ターニングポイントⅢ・後 罪
「情報提供ありがとう!」
拷問官は笑っていた。
それは、情報を手に入れる事が出来て嬉しい、というよりは―――
――これからの事を考えたら、笑みが止まらない、と言った感じだった。
絶望は。
「これで、気兼ねなく壊せるね!!」
まだまだ、続く。
そして、情報を吐かせるという目的を失った拷問官は。
情報を吐かせる為にあえて残していた理性すらも破壊するために、今まで以上に楽しそうに、拷問の準備を進めた。
〇
「お前が情報を吐いたせいで、合衆王国のお仲間達が沢山死んだ。」
やめろ。
「クスリに負けて機密情報を言っちゃうなんて、全く酷い話だよ。」
やめてくれ。
「王国を裏切った君が悪いんだよ。」
何でそんな事を言うんだ。必死に生きてきただけなのに。
「婚約者を裏切ったから、君は彼女にこんな所に送られたんだ。」
ラウラが、ラウラが悪いのか。
俺がこんなに苦しんでいるのは、ラウラのせいなのか。
「君はもう助からない。このまま絶望し続けるんだ。」
耳を塞ぎたい。
永遠に耳に垂れ流される呪詛を、もう聞きたくなかった。
だが、それは出来ない。
拘束されているから――と言うよりも、耳を塞ぐための手も、何もかもが削り取られているから。
今の俺は、ただただ呪詛を聞かされ続けるだけの道具になっていた。
「君の親も可哀そうだよ。母親だって、生まれてくるのが君みたいな子だと分かっていたら、とっくにその命を絶っていただろうに。」
「あぁ、君はその手で何人殺したんだろうね。」
「そしてその手は、今はもう仲間の血でも汚れている。何て罪深いんだ――」
遂には、拷問官の物ではない声も聞こえた。
『なんで殺した』
『信じてたのに』
これは、幻覚なのだろうか。
部隊の仲間達が、サラまでもが、俺に呪いの言葉を吐き続けている。
――やめてくれ、ちがう。
しょうがないじゃないか。
おれのせいじゃないおれのせいじゃないおれのせいじゃない。
ちがうちがうちがうちがうちがうだまれうるさいうるさいうるさい。
おまえらがわるいんだおまえらがわるいんだおれはわるくないちがうおれのせいだおれのせいでちがうそんなのしらないしらなかったんだだまされたんだおれのせいじゃないんだちがうもうやめてくれしょうがないじゃないかなんでみんなおれをせめるんだたのむからだまってくれよもうおわりにしたいおわりにしたいなんでおわりにしてくれないんだしなせてくれたくさんころしたんだもうおわりにさせてくれおれがわるいのはわかってるんだだからおわりにさせてくれもうげんかなんだなんでしなせてくれないんだいやだいやだわかったいうよいえばいいんだろいってもみんなだいじょうぶなんだろじゃあいうよいえばいいんだろほらいったこれでおわりだろおわりだおわりだおわりだおわりだおわりだなにもかもなにもかもおわりだでもいきていたじゃないかおれだってひっしだったんだでてけでてけでていってくれたのむからたのむからでていってくれおれのあたまからでていってくれもうやめてくれでてけはいってくるなやめろうるさいおれはわるくないごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいだからゆるしてくれもういいじゃないか。
もうやめてくれくるしいんだたのむたのむからお願いしますもうやめてくださいごめんなさいごめんなさい許してください。もう言ったじゃないか。やめて、やめて、やめて。やめてくれ。やめてください。
ごめんなさい。
「...まぁ、こんなもんかな?中々楽しめたよ、ライト君———」
―――こうして、ライトという少年は、あっさりと壊された。
〇
〇
〇
――ライトが消えてから、二日が経った。
忽然と、何も言わずに消えた彼に対し、隊員は困惑した。
サラは必死に捜索していたが、その成果は全くなく。
ただ時間のみが過ぎ、そしてついに、上陸作戦が決行される日になった。
隊の指揮権はレオが引き受けたが、隊内部の確執と亀裂は再び広がり、結束もままならないまま王国と戦う事となった。
作戦は、最初は順調だった。
――しかし、合衆王国の作戦を完全に見切ったかのような王国軍の奇襲により大損害を受ける。
懲罰部隊も例外ではなく、隊員の何人もが帰らぬ人となった。
ライトが消え、そして情報が敵に渡った。
隊員達のライトに対する不信感は、かつてない程高まっていた。
それでも、公爵家の娘としてその権力を使ったラウラや、事実を知る王国上層部の努力によって、一時的な停戦を実現する事が出来たのだった――
