第80話 親孝行




鋭い剣閃を描きながら襲い掛かってきた聖剣を何とか弾き、思案する。


剣聖の強さは、スキルによる超人的な身体能力とそれを完全に制御下における技量、そして聖剣アスカロンによる対魔術能力にある。


圧倒的な速度で一人ずつ斬り処理するその戦闘スタイルは、対物理、対魔術の両方において高い殲滅能力を誇る。


だが、同時に明確な弱点も存在する。


それは継戦能力だ。

スキルは強力な上に魔力消費量も少ないが、剣聖自身の魔力量は精々中の上。

体に掛かる負担も大きい。


つまり、剣聖相手に剣術勝負で長く持たえる能力があり、その上で不利と判断した剣聖の離脱を阻止出来る程の魔術が使えれば剣聖に勝てるのだ。


本来なら不可能に近いその条件だが、俺は見事なくらい当てはまっている。

俺は剣聖からしたら相性最悪の相手だ。


現に、先程よりも間違いなく対抗出来ている。



――だがそれは剣聖が消耗しているという理由だけによるものではない。



俺の剣の鋭さはどんどん増している。


体を切り裂かれる度に体の動かし方を素早く、最小限にする。


自分の手に握られたソレを、自分の体の一部の様に動かす。


ただ目の前の相手を超えるために、剣を振り続ける。


一振りごとに、感覚を鋭くする。相手の動きを予測しろ。先を見て剣を振れ。



「ハハッ!!」


思わず、笑みが零れてしまう。


思考は冷静だけど、胸の底は熱を持っている。


身を焦がす程の興奮が、俺を突き動かしている。


だって素晴らしいじゃないか。いくら動いても疲れで倒れる事もなく、怪我の心配もなく真剣を振り回せる。相手は王国最強の剣士。


――これで、成長しない方がおかしい。


俺は、今ここで、ここで剣聖を超えれるという確信があった。









剣を振るいながら、剣聖は思わず笑みが零れてしまうのを自覚した。


何故だろうか、あれほど自分を苛んだ後悔は、今は感じない。


だが、同時にこうも思う。


やはり、自分に父親など似合っていなかったのだ、と。


庶子とは言え、自分はスペンサー家の血を引く人間だ。だからその務めを果たすべきであり、剣聖なら尚更である。ただ剣のみに全てを捧げてきた。

...いや、そのつもりだった。


思えば、俺の父は俺に構う事などなかった。父親の責など知らんとばかりに剣に傾倒し、ただ己を強者たらんとしていた。


だが、自分はそこに憧れたのだ。その姿勢に、焦がれる程憧憬を抱いたのだ。


なら、自分もそうすべきだったのかもしれない。変に気を回したり、どうすれば良かったかなど考えずに、ただ剣聖として、剣にその人生を捧げる者として、その姿勢を示し続けるべきだったのだ。


そうすべきだったと訴える様に、剣を振るうたびに歓びを感じてしまう。


今目の前で自分を超えようとしているライトを見て、思わず胸からこみ上げて来るものがある。


息子は、父親としての自分に対してではなく、剣聖としての自分に憧れていたのだ。

なら、その正しい姿勢を見せ続けるべきだった。


父親としてではなく、剣聖としての姿勢を。

きっと、それが正解なのだろうから。


――もっと前から、こうして互いに真剣に剣を交えていたら。

あんな事には、ならなかったのかもしれない。


だから、これは罰でもあり。


息子への、最後の贈り物だ。


「私を超えて見せろ、ライトッッ――!!」









どれ程の時間が経っただろうか。


一度剣聖と距離を取った俺は、ふとそんな事を考えた。


証のおかげか疲労は感じないが、かなり長い時間打ち合っている気がする。


剣聖の動きが鈍くなっている。剣聖のスキルの効果が切れたのだ。

とは言え、こちらも負傷し過ぎた。もう数十じゃ効かないくらいスキルを使っているのだ。


次、負傷したら治せない。


だから、これからは剣技のみの勝負だ。


剣を強く握りしめる。



不思議な事に、心は凪いでいた。

漠然と、これが最後なのだろうという気持ちがあるだけだ。


目を閉じて、大きく息を吸う。

これは癖なのだろう。学園に居た時から、戦う前にはこうして深呼吸をしていた。


ふと、脳裏に昔の景色が思い浮かんだ。


そこには母が居て、父もいて。

二人とも、小さな木剣を振り回す俺を、優しい目で見ていた。


もう、後戻りは出来ない。

時を戻すことは出来ない。ただ、前に進むしかないんだ。


それがどんな道でも、もう後戻りは出来ないのだから。



目を開ける。


剣聖と――いや、父と目が合った。


「...ハハッ」



父は、あの時の様な、優しい目をしていた。


――確かに、アレは冤罪だった。

でも、自分勝手に劣等感を抱いて、犯罪者に教えを乞うた俺は。


確かに、罪人なのかもしれない。


これから行うのも、親殺しという大罪だ。



だが、剣聖は――父は。


それすらも許してくれそうな、優しい目で。


息子を、見ていた。


「...やっぱ、今だけは、剣聖の息子と名乗っておくべきだったのかもしれない。」



「——お前はお前の道を往くのだろう。ならば、間違ってなどいないさ。」


「...そうか、そうだよな。」



剣を正面に構えて目を細める。


それを見た父は、満足げに頷くと、同じように剣を構えた。


互いに無言のまま、全力で距離を詰める。


もう、これが最後だとでもいうように、全力で。


剣を振り下ろす。腕が引き千切れても良い。

全力を振り絞る事が、きっと最初で最後の親孝行だろうから。



「——オオォォォオッッ!!」

「——はああああああぁぁぁッッ!!」



―――一閃。



――――それで、決着はついた。



「グフッ...」


互いの間に広がる地面が、血で汚れる。


聖剣は、俺の肩に食い込んでいて。


――俺の剣は、父の胸を切り裂いていた。




「...手加減、したのか?」


ふと、言葉が出てしまった。

今の俺が、単純な剣技で彼に勝っているとは思っていなかったから。


だが、それに対する返答は意外な物だった。


「この剣はな...持ち主が敵と認めた者にしか、力を発揮しないんだ。」


...たしかに、戦い始めてからずっと。


聖剣が、聖剣と呼ばれる所以である光を発する事は無かった。


「もう、私にこれは相応しくないのさ...これは...聖剣アスカロンは...守るべき人のために戦う、そんな決意を持つ人間を、主と定めるのさ。」


死期が目前に迫っているのにも関わらず、父の声は穏やかだった。


「だから、これはお前が持つに相応しい。守るべき人が居るのだろう?」


贈り物だ。父はそう付け足し、聖剣を俺に差し出した。


「...ありがとう。これに相応しい人間になってみせるよ。」



俺の言葉は聞こえたのだろうか。


...最後まで残るのは聴覚と言うし、聞こえていたかもしれない。


満足げな笑みを浮かべたまま息絶えた父を見据えながら、俺は、そんな場違いな感想を抱いた。












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