第76話 この手に、再び剣を――

今日はもう1本投稿できるかもしれない

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「ありがとうございます...本当に。」


そう言って再び頭を深く下げるラウラ。

その姿を見て、俺は何となく居た堪れなくなった。


「まぁ、もう過ぎた事だ。それで、話ってのはそれだけか?」

「いえ。私は報告の為に王国へ戻らなければいけないのですが、それを許可して頂けますか?」


あぁ、なるほど。何も言わずに王国に戻ったら俺達に勘違いされてしまうかもしれないから、こうして俺に直接聞こうという事か。


「あぁ、勿論。情報が伝われなければ停戦も上手くいかないだろうしな。」

「ありがとうございます...あと、もう一つだけ話したい事があるのです。」


そう行ったラウラの目は、覚悟に満ちていた。


「今なら、貴方の冤罪を証明するの事も出来ます。懲罰部隊の裏切りも陰謀だったと言うのも可能です―――こちらに戻ってくるつもりはありませんか、ライト。」


ラウラはそう言って、俺に向かって手を差し伸べた。


...昔の俺なら、どう答えただろうか。

期待に応えたい、失望させたくない、見返してやりたい。

そんな思いばかり胸に抱いていたあの頃の俺なら、きっと頷いていただろう。


だが、俺はもう引き返せない。俺のこの手は、王国兵の血で塗られているから。


そして、それ以上に―――


「気持ちはありがたいが、断らせて貰おう。俺には守るべき人が居るんだ。」


俺の片方しかない腕は、サラを支える為にある。

差し伸べられたラウラの手を取ることは――もう、ない。






ラウラはあの後、一人で王都の方へと戻っていった。

戦争中だし、治安も悪化している。野盗の類が出ないとも限らない。

そんな時に護衛もつけずにいいのか――と思ったが、すっかり忘れていた。

そういえば彼女は魔術の天才だった。


そんな事も忘れてしまう自分に呆れていると、魔術王が声を上げた。


「さて、お主の証について教えてくれないかね?」


今は、再び人の増えた部屋で話し合いをしている。

目的は勿論、ミアの病の治療についてだ。


「教えるって言っもなぁ...もな使ったら怪我が治る。それ以上でもそれ以下でもないと思うんだが。」

「ふむ...じゃあちょっと実験でもするかの。」


その後、俺は魔術王に指示された事をした。

場所や大きさ、深さなどを変え、怪我させたら治すという事を何度も行った。


「なんで俺なんだよクソが」


ちなみに実験対象はガルだった。魔術王、クソジジイと言われた事をまだ根に持っているのだろうか。


それはともかく、実験は思った以上に良い情報を手に入れることが出来た。

限定的な時間遡行。それが俺の証の効果らしい。


例えば腕に負傷をし、それを治した場合。腕は怪我をした前の状態になる。

なので、それ以前に負った怪我は治される事はないようだ。そして、具体的に“怪我をした前”と判定される時間は魔力量に依存する様だ。


つまり、魔力量を込めたら込めただけ、より“前の”状態へ戻せるわけだ。


また、証を掛ける範囲も広がれば広がるほど魔力量が必要になるようだ。怪我の深さはあまり関係なかった。


結果として分かったのは以上の二つだ。一度限界まで魔力を消費して最大範囲や遡行可能時間を調べたかった。だが、いつ敵が襲ってくるか分からない現状、隊長たる俺が戦力外になるのは避けざるを得なかった。


