第98話

投稿遅れました。

いやマジで申し訳ない。結局冬休みまともに投稿出来なかったとは...



―――――――――――――――――





サラの首目掛けて振り下ろされた、鋭い剣閃。








―――しかし。


その聖剣が、サラの体に触れる事は無かった。


剣とサラの間に、薄く、それでいて信じられない程強固な不可視の壁が、ライトの剣からサラを守っていたのだ。



「――ふむ。何やらワシが居ない間に色々あったようじゃの」



こんな事が出来る人物は、ライトは一人しか知らない。

こんな風に老人口調で話す人物も、常に余裕を浮かべながら髭を触るその人物も。

――ライトは、一人しか知らない。



「ミアも退職金も奪いおった恨みもあるのでな、今ボコボコにしたるわい」



「魔術王...ッ!」



歓喜の表情を浮かべながら、ライトはそう叫ぶ。

自分がサラを殺さなくて済む、と。

それに、ライトは魔術王がどれ程強いのか知らない。だから、彼なら或いは自分を殺せるかもしれないという期待もあった。


「【ウィンド】」


ライトの判断は早かった。

風魔術――それもありったけの威力を込めた――で魔術王の元へ加速。

無論そんな事をすればライトの体は只では済まず、全身の至る所が骨折。そしてもはや条件反射の如き速さでそれを治す。


「見てられんわ」


しかし、魔術王はその余裕そうな態度を崩さない。

不審に思わないでもないライトだったが、一度速さに乗ってしまった以上簡単には止まれない。ならばこのまま突っ切るとばかりに突き進む。


――が、そんなライトの考えは、自身の体ごと吹き飛ばされる。


ある程度予測出来ていた事とは言え、それでも驚かずにはいられない。

以前ヒロと戦った時も苦戦したが、魔術王はその比ではない。魔力の揺らぎも、攻撃動作も、何もかも見えぬまま魔術が飛んできたのだ。


実際、ライトにとって魔術王との相性は最悪だった。

中遠距離ではまるで話にならないし、かと言って近付けもしない。狙えるとしたら魔力切れだろうが、魔術王程の相手がそんな間抜けな事をするとも思えない――


――と、ライトが思考している間にも、戦いは進んでいる。

風、氷、炎、岩。多種多様な魔術が――それらを放っているのは殆ど魔術王だが――飛び交う。地形は容易に変動し、空気は切り裂かれ、空には黒煙が立ち昇り、ただ変わらぬのはその要因たる術者達。

ライトが接近し、魔術王が魔術を放ち。それを掻い潜っても魔術障壁がライトを阻む。そもそも魔術障壁は物理攻撃に対してその効力を発揮しないハズのモノであるが、そのような常識すらその老人には通じない。


それもそうだろう、彼はその生涯の全てを魔術に捧げ続けてきたのだ。

対するライトはたったの数年。それも、剣術の代替案としてという消極的な理由。

魔術という一点に於いて、ライトは魔術王に大幅に劣っていた。


「...お主はお仲間を連れてさっさと戻らんかい。邪魔なんじゃよ」


未だ周りに気を使う余裕のある魔術王だから気付いたことだが、懲罰部隊はまだそこにいた。意識を失っている者、繰り広げられる戦いをただ茫然と眺めている者、その程度の違いはあれど、皆その場から離れようとはしていなかった。


サラはその言葉にハッとする。

あぁ、確かに今の自分は邪魔でしかない。サラはあの戦いに付いていけるとは思えない。付いていけたとしても、自分はライトを相手に戦う事が出来ない。

その上魔術王は優勢だ。邪魔が入らなかったら、そのままライトを打ち負かす事が出来るかもしれない。その先の事は分からないけど、殺し合いの果てにどちらかが死ぬよりはマシに思えた。

