第104話

今回も幕間みたいになってしまった。本当に申し訳ない...

マジで次こそは物語を本格的に進めるから許してクレメンス。



でも展開に悩んでるから次に投稿するの1週間後くらいになるかもしれないです。


ではどーぞ

―――――――――――――――――







「...で、やっと戻ってきたのですか?」


呆れを滲ませる溜息を付きながらそう溢したのは、対面する老人の3分の1も生きていないであろう少女。オリヴィアだ。


「いやあ申し訳ない。転移魔術はそうポンポン使えるもんじゃなくてのぉ...」


対面している老人――魔術王は、そう言いながら真っ白になった自身の髭を触る。

何処か気まずげだった。


「心配したのですよ...死んでしまったのかと思いました」


オリヴィアにとって、魔術王は祖父の様な物だった。だからだろう、少しでも舐められない為の偉そうな口調も、魔術王の前では鳴りを潜めている。


「安心せい、まだ死ぬ訳にはいかんよ」



オリヴィアは父の道を継ぐために長らく軍に身を置いている。幼少期から士官学校で戦術、戦略を勉強。卒業してからは王都で上層部とのコネ作り他にも。合衆王国との戦争でやらかした父の名誉回復など、オリヴィアはずっと働き詰めだった。


そんな生活の中で心の支えになったのは、魔術王とミアの存在だった。ミアは姉妹で、魔術王は祖父。オリヴィアは彼らを家族として認識していた。


...だからだ。


ミアが消息不明になって、魔術王すら戦いに出たきり行方が分からなくなったと聞いた時、オリヴィアは心臓が凍るような思いをした。


ともかく、そんな思いをしていたオリヴィアにとって、魔術王が無事だったという事実はとてもありがたかった。


「...戦線が後退気味です。帝国の実験体どもも厄介極まりなく、王立騎士団は動かせません。今自由に出来る戦力は貴方だけです」


帝国と王国の間で繰り広げられている戦い。その舞台となる戦線は二つあった。

一つは国境線より100キロ後方に広がる平野、ここが主戦場となっている場所だ。敵の遺物持ちは全員ここに居るし、こちらもその対応の為に戦力の大部分を送っている。聖女、懲罰部隊、合衆王国軍全てに魔術王。


本来ならここに王立騎士団ロイヤル・ナイツが加わる筈であったが、彼らはもう一つの場所で釘付けされていた。


その場所とは、主戦場よりさらに後方。

王国内部と言っても過言ではないその地点――と言うには広大過ぎる範囲。


そこでは、帝国の実験体である暗殺者が大暴れしていたのだ。もっと具体的に言えば、気配遮断系のスキルを持った人物が指揮系統の上位に位置する人間を殺して回っていた。気配遮断系のスキルを持っている人間は王国にも居るが、戦術的に運用される事などなかったからだろう。王国は彼らに対する有効的な対策を施す事は出来ず、ただやられるがままだった。


おそらく幼少期から教育してきたのだろう彼らは、騎士などよりもずっと高度な動きを見せていた。

補足する事は困難を極め、しかしこちらの士官はいつの間にか死んでいる。


彼らは村の村長から街を治める貴族、果ては自警団の団長から軍の将官まで、指揮する側の人間を大量に殺して回っていた。

指揮系統は滅茶苦茶。つい昨日までただの兵卒だった元農民が一番上の立場になった旅団――2,000から8,000、2〜4個の連隊または大隊で構成される部隊――が出たと聞いた時はあまりの酷さに頭痛がしたくらいだ。


ともかく、そんな連中を放っておけるはずはなく、かと言って元敵国である合衆王国の人間を自国の奥深くに入れる事も出来ず。


王国は予備役まで動員して捜索網を張り、囮として監視本部を設置。その護衛として敵の戦闘能力自体は脅威ではないとして細分化させた王立騎士団ロイヤル・ナイツの団員を配置した。


つまる所、王国はたった数人を――それも遺物持ちですらない――相手に大軍と最高戦力を配置せざるを得なかったのだ。

そしてそれは、戦略面に於いて王国は大きく後れを取ったという事になる。


そして、その影響は前線にも出ていた。

上手く連携が取れない合衆王国とその数の半数近くを別の戦場に投入している王国軍のは帝国を相手に苦戦していた。戦線もジワジワと後退している。


総じて見れば、連合軍は明らかに劣勢であった。


無論、それらの事実はオリヴィアは重々承知であり、先程までも必死に策を練っていた所なのだ。


だから、もう少し一緒に居たくとも、最高戦力の一角である魔術王を遊ばせておく余裕などない。



「...魔術王は5分以内に出撃。南部戦線へ急行し友軍を援護せよ」



魔術王が居ればもう少し時間が稼げる。

今はただ敵の攻勢を凌いで戦力を温存するべきなのだ。


――こちらには、まだアイツが居る。


素性も分からない人間を信用するのは憚られるが、それを差し引いてもあの圧倒的な戦闘能力は魅力的だ。それでも平時ならば頼る事など考えられないが、しかし先程も述べたように今は余裕がない。