「うーん...で、どうすんの?」

「ふむ。お主、ワシが最も得意とするものを知っておるか?」

「魔法陣の開発だろ?それがどうした。」

「そう。魔法陣の開発と創造じゃ。ワシくらいになるとスキルの効果を魔法陣として刻む事も出来る。」

「それは...凄いな。」


だが、余計に心配になる。そんな奴が俺の腕を魔改造したんだ。腕から火を噴く魔法陣どころじゃないのが刻まれていそうだ。


「案外簡単に分かったの。後はミアを万全の状態にするだけじゃな。」


魔術王はそう言って安堵していたが、俺にはその理由が分からなかった。


「なんでそうなる?俺の証じゃ治せないんじゃ...」

「察しが悪いのぉ...お主の証と同じ効果を持つ魔法陣を書いて、それをミアに移植するのじゃ。幸い、ミアの魔力は回復力も量も優れておる。対症療法のようにも見えるが、魔法陣が取り除かれない限り健康で居られる筈じゃ。」


つまり、俺の証と同じ効果を持つ魔法陣がある限り、ミアの体は魔法陣を刻まれた時の状態に戻り続けるという事か。

なるほど、それならミアの病が悪化する事はないだろう。


魔法陣を発動する為、死ぬまで魔力を注ぎ続けなければいけないというのが唯一の難点ではあるが、魔力切れが危険たる所以は“魔力を過剰に吸収してしまう”という点だ。魔力の供給に関しては問題ないだろう。


「...そうだな、何をすればいいのかは分かった。後は魔術王の言った通りミアが万全の状態になるのを待つだけか。」


制限時間は5日。その間に最善の状態になるかは分からないが、それ以上時間を掛ける訳にもいかない。


「そうだな...それまでは好きにするとするか。」


隊員達も暇だろう。敵への警戒は必要だが、最低限の見張りさえいれば問題ない。


「好きにしろっつってもなぁ...やる事ねぇだろ。」

「まぁ、確かに。」


ガルの言う事ももっともだ。何せ田舎の山小屋である。30人も入る余裕はないし、俺達は外で雑魚寝するしかないだろう。

...だが、せめてサラくらいは屋根の下で寝て欲しい。後で魔術王に聞いてみよう。








戦いが終わったら、何処かの田舎で星でも眺めよう。そう決めたのはつい最近であったが、やはりそれは間違いではなかった。


不思議と心が落ち着くし、自分の悩みも何もかもちっぽけに見える。

そんな事を思いながら、俺は地面に寝転んで星を眺める。


だがしかし、考えなければいけない事もある。


(ミアの状態が良くなるまで4日...ギリギリだな。)


まぁ、何も無理に上陸初日に合流する必要はない。ただ、俺達がやっているのは戦争だ。何が起こってもおかしくない。


可能性はほぼないおとは言え、待ち伏せでもされようものなら大損害だ。合流したと思ったら味方が減っていたなど笑い事にもならない。だからこそ出来るだけ早く合流する必要がある。


とは言え、自分に出来る事などない。あくまでミアがベストコンディションになるのを待つだけである。それがどうしてももどかしかった。


「——名前、なんだっけ」


「うおっ!」


突然真横から聞こえてきた声に思わず驚いてしまった。急になんだよ、と非難じみた目線をそちらに向けると、そこにはミアが地面に座っていた。


(そういえば、自己紹介もまともにしてなかったか...?)


