ二つになった死体の2種類がそこら中に散乱している。


近衛兵は精鋭中の精鋭。

魔術王と剣聖の両名に突入されても、こうはならない筈だ。


エルとはこんなにも強かったのか、と彼らは表情を険しくしていた。


...相変わらず、ライトはそのような思考をする余裕はなかったが。




そうして進むこと数分、何かの気配を感じたのか、ミュラーが足を止めて口を開く。



「...何者だ!」


ライトが、ヴァルターが、ミュラーが。それぞれの遺物を構えて気配のする方への警戒を高める。


――だが、そこから出て来たのは予想外の人物だった。


主に、ライトにとって。




「こちらに抵抗の意志はないですよ」



両手を挙げながら出て来たのは、ヒロだった。












「...お前」


何故そこに居るんだ、と叫び出したかったライトだが、少しだけ冷静になって考えれば答えは出た。


ヒロは王国軍に所属していた。なら単純に何らかの作戦行動中なのだろう。


「王国兵か?」

「はい」

「...何の用だ」


ヒロに戦意はないと悟ったのか、武器を下ろしこそしなかったものの、張り詰めんばかりの緊張が少しだけ和らいだのを感じだ。


「情報を提供しに」

「...言ってみろ」

「皇帝陛下、並びにこちらで保護した皇子1名を除き皇族全員の死亡を確認しました。よって唯一継承権を持つエメリヒ皇子を暫定皇帝とし、その名を以て停戦を申し出されました」


「なんと...」


「帝都強襲に参加していた懲罰部隊隊員である合衆王国の王女が一時的にこれを受理、現在は帝都の残存戦力と共に王国へ脱出中です」



―――ヒロの言っている事が事実なら。



「...そうか、我々は負けたのか」



この戦争で、帝国は敗北したという事になる。

彼らにとって納得出来る訳のない話だったが、実際この城の現状を見ればヒロの言葉に信憑性がある事は分かった。


「...ちょっと待ってくれ、君たちの勝ちだろう?なら何故帝国から脱出しようとしているんだ」

「エルが暴走したんですよ。今の我々ではどうしようもない」

「...分かった。ではそちらに合流しようか」


「待ってくれ」


―――そんな事はどうでも良いんだ。帝国が勝とうが負けようが、今一番大事なのはミアの安否なんだ。


「ミアはそこに居るのか...っ!?」


「...いえ、彼女は確認出来ていません」





その言葉を聞くや否や、ライト走り出す。


帝国軍人達はそれを制止しようとしたが、しかしもうライトに対する命令権はなかった。ライトを縛るミアという人質。その安否が不明な今、彼を止められる人間は居ないからだ。


そして、ヒロはそんなライトの後ろ姿を複雑な表情で見つめていた。



「...これしか、ないんだ」



―――そんな、罪悪感に満ちた言葉を呟きつつ。














――――――――――――――――――

深夜に書くんじゃなかった。文章がめちゃくちゃだ。

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