だから、ライトの事を思うなら。


今すぐ、ここから離れるべきだ。


サラは自分の不甲斐なさに唇を噛み、震える程手を握りしめる。

それでもライトの為に、サラは隊員に声を掛け始める。


何人かは反対したが、それでも自分達が邪魔なのは理解したのだろう。

やがて渋々ながらも頷き、仲間との合流地点へと目指して歩き出した。

サラは何度もライトの方へと目を向け、その度に表情を曇らせながらも、他の隊員と同じ様にその場から離れて行った。


それを見届けたライトは酷く安心する。あぁ、これで彼女を殺さずに済む、と。

最も、彼女がこの場に留まったところで、ライトが彼女を殺す事を目の前の老人が許すとは思えなかったが。


「...さて、これで遠慮なく戦えるぞ?加減なぞせずに掛かって来い」


先ほどまでの余裕そうな表情とは打って変わり、好戦的な笑みを浮かべながらそう言った魔術王。加減も何もさっきから全力だよ、とライトは笑いながら思う。


――さて、自分はどうすればいいのだろうか。


魔術王に負けたら、どうなるのだろうか。その場で殺される事はないだろう。魔術王と俺の力の差は、俺を生かしたまま捕まえる事が出来る程深い。

となると、考えるべきは捕まった後の事だ。

実は、ライトは捕まる事に何の感慨も抱いていない。ミアとサラ。この二人以外の全ては、もはやどうでも良いのだ。


だが、だからこそその両名の命が脅かされる可能性は排除したい。


自分が魔術王捕まったら、エルはどのような行動をするだろうか。

多分、禄でもない事が起きる。

ライトがその様に考える理由は以下の通りだ。


ライトの行動指針には、今のところライトに苦痛を与える事という一貫性がある。今後もそうだろう。

そして、ライトは自身が捕まる事をある種楽になれる事と考えている。そして、今ライトが最も欲して止まないのは死。捕まった先に待ってるのは処刑一択である事を考えると、エルがライトが死にうる選択肢を与えるとは考えられない。第二の選択肢――それも碌でもない――を強制的に押し付けて来るだろう。


以上の要素から考えるに、自分は捕まるべきではない。現時点でも殆どない行動の自由が、王国に捕まる事で無になる。先程、「ライトに苦痛を与える事」が彼の行動指針だと述べたが、正確にはライトが自身の決断の結果によって苦しむ事がエルの目的だ。そして、それはライトにある程度の決定権がなければ成り立たない。


つまるところ、ライトの決定権が全て失われた場合、エルはその環境をぶち壊す可能性がある。


「...となれば、やはり負ける訳にはいかないか」



まぁ、どちらにしろ。

全力で戦う事は、最初から決まっていた事だったが。


強制的にそうせざるを得なかった先程と、妥協に妥協を重ね、殆ど自分の意志ではないとしても、自分の決断によって戦う事を決意した。という点に於いては、大きな違いがあったが。





――敵、とはなんだろうか。

何を以て、その相手を敵と認識するのか。

その問いは、「持ち主が敵と定めた者にのみ効力を発揮する」という特徴を持ったアスカロンを使用する上で、必ず考えなければいけない事だ。

自分を害する者?――否。

殺意を向けて来る者?――否。

自分自身が殺したいと思う者?――否。



「【銘はアスカロン】」



ライトにとって、その問いの答えはあまりにも簡潔な物だった。


――俺を邪魔する奴は、みんな敵だ。


正確には、サラとミアの両名を救うという目的を掲げる自分を邪魔する奴、であり。

どれほど遠い因果だろうとも、ライトがそう認識すればそれは敵である。

つまり、ここで捕まったら二人に危害が加えられる可能性がある以上、自分を捕まえようとしている魔術王も――



「【巨人により鍛えられしその剣は、最硬の燧石すら断ち切らん】」



――敵だ。



「【裏切り、魔術、その他いかなる暴力をも拒絶する】」


頭に流れ込んでくる、聞いた事もない詠唱。

それをただ人形のように、何も考えずに口から吐き出した。



「【今その真価を示さん】」






そして、聖剣は光を放つ。

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