俺はちょっと後悔しながらも、無表情なままのミアに返事をする。


「ライトだ...なんやかんやあって、今は懲罰部隊の隊長をしている。」


「そう。」


素気なさすぎる返答に、思わず頭を抱える。相変わらず無表情だし、口調も酷く平坦だ。感情というモノが全く見て取れないし、何故俺に話しかけたのかも分からない。



「ライトは、なんで腕を取り戻したいの?」


その問いに、俺は今度こそ困惑した。だが、その答えはとうに得ているので返事自体には困らなかったが。


「あ、あぁ...腕があれば、俺はまた剣を振れる。剣は俺の努力の結晶だから、どうしても望んでしまうんだ。この腕に、再び剣を――ってな。」

「努力の結晶...」


そう呟くミアであったが、その顔からは納得したという感じではなかった...最も、その表情は動いていないのであくまでもおそらくだが。


「...私には分からない、何かに執着する気持ちが。戦力が増えるから剣を使えるようになりたいとか、そんな合理的な話だったわかる。でも、そうじゃないでしょ。」


ふとその顔を見ると、彼女の顔には初めて表情らしい表情が浮かんでいた。

...だが、その表情は悲しげなものだった。


「なんでただの手段に執着するの?私にはわからない。」


彼女の言う手段とは、剣の事なのだろう。確かに、剣など所詮は殺しの道具だ。

学園に居た時の俺は、あくまで剣聖の息子として剣を振っていた。


剣の道を極めたいとか、強くなりたいとか、そんな純粋な気持ちではなかった。

見返してやりたいとか、父親に褒めて欲しいとか、そんな不純な理由だったと思う。


「その為に、色んな事をしたから。色んな努力をしたから。気付いたら、大事な物になってたんだ。」


でも、理由もきっかけも些細な事だ。


剣を振るっている内に、剣に時間と努力を捧げ続けている内に、俺の中では剣は大事な物になった。


「剣の為に色んなものを捧げたから、無くしたくないんだ。」

「...それを執着と言うんじゃないの?」

「あぁ、執着だな。」


例えば、賭けをしている男が居たとする。

男は何度も勝負をし、その全てで負けてしまった。

これ以上やっても勝てないと分かっていても、男は勝負を止められない。


それが執着というモノだ。

今まで賭けてきた、積み上げてきた金の多さが、男から冷静さを奪っている。


俺の剣に対する思いも、或いはそれに似ているかもしれない。


剣と言う物に、時間や努力をつぎ込んだ。だから、どうしても剣を望んでしまう。

剣に対して払った努力や時間が、俺の剣に対する執着へと導いているんだ。


だが、そもそも。執着とは悪い事なのだろうか。


俺はそうは思わない。


「ミアも、何かに本気になって見ると良い。執着かもしれないけど、自分にとって大事な何かが出来るというのは、それだけで素晴らしい事だと思う。」


一度失って、そしてそれを再手に出来ると知った時、俺は、俺にとって剣が大事な物だと気づいた。


「...そう。」


ミアは、そう言うと立ち上がって去っていった。

俺は結局、彼女が何をしたかったのか分からなかった。


彼女が去っていった方を呆然と見つめていると、ミアの物ではない声が聞こえた。


「サラの次はミアか。モテモテじゃねぇか。」


「...そういうのじゃないし。」


サラはあくまでも守るべき対象だ。絶対にそうだ。

ガルの言葉に動揺しながらも、俺は心の中で言い訳をする。


「そろそろ戻って来いよ。そろそろ暇してるぜ、皆も。」

「まぁ、そうだろうな。」


やることがないというのは、結構な苦痛である。それは以前航海した時に嫌と言う程思い知った。まぁ、それにしたってあれは酷かったが。


そんな事を考えながら、俺は立ち上がる。

長時間寝転がっていたせいか、背中や足についてしまった草を払い落しながら、俺は隊員が囲んでいる火の元へ歩き出すのだった。












「あと少しだ。」















「あと三日くらいか。」

「まだ三日もあんのかよー」


相変わらずやる事がないので、そこらへんに落ちてる木の枝を集めて燃やした。ただ、水分を含んでいるせいか煙たかったので、結局魔術王から薪を拝借する事にした。俺達は今、それを囲むように座っている。


たまに突き刺さっている剣に目をやりながらも、俺もボケっと火を眺めていた。


そして、その暇に耐えかねたのか、リアムが口を開く。


「せっかくだし、作戦内容を復習でもする?」


「あー...そういえば、なんか結構複雑な作戦立ててたよな。」


第一王女は本気で王国に勝利するつもりだ。

そのため、彼女はその作戦目標をハンプトンに定めた。


王国南部は豊かであり、その土壌は小麦などの農作物を作るのに適している。

王国の食料の6割はこの南部地方で作られていると言われる程だ。そして、その南部の経済と政治の中心がハンプトンだ。南部で作られた作物を王国各地に輸出する役目もある。それほど重要な都市なのだ。