だから私はアイツの提案を受ける事にした。


...いや、言い訳か。


結局、脅されて選択肢を奪われた以上、私に出来る事など何もないのだ。

精々が人形か、或いは傀儡か。ともかく、運命は既に決定されている。

それを見届けるのが、私の役目だろう。









「...本当に何をしていたんだ、お前は」


魔術王が天幕を出てから数分後。

何処からともなく表れた仮面の男に、そう溜息を溢す。


「報告じゃ敵の遺物持ちは一人も死んでないぞ?」


魔術王と懲罰部隊が敵陣へ強襲を掛けた時、コイツも付いていったハズだった。

にも拘らず、敵に大きな損害が出たという話は少しも出てこない。

さっきの魔術王と話した時、彼一人で3人の遺物持ちと戦ったと言っていた。となれば、コイツは戦場に姿たすら見せなかった可能性もある。


「いやぁ、ちょっとやらないといけない事があってね」


...頭痛がしてきた。

こんなザマで本当に帝国を倒せるのか?

コイツに任せるのが心底不安だ。


「...お前は自由に出来る唯一の戦力なんだ、少しは手伝え」


コイツは後方のネズミ狩りには使えない。

いくら強かろうと敵を補足する能力が欠けていれば何の役にも立たない。


他の能力も人格も何もかも信用していないが、その戦闘能力だけは信頼してもいい。

だから戦闘能力以外何の役にも立たないというヴァルターにぶつければ、より強いであろうコイツなら勝てるだろうと踏んだのだ。


...まさか、戦いすらしないとは思わなかったのだ。


「と言われもなぁ、俺はこの戦争を終わらせるために動いている訳じゃない。目的の為にはもう少し犠牲が必要なんだ」

「具体的にはどれくらいなんだ。指揮する側として知っておく必要がある」


「あと10万...いや5万だな。残りはこちらで処理する。帝都の住民には申し訳ないがね、あまり沢山兵士が死んだら困るんだ」



「...お前、民間人を虐殺するつもりか」


その仮面の下には、どんな表情があるのだろうか。

何ともないような表情か、愉快そうな表情か。少なくとも、罪悪感を感じているような表情はありえないだろう。と、そう思った。


どんな目的であれ、何万人もの民間人を虐殺するヤツがまともな訳がない。

コイツは、守るべき最低限の境界線を飛び越えている。


「手段を問わなくなったら、それはただの獣。しかも強大な力を持つ獣だ、余計タチが悪い。人ならば守るべきラインは超えてはいけない...地獄は地獄に押し留めておくべきだからな」


オリヴィアは知っていた。

軍という強大な力を持った集団が暴走すれば、目も当てられない大惨事が起こる事を。どちらか一方が手段を問わずに戦い始めたら、もう一方も感染する様に手段を問わなくなる。そしてその戦争が終わった頃には、どちらかの国は灰燼に帰している。


戦争は外交の手段と言うが、正にその通りだ。

国を豊かにする為に戦争をするのならば、そのようなリスクは背負うべきではない。


つまるところ、目的と手段は見誤るなという事。


そして、目の前の男は、それが出来ていない様に思えた。

大量虐殺という段階が必要な目的というのも碌でもないだろう。


「この先に待っているのが地獄だと言うのは肯定しよう。この時代の人間が経験した事のないような、最悪の地獄だ」


「っ!分かっているなら何故―――」

「お前が知る必要はない」


あぁ、いつもこれだ。

少しでも重要な事を聞こうとすれば、必ず今の答えが返ってくる。


...だが、それにしても。先ほどの言葉は気になってしょうがなかった。

この世の地獄と思えるような光景は沢山見てきた。戦場がその最たるモノだ。


行きたいという願いは決して叶わず、死にたいという願いもまた叶わない。


飛び交うは魔術と断末魔。


死体を啄む鴉は死神の如く。

湧き出る蛆虫は魔物の如く。

死肉を貪る犬は悪魔の如く。


――そして、血と炎で赤く染まった大地は魔境の如く。


あぁ、ここが地獄かと。


始めてその光景を目にしたときから、そんな思いが胸の中にある。



だから、そんな地獄は、地獄の中だけに押し留めておくべきだ。

地獄と地上の境界線は明確にしておくべきだ。


でなければ、この世は地獄に吞まれてしまう。



そして、この男は。



「まぁ、せっかくだから目的くらい教えてあげよう」




―――この世を、地獄に変えるつもりだ。







「人魔大戦の再臨。それが俺の目的だ」





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