第103話
避ける、避ける、避ける。
掠っただけで体が抉れる様な魔術を。文字通り雨あられの如く放たれ続けるをれを。
半壊した体でよけ続ける。
「――チッ」
また一つ、魔術を喰らった。
被弾箇所は右上腕前部、骨が露出する程の損壊。
これではもう右腕は使えない、そう判断した俺は聖剣を左腕に持ち替え、そのまま躊躇わずに右腕を切断する。使えもしない部位が残っていた所で何の意味もないのだ、ならばその個所は削ぎ落して被弾面積や重量を減らした方が良い。
――とは言え、これでまた隻腕に戻ってしまった。
しかも利き腕だ。もう先ほどまでの様に剣を振るう事は叶わないだろう。
状況は相変わらず最悪だ。
俺の動きはどんどん鈍り、魔術王は変わらず魔術を放ち続けている。
殆ど詰みに近いと言っていいだろう。
...だが、一つ分かった事がある。
魔力がなくなったと思っていたが、実はそうでもない気がするのだ。
魔力切れの症状が出ない、という事がそれを証明している。
魔力切れの原理は以下の通りだ。
魔力が底を着くと、体は魔力を回復させようと周囲の魔力を異常な速度で吸収し始める。そしてその過剰な吸収の負荷に体が耐え切れず、体の魔力回路が破壊される。
少なくとも現時点では、これらの事象は全く起きていない。
となると今魔力切れが起こらない理由として考えられるのは二つ。周囲に魔力が存在しない、或いはそもそも魔力はまだ残っている――だ。
おそらく後者だろう。前者ならばそもそも魔術の発現が不可能だろうから。
つまり、俺にはまだ魔力が残っている。
...だが、その魔力を使おうとしてもうんともすんとも言わない。
自分の中にある魔力を感知する事が出来なければ、魔術を発動させる事など出来る訳がない。
魔力が残っているのに使えないという事は、やはり魔術の行使に必要な何らかのプロセスに対する妨害があるはずだ。魔力回路や魔術行使の直前の段階に問題はないだろう、そもそも魔力を感じる事が出来ないのなら、もっと前の段階に何らかの問題があるという事だ。
魔術の行使に必要なプロセスは大まかに分けて3つ。体内の魔力を動かし、大気中の魔力に干渉、魔術を発現する――だ。今俺が魔術を行使できないのはこの第一段階、つまり体内の魔力を動かす段階に問題があるのが原因だろう。
そもそも、魔力を感じる事が出来ないというのが不可解だ。
いつもは何となく把握出来る魔力の残量すら分からなくなっている。こんな事は魔力切れの時だって無かった。
魔力を感知する器官に何らかの妨害が掛かっているのだろう――と、取り合えずの結論を出した。
―――ともかく、魔力があると分かれば出来る事はある。
さっきから、頭の中にこびりつく様に思い浮かんでくる詠唱があった。
左手に持つアスカロンが訴えている。“この詠唱を口にしろ”、と。
遺物はその使用自体に魔力を消費する事は無いが、この詠唱には魔力が必要だった。今まで一度も使った事がないし、
それでも、この詠唱は今の状況に対する最適解だ。
剣がそう言っているから、と言うだけではない。
この詠唱を口にすれば、後は自動で発動される気がするのだ。
魔力操作に何らかの妨害が掛かっている今、詠唱を口にするだけで発動されるであろうアスカロンの技は都合がいい。
...だが、今はそんな余裕がないのもまた事実。
どうにかして時間を稼ぐ必要がある。
何かないか――と、祈るような気持ちで周りに目をやる。
「...アイツ、本当にどうなってんだよ」
目についたのは、体の至る所から石の槍が突き出ているヴァルター。
とっくに死んだと思っていたが、まだ動けるらしい。
剣を付きながら立ち上がろうとしていた。
「時間を稼げヴァルター!!遺物でなら魔力を使えるハズだ!!」
ともかく時間が欲しい。
その脳筋具合からして大いに不安はあるが、ヴァルターは俺よりもずっと長く遺物と共に戦っている。ならば遺物に対する理解も深いハズだ。
ついでに、姿すら見せないもう一人の遺物所持者にも聞こえるよう大声で叫んだ。
「...私に指図するな」
そう毒を吐くヴァルターだが、その声には力がなかった。
何処か諦めたような、それでいて今から行う行動に注力するような。
そんな声だった。
「【虹の如き精彩】」
ヴァルターがそう呟いた瞬間、彼が手にする剣に陽炎の様な歪みが発生する。
かつてエルが見せた様に、空間を歪ませる程の魔力が剣の周囲に集まっているのだ。
侮っていたつもりは無かったが、やはり遺物持ちと言うのは皆尋常ではない何かを持っているのだろう。
「【王権の象徴たる陽よ、大地に遍く光を注げ】」
その時、ヴァルターの持つ剣の色が変化した。