とは言え、名実共に王国の中心地は王都だ。政治、経済はもちろん、魔術関連の産業も王都が最も発展している。その上、土地の関係上王都には城壁がなく、守る側に不利な地形でもある。


予定している上陸地点から北に行けば王都が、西に行けばハンプトンがある。上陸地点からの距離は王都の方が近く、普通に考えれば王都を狙ってくると考えるだろう。


敵は王都に戦力を集中させている筈だ。だが、俺達はハンプトンを攻略目標に決めた。


王国だってハンプトンを取られたら困るだろうし、ハンプトンが攻められる事くらい予想しただろう。だが、先程も述べた通り、ハンプトンは城塞都市である。合衆王国軍だろうとハンプトン攻略には時間要する。その隙に、王都に集中させた戦力を以て合衆王国軍の背後をつけばいい。


王国上層部はそう考えたハズだ。


だから、俺達はそこを突く事にした。



海から王都にかけて通る街道の途中には、城壁のない王都を守る為に建設された要塞がある。そして、その要塞は王都とハンプトンを繋ぐ街道と王都と海を繋ぐ街道の合流地点でもあるのだ。


つまり、そこさえ抑えてしまえばしまえば王都に集中されている戦力をハンプトンに移動させる事が出来なくなる。


よって、合衆王国の進路はこうだ。

上陸予定地に上陸し次第、街道を塞ぐ要塞へ向け進軍。そこを陥落させた後、要塞に戦力を置き、そのままバンプトンへ反転するという物だ。

勿論、敵が要塞に戦力を集中させたり、はたまた防衛施設を使わずに正面から戦いを挑んでくる可能性もある。

だが、敵が要塞に籠るようなら、こちらも兵站をより強固な物にして長期戦に移行するだけだし、正面から戦いを挑んでくるようならこちらも応戦すればいい。


――というのが、この上陸作戦の概要だ。


それを嚙み砕いて説明するも、懲罰部隊の反応は芳しくない。


「...うーむ、分からん。」


そこまで上手く引っかかってくれるかどうか。正直、俺も戦略的な視点はないので何とも言えない。


果たして成功するのだろうか、と頭を捻る。


「それ、待ち伏せされた結構危ないんじゃねぇの?」


「いや、こちらの狙いが最初からハンプトンだと気づかれる可能性は低いと思う。」


だが、仮に目標がハンプトンだと敵に漏洩してしまったら間違いなく大損害だ。この作戦は諸刃の剣でもある。


まぁ、そんな事は無いだろうが。



「...俺としては、王国上層部は心当たりがあるという“暗殺者”の事が気になるな。」

「だよなぁ...」


眉を顰めてそう言ったクルトに、思わず頷いてしまう。

貴族も軍人も、暗殺者と言っていいのか迷うレベルで殺しまくっててるヤツだ。脅威どころの話ではないだろう。

考えられるのは帝国の人間だし、実際に王国の上層部はそう思っているようだ。



「いや、多分勘違いしてると思うよ。僕もその暗殺者ってのに心当たりがあるし。」


いつもは全く存在感を出していないテオが珍しく口を開いた。

その事実に驚きながらも、その内容に更に驚く。


「心当たりって?」



「うん、僕だよ。」














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地形図です。

※ハ=ハンプトン

 主=主人公の現在地

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|              | 

|              |   

|        ・王都   |   帝国

|  ・ハ   ・要塞    |  ・帝都

|      ・主      |

 —————▽———————————————

←合衆王国 ↑

   上陸予定地点


上陸予定地の近くには何もありません。漁港もないのわざわざ海と王都を繋ぐ必要あんの?という疑問もあるかと思いますが、王都とハンプトンの間には山やら森やらがある設定なのです。なので、わざわざ迂回する街道を作る必要がありました。


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