第91話

またデータが吹っ飛んでしまった。

いや、話の構成とかは覚えるから修復はすぐに出来るんだけどね?

テンション下がるなぁ...って。


ではどうぞ

――――――――――――――――――――――――――





――ライトに、回復の兆しが見え始めた。



「ほら、口開けてライト」


暖かいスープを掬って、それをゆっくりとライトの口に運ぶ。


彼の目はまだ虚ろだし、食べてる途中もずっと空中を眺めている。実際、そのせいでポタポタと口の端からスープがこぼれていた。


それでも、口にした物を吐き出すことがなくなったのだ。

たまに食べてる時にフラッシュバックが起きて戻してしまうけど、それがない時は食べ物を口に出来ている。


やはり、暖かい物を口にするというのは精神的にも楽になるのだろうか。

幻視や幻聴なども減っているのか、ずっと独り言をつぶやき続ける事も殆どない。



まだ夜は魘されているけど、元気になりつつあるという事実がとても嬉しかった。


少しだけ笑みを浮かべながらライト服についてしまった汚れを布で拭っていると、ふと視線を感じた。


手を止めて顔を上げると、ライトと目が合った。

彼の目は、いつもの様遠くを眺めるような目でもない。


やはり少し虚ろではあったけど、ライトは間違いなく、私の事を見ていたのだ。


彼を支え続けてからもう2ヵ月が経つが、彼から目を合わせてくれる事はなかった。

ずっと虚ろで、私の事を見てても私と誰かを――多分、サラの姿と重ねていた。


だから、彼から目を合わせきて。ちゃんと私を見てくれた事が、嬉しかった。


しばらくはそうやって互いの目を見ていたが、彼は何故か気まずげに目を逸らした。

そして、そのまま口を開く。


「ミアは...大変、じゃないのか」


――今日は良い日なのだろうか。


目を合わせてくれただけでなく、言葉まで掛けてくれるとは思っても見なかった。


ごめんなさい、とか、すまない、とか。

そういう言葉は何度も聞いている。


でも、こんな風に意味を成す――会話の体を成す、そしてライトがその意思を持って言葉を発した事は今のが初めてだった。


やはり、彼は少しずつ元気になっている。

そう確信した瞬間、この2カ月が報われた気がして、どうしようもなく嬉しかった。


そう、心の中では舞い上がっていても、頭は冷静であろうとする。


今の彼の問いにはきっと、「自分はミアに迷惑を掛けていないか」という不安を現したものだろう。


返事を間違えたら多分、彼は再び傷ついてしまう。

それくらい、彼の心は繊細で脆い。


安心させるような笑み――故意ではなく、自然と浮かび上がった――を浮かべ、語り掛けるようにゆっくりと口を開く。


「大変かもしれない...けど、ライトが気にする事じゃない。私はライトの為になら幾らでも頑張れるし、貴方を支える事に嫌気が差す事もない」

「...分かった」


その問いに少し安心したのか、彼はいつもより少しだけ安らかな表情をするとベッドに倒れこんだ。

ご飯を食べて眠くなったのだろうか。

そう考えながらも、彼が少しでも早く寝付けるように頭を撫でる。


――と、その時。


コンコン、と、扉がノックされた音がした。


「ちょっと彼と話しておきたい事があるんだ。良いかな?」


ライトなら今寝てしまったと、そう答える前に、扉が開かれた。

カイはゆっくりとこちらに歩み寄ると、近くにある椅子を引き寄せてそれに座る。


完全に真面目な話をする時の雰囲気だ。

それを見て、少し不安が搔き立てられた。もしかしたら、私達の処遇についての話かもしれない。


――彼が只者じゃない事くらい気づいてる。


少し考えればわかる事だ。貴族でもないのに貴族街に居を構えていて、たまに仕事だからと長期間家を離れる事もある。

とても強そうというのもあるが、何より私達の事を詮索しないという事が、彼らが私達の事情――正確にはライトの素性――を把握している事を語っている。


それでも私たちの身に何も起きないのは、彼らが善意で私達を匿ってくれているのか、或いは監視するために近くに置いているのか。多分前者だろうとは思っている。


だから、カイがこうして大事な話をするように椅子に座りこんだ時、私はどんな話が来るのかと内心恐々としていたが、彼の口から飛び出たのは想定外の言葉だった。


「ミア、少し二人だけにしてくれないか」

「...なんで?」


それは素直な疑問だった。

つまりカイは、私には話せない事をライトに話そうとしている事だ。


カイの事は信頼出来るけど、やはりライトから目を離すのは不安があった。

だが、その悩みも意味をなさなかった。


「大丈夫だ」