〇
ここは、王都より更に帝国に近い場所に位置する都市だ。
王国との停戦交渉の時に聞いた話では、どうやらライトに恨みを持つ兵士の暴走によってここに送り届けられたらしい。
目の前にある監獄施設、その地下にライトが囚われていると聞いたのはつい昨日だ。
「...じゃ、隊長さんと顔合わせと行きますかね。」
そう言ったガルのその声には、明らかに嫌悪感が滲んでいた。
ライトに何があったのかある程度は理解しているレオ、そしてサラ以外のほとんどの隊員は、ライトに対し負の感情を抱いていた。
だが、レオは思う。
同年代よりは大人びているとはいえ、ライトはまだ少年だ。大の大人も耐えられない様な拷問に掛けられたらと考えると、情報を渡してしまうのも仕方がないだろう。
レオが騎士として戦っていた時も、上官には「拷問に耐えられると思うな。捕虜にされそうになったら直ぐに自決しろ」と何度も言われた。
しかし、懲罰部隊の隊員達はその様な事は知らない。
だから、彼らがライトに不信感を覚えるのも仕方のない話だと思う。
「何か事情があるかもしれない。少しは考えて」
と、ガルを咎める――と言っても、その声から感情は読み取れないが――様に言ったのは、戦いが始まってからずっとついて来ているミアだった。
無表情のまま「私も戦う」と言った時は困惑したし、理由を聞いても「わからない」の一点張りだ。
「うっせぇな、部外者が口出すんじゃねぇよ。」
とは言え、彼女の魔術には何度も助けられたのは事実だ。
不満そうなガルだったが、しかし彼女に対する恩もあってか、あまり強い口調では言えなかった。
「そんな事より早く行こう...!」
――ライトが居なくなって、一番動揺したのは間違いなくサラだ。
憔悴しているのが一目で分かるし、今にも駆け出しそうだった。
「...何もあんな狭いところに全員で押しかける必要はないだろ。行って来い。」
「そうする!」
そんなサラに気まずそうに答えるたのはガルだ。
サラに対する恩義と、ライトに対する不信感に板挟みにされているのだろう。
彼女はもう駆け出していた。
その後ろ姿を見ながら、レオ自身もまた、外で彼女が帰るのを待つことにした。
―――その選択が、ライトを更に追い詰め、隊の分裂を決定づけ、停戦協定が取り消される程最悪な物だと知らずに。
ただ、待つことにした。
〇
もう、痛覚を感じる事は無くなった。
耳元で呪詛を吐き続けた拷問官も、今はもういない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――」
なのに、恨みの籠った声が、ずっと聞こえる。
何度謝っても、ずっと俺を呪っている。
...また、幻視が見える。
そんなはずないのに、目の前にサラが居る。
恐怖で体が動かない。
きっと彼女は、ぬけぬけと情報を吐いてしまった俺を、殺しに来たのだ。
――いや、彼女に殺されるなら、いっそそれで構わない。
「大丈夫、大丈夫だから...っ!私は、ライトの味方だから...!!」
彼女は、何故泣いているのだろうか。
俺のせいで死んだ隊員達を悼んでいるのだろうか。
ごめん、と声を掛ける。
がちゃ、と。
拘束が解かれる音がした。
それと同時に、魔力を動かせるようになった。
意味があるかは分からないけど、こんな人かどうかの判別もつかない姿になってしまった俺を見せ続けるのが嫌だったから、
「みんなの所に戻ろう。ちゃんと説明すれば、大丈夫だから...!」
〇
足取りが重い。
処刑台に上る罪人というのは、きっと今の俺の様な気持ちなのだろう。
虚ろな目で前を見ながら、フラフラと歩き続ける。
今も支えてくれているサラがいなければ、立つ事すら出来ないだろう。
外に出た。
雨が降っている。
なのに、全身にこびりついた血は、全く取れない。
「——無事そうだな、ライト。」
声が聞こえた。
これは、リアムの声だろうか。
そちらを向くと、リアムはその顔を苛立ちに歪ませていた。
「お前が情報を吐いたせいで、何人死んだと思っている。俺達はあれほど苦戦して、必死に戦っていたというのに...お前は何もなかったんだな、ライト...ッ!」
―――何もなかった...?
何も無かった...だと?
俺が、どんな思いで苦痛に耐え続けていたと思っている。
これは理不尽な恨みだ。俺が情報を吐いて、その結果彼らが大変な思いをした。
なら、悪いのは俺だ。
だが、何も無かった、だと?
何故そうなる。
苦戦した?何人も死んだ?