虹の如き、とは正にこの事なのだろう。
赤、青、金、銀。目まぐるしく変化するその剣は、どこか神聖さと権威を示している様に見えた。
「まだ生きておったのか...ッ!」
――だが、魔術王がそんな目立つ事を見逃すはずもなく。
再び、魔術がヴァルターを襲う。
一瞬でヴァルターの元に到達した火魔術は、爆音とともにその体を火に包み込む。
――だが、ヴァルターの頑丈さは折り紙つきだった。
火が消え去った時、そこには変わらず剣を地面に突き刺すヴァルターが。
彼は目を瞑り、剣はその魔力の放出を開始した。
「【第1節・太陽剣】」
眩く、目を焼かんばかりの光。
神聖さを滲ませつつ、しかし残酷なまでに強力なそれはそこに居る全員の視界を奪う。続いて聞こえる、陶器が割れる様な音。
魔術障壁が、割れた。
―――今だ。
「【思い邪なる者に災いあれ】」
――思い浮かべるのは、刃。
どんな魔術をも切り裂く、最強の刃。
「【如何なる魔術も我を脅かす事はない】」
「【第4節・
そして、視界も晴れぬまま、アスカロンから斬撃が飛ばされた。
ライトが視認する事はなかったが、黄金のそれは一閃の光となって魔術王目掛けて空を翔ける。
そして、1秒にも満たぬ数瞬後。
それは
〇
「――無理やり従えたのかと思ったが...あ奴より才があるとはな」
末恐ろしい、と言うのが正しいのだろう。
目の前に居る少年は、果たして何処まで強くなるのだろうか。
ライトが聖剣を使っていた時、始めはその圧倒的な魔力量で無理やり持ち主として認めさせたのだと思った。
おそらくそれ自体は間違っていないのだろう...だが、今はそうではないようだ。
あの剣聖ですら、アスカロンの本当の力を引き出すのに数年掛かっている。
それを、ライトは一部とはいえたったの数カ月で習得したのだ。
魔術が、斬られた。
領域という干渉不可能なはずの創造魔術が、いとも簡単に。
自身に掛けていた幾つかの魔術陣、ローブに書き込んである大量の魔術陣。
その全ても、一刀両断されている。
「...カハッ」
血を吐く。
―――それだけではなかった様だ。
体内の魔力も魔術回路も。
魔を冠する全てが切り裂かれた様だった。
物理的な効果は一切ない代わりに、対魔術に特化したアスカロンに刻まれた
「...ワシの負けか」
そう呟いた魔術王に、一本の矢が飛来する。
そう、それはまるで――かつて、愛しき人を失った時のように。
心臓目掛けて一直線に進んでくるそれを、魔術王は避ける術を持たなかった。
魔術王は諦めたように目を閉じた。
その行動に、ヴァルターは少ない脳みそで勝利を確信し、ライトは表情を曇らせる。
「―――フッ、ワシがこの程度で死ぬと思ったか」
だが、それが魔術王の胸を突き破る事は無かった。
〇
「...まぁ、結構危なかったがの」
山にある小さな小屋で、一人安堵の溜息を付く。
その手には自身の口から出た血が付いており、只でさえ老いている魔術王にとっては間違いなく重症だった。
「...あと1秒でもタイミングが遅ければポックリじゃったわ」
実はこの魔術王、自身の生命の安全が絶たれた時の為にいくつもの策を用意してあったのだ。
まずは転移魔術が刻まれた魔術陣。これは対象を常に特定の場所へと呼び出し続ける魔術陣であり、本来なら数秒ごとにこの地へと戻ってしまうそれ。だが、魔術王は自身に転移魔術に対抗する魔術陣を刻んだ。
――魔力と血液のどちらかが不足した際に効力を失う、という条件を付けて。
だが、魔術王はその条件により魔術陣が効力を失い、結果転移魔術によって戻ったのではなく、単に自身に刻まれた魔術陣が切り裂かれたことで転移魔術に対抗できなくなった事でここへ戻ったのだ。
もし指定の条件下――つまり魔力か血を失った――タイミングでここに転移されたとしても、おそらく手遅れだっただろう。
心臓に矢が突き刺さった死体が小屋に出現するだけだ。
つまり、ライトがアスカロンの
「...にしても、厄介じゃな」
ともかく、ライトの脅威度は以前と比べると大きく跳ね上がった。
何らかの対策をしなければいけないだろう。
聖魔術で自身を治療しながら、再びライトと戦う事になった時の為に頭を働かせる。
どうすれば勝てるか、どうすればあの遺物の
「...あぁ、そういえば王国軍に合流しなければの」
とは言え、戦いは終わった。
少しばかり休まなければ老体が持たんわ、と魔術王は愚痴るのだった。
―――――――――――――――――――
マジで戦闘描写苦手。
さっさと展開を進めたい...
ではまた。
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