「...ライトがそう言うなら」


私がどう思おうと、ライトがそうしたいのなら私はそれに従う。

自分の行動は、終始彼のためなのだから。


「扉の外に居るから」


ミアはそう一言言い残すと部屋を出て行った。







さっきまで彼女が座っていた椅子をぼんやりと眺めながら、話が始まるのを待った。

数秒か、或いは数分か。ともかく、少しの時間が経過した後、正面に座るカイが口を開いた。


「ミアは、何であんなに君の事を気にかけているんだい?」

「...分からない」


そんな事を聞くために、わざわざミアを追い出したのだろうか。

それを知りたいのなら、ミアに聞けばいいだろうに。


「やはり、君は彼女の事を知るべきだ」

「...?」


先ほどの質問と今の言葉に何の脈絡があるのだろうか。

確かに俺は彼女の事を知らない。何で俺の事を支えてくれるのか、どうしてどこまでしてくれるのか。知りたい、というより、単純な疑問としてはある。


だがしかし、それは失礼な気がした。


あそこまで尽くしてくれるのに、「何故」と理由を聞いてしまうのは。

彼女の事を信頼してて、感謝してるなら。聞くべきでないと思った。

それを聞いてしまったら、まるで彼女の事を信頼していなから理由を聞くような物じゃないか。


「君がどう思っているのかは知ない。知ろうとも思わない...今こうして話しているのは君のためでも、ましてや僕のためでもない。ただ、君に元気になって欲しい一心で君の事を支え続けるあの子の為だ。」


...イマイチよく分からない。ミアの為に、何を俺に話すというのだろうか。

早く元気になれとでも言われるのだろうか...


...俺だって、好きでこんな状態になっている訳ない。ミアの為に、支えてくれてる彼女の為に、早くまともな精神状態を手に入れたいとも思っているし、最近は焦ってもいるのだ。


「君がその状態を脱したいなら、ミアに聞くべきだ。何故ミアは自分を支えてくれるのか、ってね。」

「...」


「聞くのが失礼だとでも思っているのかい?それは違うよ。彼女が支えてくれる理由を知れば、少なくとも不安や疑問は解消される。そうなれば、精神の回復は早くなるはずだよ」


...そういうものなのだろうか。

確かに、あの時――彼女が宿に戻ってこなかったときは、随分と不安に苛まれた。

しかし、彼女が俺を支えてくれる理由が分かれば、そんな事にはならなかったのかもしれない。


「それと、君はちゃんと礼を言うべきだよ。“ありがとう”というだけで良いんだ。

きっと、それだけで彼女は喜ぶと思うよ」


彼はそれだけ言うと、そのまま立ち上がって部屋から出て行った。


...確かに、カイの言う通りだ。

これだけ感謝してるのに、今思い返せば、いままでで一度も感謝の言葉を口にしたことはなかった。


彼女が戻ってきたら、直ぐに声を掛けよう。

ありがとう、と。2カ月以上も俺を支えてくれた事に、精いっぱいの感謝をしよう。


俺はそう決心したのだった。






――――だが、それは遅過ぎたと言える。

もしも、もう少し早くその決心をしていたら、歴史は変わっていたかもしれない。

運命は変化を見せたのかもしれない。


だがしかし、それはやはり不可能であり、不可逆であり、運命を覆すことは叶わず。


ライトは既に、罪を重ねてしまった。


ライトにとっては、街を消し飛ばしたことよりずっと思い罪を。








...おかしい、何かあったのだろうか。


ミアは扉の前で待つと言っていたハズだ。


にも拘らず、カイが部屋を出て行ってからもう時間が経つ。

何か要件があってこの場を離れたのだろうか。


ぼんやりと、あれから未だにハッキリとする事のない思考で、そんな呑気な事を考えていた。


ボーっと、ただ天井へ視線を向けていた。





















――――――――ふと、風を感じた。

窓は閉まってたハズだ、とそちらへ目を向ける。











「テメェがライトだな?」










「随分と無様じゃねぇか、あ?剣聖をブチ殺したってんで期待してたんだがなぁ...

まぁいい。あの女に死んで欲しくなかったら抵抗は諦めるんだな」








運命は再び動き出す。


そして、それはいつものように――




―――悪い方へ、だった。






―――――――――――――――――――――――


一話3千文字って短いですかね?

投稿頻度との兼ね合いでこっからもこれくらいの文字数になっちゃうかもしれません


ではまた

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