死ねたんだ。良かったじゃないか。
俺は、死にたくても死ねなかったんだぞ。
あんな苦痛を受けなければいけかったんだ、と。今更ながらに腸が煮えくり返りそうなほど憎悪を抱き始めた。
憎い、憎い、憎い。
苦痛を与えたあの拷問官も。
その苦痛に負けてしまった俺自身も。
俺に石を投げやがった、あのクソ野郎共も。
俺の苦痛も知らずに、場違いな恨みをぶつけてくるリアムも。
「申し訳ありません、ライト。どうやら手違いが―――」
拷問官が言った言葉を思い出す。
俺を拷問部屋に入れるよう指示したのは、ラウラだ。
「【ヘルファイア】」
炎がラウラを襲う。
え、と。
困惑を滲ませた声がした。
何が起こったのか、理解出来ていない表情をしたまま、彼女はそれに吞み込まれた。
もう、ムリだ。
耐えられない。
今すぐ、終わりにしたかった。
だがその前に、彼女を殺したかった。
だから殺した。
さっきサラから渡された剣。
それがどんな剣なのか確かめもせずにそれを抜き、自分の喉に突き刺そうと掲げる。
これで、楽になれる。
もう間に合わない。
サラは固まっているし、他の隊員も呆然としている。
だれも、俺を止められな。
これで、終われる。
もう、苦しむことは無い。
何度もやられたように、しかしそれより深く、剣を喉に突き刺そうと――
「やめろ、ライト!」
――何の奇跡だろうか。
いや、ライトからすれば、何という運の悪さだろうか。
その時、レオに
監獄島で常に思っていた、「あの時、息子が言う事を聞いていれば」という後悔。
そして、息子とその姿を重ねてしまったライトが、今目の前で死のうとしている。
「言う事を聞いてくれ」という強い願いが、レオに
願いは叶い、ライトの剣は彼の喉を突き破る前に止まる。
レオの言葉に、逆らう事が出来なかった。
「死ぬな」という願いが込められた言葉に、逆らう事が出来なかった。
一瞬呆然としたライトだったが、自分が死ねない事に気付いた彼は、心の底から絶叫した。
「お前ええええぇぇぇッ!!!!俺から、死すらも奪うのかああぁぁぁッ!!!」
殺さないと。罪を重ねる前に、殺して、死なないと。
そんな強迫観念によって、ライトは更に暴走する。
(どうすれば...!どうすればコイツらを殺せる...!?)
懲罰部隊は決して弱くない。まともに戦えば、勝てるハズがなかった。
ふと、自分が持っている剣に目を向ける。
それは、間違いなく聖剣だった。
だが、聖剣は俺を持ち主と認めていないのか、その刃は光っていない。
――それがどうしたというのだ。
「俺を認めろ、アスカロン...ッ!!」
魔力を全力で注ぎこんでねじ伏せる。
一瞬抵抗するように光ったアスカロンだったが、やがて諦めたのかその刃に昏い光を灯した。
だが、その光は、見ているだけでうすら寒くなるような不気味な光だった。
聖剣は、敵と認めたすべてに対し鋭い切れ味を持ち、これを持つ限り魔術で殺されることは無く、また味方による裏切りによる死もまた無効化する。
アイツらは敵だ。俺に危害を加えようとしている。だから、力を寄越せ。
これは裏切りだ。隊長である俺の行動を妨害した、隊員の裏切りだ。
だから、もっと力を寄越せ――
「はは、はは...ハハハハハハハッ!!!」
万能感が溢れ出て来る。
これが、これが聖剣の力か。
レオさえ殺せば、俺は死ねるんだ。
その万能感に身を任せ、レオの横を一瞬で通り過ぎる。
――あぁ、やはりこの剣は凄い。
血飛沫を上げながら倒れこむレオを見ながら、そう思った。
これで俺は死ねる。
レオが急に
「——これで終われる。」
そう呟いた俺は、手に持った剣を喉に突き刺した―――
「...あ?」
何故だ、何故俺の手が動かない。
もしかして、レオの
術者が死んだ後も、効果が持続するのか?
俺は、これから先ずっと、死ぬことすら出来ないのか?
終わりにすることすら、出来ないのか?
―――プツっ、と。
微かに残っていた理性の糸が、切れた音がした。
〇
ライト・スペンサー。
大罪人、悪魔、魔王、悪党、殺人鬼。
様々な名前で呼ばれるその人物だが、その内の一つである「虐殺者」の呼び名が使われるようになったのは、この事件が最初だ。
停戦の立役者、ラウラ・S・クラークを殺害。
彼の行動を止めようとした味方も殺害。
そして、その時彼が居た町の住民を―――全員、殺害。
―――彼が、世界最悪の大罪人と呼ばれる日は、近い。
〇
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第一章二部「戦争と本当の罪」——完。
いかがだったでしょうか。書いててこんなきつく感じたのは初めてですよ...
とは言え、本作最大の胸糞シーンは終わりました。
この作品のコンセプトは「罪と罰」なので、罪を犯していなかった今までの話は、基本前置きという扱いですね。これからが本番です。
20万文字前置きて...
次、第一章三部「重ねる罪と人魔大戦」
不穏だなぁ...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます